第9話 電波?
息も絶え絶えといった彼の腕の中に包まれて寄りかかる。私が絶対に離れないとばかりに腕も掴んでいるから、なすがままにされている。
「ねぇ……ヴィンス」
「なんだ」
「私、もう少し口調に気を付けた方がいい? クリス様みたいに」
「どうでもいいだろう。文句を言う奴はいない。それにお前、そこまで酷くはないだろう」
まぁ、幼馴染のアリスにも「どことなくお嬢口調だよね。それ好きだなー」とは言われていた。ゴスロリ服を着ることが多かったし、幼い口調で世界観を壊したくなかったのもあるけど……。
「もし聖女が現れない時代だったとして、あなたに婚約者がいたとしたら、あんな口調?」
「……まぁ、そうだろうな……」
聖女であり、第二王子の婚約者。それに相応しい口調がアレなんだとしたら、そうしたい。嫌いではないし。
「それなら、あの貴族のご令嬢っぽいのを心がけるわ」
「……無理はしなくていい」
「あら、無理ではないわよ」
ヴィンスがこんなにまいってくれているから、ものすごく私は調子にのっている。
「ふふっ。聖女らしく微笑んで聖女らしい言葉を吐いて、私の祈りで人々を狂わせてあげるわ。私による世界の終焉か新たな幕開けを受け入れるしかできない哀れな人々に、お情けで夢を与えてあげるのよ」
「ああ……それが電波発言ってやつか。どんなんなのだろうとずっと疑問だったんだ。そうか、最高だな」
……意味が分からないけど。文字情報でしか私のことは知らないって言ってたけど、一体何を読んだのか……。
心の中でもなるべく令嬢風の言葉にしようかな……何を読んだのかしら――って感じかな。
「お前らしい、実にな。最高で最悪な気分だ。信者第一号になるつもりはサラサラなかったんだが……」
「……さっきの私の祈りよりも信者になりたくなる?」
痛い厨二系の電波発言寄りなのに。ここには、そーゆーのはないのかな。
「どっちもだ。お前なしではいられなくなる。どいつにもこいつにもそうしてやれ。お前の毒で世界を塗り潰してやれ。そうして魔王を浄化したらパッといなくなるんだ。全世界が禁断症状を起こす。ざまーみろだ」
「……適当にしゃべっているわね……」
「ああ、かなりな」
「酔っているみたい」
「お前にな」
……ヴィンスらしくない一言がきた。でも、口説き文句ではないようだ。困ったとばかりに苦しそうにため息をついている。
調子にのってしまう。もう少し冷静になった方がいいかもしれない。彼は……私を好きで婚約者になったわけではないのだから。
「ねぇ、どんな過程で私を婚約者にってことになったの? 教えてよ」
「……私が八歳の頃だったかな。私たちの代に魔王が現れることを魔女が予言した。今から十二年ほど前か」
今、二十歳なのね。人を子供扱いしておいて、結構若いじゃない。
「……その時点で聖女の召喚はなされなかったわけ?」
「そうだな。然るべき時にとは言っていた。基準は分からない。神のみぞ知るだな」
「……そう」
魔王が生まれるまでに召喚して、あらかじめ魔法を身に着けさせてサクッと浄化とはいかないのかしら。
「それで?」
「聖女について過去の資料をあさったが、なぜか詳細には残されていなかった。いつ召喚して、いつ浄化が行われたか。その程度だ。あとはどうでもいい情報ばかりだ。次に聖女が現れた時、過去の聖女と比較しないようにと記録には注釈があった。もしかしたら前の聖女が比較されて傷ついたのかもな……その前の記録もほとんどない。捨てさせた可能性もあるな」
「……シェリーは浄化したあとの記録がないと言っていたわ。それより前のはあると思ったのだけど」
「絵本レベルなら山ほどある」
「なるほど、それでいいわ。あとで見せて。前の聖女はどれくらいで魔王を浄化したの?」
「比較はよくないと思うが……」
「ただの参考よ」
この表情……早いのね。
押し黙る彼に、もう一度聞く。
「期間は?」
「約……一年だ」
一年……魔法も知らないところからスタートして一年……。
「話を戻そう。私たちの代と言われても具体的に魔女は教えてくれない。兄の婚約者をどうするかという問題もあり……聖女が現れるのなら浄化能力の高い者がいいのではとなった。聖女には王宮に住んでもらうわけだし……共通しているところがあった方がいいかとな」
……聖女に浄化魔法を教えやすいようにってことね。クリス様は私の先生役としても周囲から期待されているってことか。
「まだ魔王が出現しているわけではないしと時間が経つうちに、光魔法がずば抜けているご令嬢が現れた。クリス嬢だな」
「どうしてずば抜けていると分かったの?」
「子供が生まれると誰もが市庁舎や教会に報告し、情報は王家にも登録される。簡単な一歳の魔法の才能検査の結果も伝えられていて注視はしていたんだ。十歳の魔力検査の結果が出てすぐに彼女が婚約者となった。やはり客観的なデータがないと文句を言う者も多くなる。早いうちから彼女はどうかと考えてはいたが、他の者には十歳検査の結果を受けてと説明する方がいいからな」
「完全に政略結婚なのね……」
「どうかな……辺境伯領は一つの国みたいなものでな。隣国や魔物から国を守るために強い軍事力を持っている。自治権も強い。そのため、領主やその子供もあちらに住んでいるから定期的に召喚という形で会ってはいたんだ」
反乱や独立運動を起こされないためね。それならアドルフ様とクリス様は実は婚約前から意識し合って?
