第8話 光の祝福
「セイカ……お前の心に安寧を」
彼の体が光り、すぅと光が私の中へ吸い込まれる。
ああ……これが彼の祈りなのね。心地よくて安心する。この世界に来てよかったって、生まれてよかったなんて思えるような幸福感。でも、一瞬だけだ。まだまだ足りない。
「ねぇ、ヴィンスの祈りなら大丈夫。もっとして。私が慣れるまで、たくさんしてよ」
「……聖女じゃなくて悪女だな」
どーゆー意味よ。
「いくらでもしてやろう」
泥のような幸せに包まれる。体中の力が抜けて、ずっとこの中にいたくなる。この感覚を覚えておいて、心構えさえあれば……なんとかあの挨拶のような祝福も耐えられるかもしれない。
「愛されている気になるわね……」
「この世界にお前の知り合いはいない。母親すらいない。より不安定になるのは当然だ。泣きたければ泣け。愛してやる……庇護者としてだ」
母親も……私を愛してるって感じではなかったわね。幼稚園ではずっと一人でいた。何を話していいか困るのが嫌で、同じクラスの子に遊びに誘われても断っていた。母はそんな私を気持ち悪そうな目で見て……私について頻繁に相談されるのを嫌った父は家によりつかなくなった。両親の離婚は、きっと私のせいだ。
「婚約者としては?」
「そうだな……お前が他の男の元へ行くまでは……」
「あなたを愛したら?」
「そうやって気を持たせるな。まだ若い。お前の世界では、その歳で付き合った男と結婚までするなんて、そうはないのだろう? ほとんどの連中は途中で他へいくらしいじゃないか。いいか、私に義理立てをするな。親切にしてもらったからって、自分のしたいことを犠牲にするな。今は錯覚のように私を好きだと感じることも、もしかしたらあるのかもしれないが、それはお前が不安定なだけだ。喉が乾けば水が欲しくなる。私は水にすぎない。水を飲めば食事がしたくなる。そういうものだ」
好きだと言っても、一過性のものだとしか思ってもらえないのか……。
「もし私が魔王なんてものを浄化できたとして……」
「ああ」
「その時にあなたとどうしても結婚したいと言ったら、してよ」
「――っ。分かった。だが……その言葉は今は忘れる。だから、好きな奴ができたらソイツのことだけを考えろ」
「はいはい」
やっぱり私、この人が好きだ……まさか二日でこんな髪の長い根暗そうな男を好きになるなんて。聖女なんて意味の分からないモノになりたくはないけど、彼の側で生き続ける手段がそれしかないのなら……。
「ねぇ、私も光魔法をあなたに使ってみてもいい? 失敗するかもしれないけど」
「あ、ああ……」
誰かの幸せなんて祈るのすらゴメンなんて思ったけど――。
「ヴィンス、あなたに祝福を」
不器用そうなあなたにも、同じような心地よさをあげたい。私の手で、幸せの中に突き落としたい。一度落ちたら這い上がれないような幸せの中に。
光が私を覆う。その光がヴィンスの中に――。
「これは、想像以上だな……」
ヴィンスの目元に少しだけ涙が?
「気安く誰かに祈りを捧げない方がいい……これはまずい。まずすぎるな……」
「私の、駄目だった?」
「違う。威力が他と桁違いだ。幸せな気持ちになるどころじゃない」
「なによ、それ」
「違法薬物レベルだ。中毒になる。まずい……手を震わせながらお前の信者が聖女をよこせと詰め寄ってくる未来が見える……」
どんなよ!
「それ……聖女じゃないでしょう」
「ああ、お前らしいな。毒のような女だ」
あら、女扱いしているわね。
「ねぇ……もっとしていい? 中毒でもいいから、私から離れられなくなってよ」
「勘弁してくれ。手放せなくなってしまう」
「私のこと、かなり知っているようじゃない? 幼馴染の存在まで」
「…………?」
彼がギリギリ耐えているという顔をするから、調子にのってしまう。
「元の世界では居場所がなかったの。腫れ物を扱うように接する両親。父は母の再婚相手。その二人の実の子である弟は六歳で、私とはほぼ話をしない。友達も一人しかいない。優しくされると泣いてしまうのに、誰かに愛されたくて仕方がないの。ねぇ、私を離さないでよ。私はあなたがいい。あなたの体の全てに私の毒を巡らせて」
もう一度、彼に光魔法を送る。だんだんとコツは掴めてきた。
「くっ……。それならお前も誓え。約束しろ。好きな男ができた時……私がどれだけ惨めにすがっても、私を捨てるなと泣いて追いすがっても……迷わず私を切り捨てろ」
ああ――、この人が好きだ。大好きだ。それなのに嫌な気持ちにはもうならない。だって相手はヴィンスなんだから。この人になら、たった二日で落ちたとしても仕方がない。
「惨めにすがるヴィンス……見たいわね」
「簡単に見られるさ。今まで通りあざとく思わせぶりな態度をして、最後に捨てればいい」
……今まで私、何かした?
「ねぇ、ヴィンス。もう一回してよ、光の祝福」
「そうだな……されるよりは私がする方がいい」
「毎日して。朝も夜も何度でもして」
「……お前、言葉には気を付けた方がいいぞ」
言葉って……ああ……。
「エロい意味に聞こえる?」
「……分かっているのか。やはりあざといな。毒だ毒。お前の毒に、世界すら翻弄されるんだ」
「それ、いいわね……」
「世界を救う優しい聖女なんて、お前には似合わない。軽い気持ちで赤子の手をひねるように、世界を救うか滅ぼすかしてやれ」
それなら……いいかもしれない。
「ねぇ、ヴィンス。私が何をしたら嫌いになる? 世界を滅ぼしてもいいのよね。それなら何をしたら嫌いになるの?」
「全部肯定してやる」
「人を殺したら?」
「いいんじゃないか。人を殺すお前には、きっと世界は救えない。どうせ皆が死ぬんだ。お前が望むなら、一人一人殺していけばいい」
「……倫理観が欠如しているわね……」
「していないと思ったのか? 気が向かなかったら世界を滅ぼせと言っているだろう」
なるほど……どこか狂っている。だから私にそんな言葉をかけられたのね。その彼が、いつか他の男に私をやらなくてはなんて思ってくれている。あんなメモで喜んでしまうくせに。
会って二日で私を愛せるとは思えない。どう考えても、私が聖女という存在であることは大きな理由ではあるはず。
でも……いいかな。私自身のことも受け入れてくれているんだから。
「せっかくなら、私の手であなたの倫理観をもっと消してしまいたいわ……」
もう一度、彼に光魔法を食らわせる。私の手でと言いながらも、そう意識しすぎると上手くいかないことは教えてもらった。だから神様にお願いをする。
彼を私にくれてありがとう。暴力的なまでの生きる喜びを、彼に叩き込んでちょうだい。
私の唇を彼のそれに合わせる。
――今なら、跳ね除けられないでしょう?
私が聖女だというのなら、彼を私に夢中にさせるために利用するだけのこと。
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