「歳が離れているし、クリス嬢の兄と私の兄は同い年で仲がいい。妹のように可愛がっていた。光魔法の才能も幼児期から感じていたんだ。それを父に伝えたのは兄上で、婚約の話も乗り気だった」
「……全然私が婚約者になる話に辿り着かないわね」
「焦るな、ここからすぐだ。兄の婚約者が決まってしまえば、次は私の話になってくる。王立魔法学園に入学する前年度だったからな。学園で女どもに話しかけられるのも面倒くさい。父と兄と……婚約したばかりのクリス嬢と魔女がいる場が訪れた時に、私は聖女の後ろ盾になるためにその者と婚約をすると一方的に宣言したんだ。その場で魔女に拒否されなければ通る可能性もあると思ったからな。もちろん聖女の意志を尊重し、しばらく過ごしてもらって断られたら受け入れるつもりだと言う予定ではあった」
「…………」
「案の定、すぐに父も兄も魔女を見た。アレは……『やっぱりそうなるのね』と言ったんだ」
魔女は未来を見ないんじゃないの?
「そして『あなたにだけ渡すものがある、もうそれは決まっていたことで受取拒否はできない』とな。それが何かまだ言うつもりはないが……その魔女の言葉が決め手になったのは間違いないな。それがなければ、少なくとも最初から婚約者だと名乗るのは絶対に無理だっただろう」
「ヴィンスに渡されたそれが、私についての文字情報?」
「……そういうことだ」
魔女の言葉は絶対ってことね。最初から婚約したも同然扱いになるほどに。私がヴィンスを好きになることも見透かされていたわけ?
ここまでの話……違和感が強いのは、突然の聖女との婚約宣言だ。他の女性に話しかけられたくなくて、それなのにどんな人かも分からない聖女と……。聖女に好きな男ができたら独り身になれるかもしれないけれど、今の私みたいに執着されたら結婚するしかなくなる。
「やけに……なった?」
「どういう意味だ」
「……クリス様に気があったの? アドルフ様にとられたから、やけになったの?」
「違う」
否定の言葉が早すぎる。
「五歳も違う。クリス嬢が幼児の頃から会っているし、そんな気は起こさない」
「……そう」
クリス様の兄と自分の兄が仲よかったのなら、クリス様の会話の相手はヴィンスになることも多かったんじゃない? 男女の何かではなくても、複雑な何かは――。
「ち、違うからな?」
「今はどうなのよ」
「今とは……」
「私と彼女は同い年、ねぇ……私にそんな気は起こす?」
少し話をそらしてみる。何を聞いてもきっとかわされるから。
……彼女にどんな気持ちを抱いていたのだろう。もう少し彼女と話をしてみたくはあるわね。悪い子でないことしか、あの程度では分からない。
「……お前は別格だ。その年齢でここまで私を誑かせる女なんて、お前しかいないだろう。今はいい気になっているのだろうが、覚えておけ。私からずっと離れないのなら、いつか喰らい尽くしてやる。嫌になったら早めに逃げろ。言えばすぐに離れてやる」
……今だっていいのに。
「男を舐めてかかるな。お前は今、かなり身が危なくなっているんだ。自覚しろ」
だから今だっていいんだってば。そうすれば、きっとあなたなら責任を感じて何があっても一緒にいてくれる。
でも……あなたは耐えたいのよね。
「分かっているわよ。これでも危機管理はしっかりしている方よ。ここには綺麗な顔の人も多いようだけど、あっちでは相対的にそれなりだったのよ」
「……今まで大丈夫だったのか」
そんな野生の狼みたいな顔をしないでほしいわね。興奮して、経験もないのに襲いたくなるわ。
「大丈夫よ。あなたに喰われるまで綺麗なままでいるわ。早く食べて?」
「お前はまったく……」
時間が進むのは怖い。
毛虫のような魔物さえ浄化できなかった私に、何ができるの?
それなのに、役目を終えたあとの世界に夢を持ってしまう。
この人は……私のことをずっと好きでいてくれるのかしら。厄介で面倒くさくて鬱陶しい私のことを。
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