第7話 ヴィンセントの部屋
「ごめんなさい、ヴィンス……」
「謝ることなどない。優しくされると泣くのだろう? あの光魔法も似たようなものだ。予想はできたのに、何も言わなかった私が悪い」
この人……ものすごくいい人なんじゃないの?
また少し涙がにじむ。どうして私はこうなってしまうのだろう。自信がないからなのかな……だから、優しくしてもらえるような価値なんてないのにと泣いてしまうのかもしれない。
「どこに向かっているの?」
「お前の部屋だが……他のがいいか? 気分転換したければ、宮殿内部を案内するが」
確かに気分転換はしたいかもしれない。
「……あなたの部屋がいいわ」
「え」
なんで固まったの。
「わ、私の部屋か……」
「駄目なの? ヴィンスだけが私の部屋に来て、ずるいんじゃない?」
「いや、駄目ではない。分かった……」
この人、わがままを言っても実はなんでも受け入れるタイプね……どんどん依存してしまいそう。どこまで怒らずに受け入れてくれるか試してしまいそう。
……やっぱり私はまだ、子供かな……。
思案ぎみの彼の手の温かさに安心しながら、ついていった。
★☆★☆★
広い螺旋階段を上って衛兵さんがところどころにいる長い廊下を歩き、金の装飾のされた白い扉の前まで来た。思った以上に私の部屋に近い。
「少しだけ、ここで待っていてくれないか」
彼が手首にはめているバングルを鍵穴近くの魔石のようなものにかざした瞬間に、ガチャリと扉のロックが外れる音がした。
掃除なんかは絶対王子様本人がやるわけがないし……特定の使用人さんだけが鍵を使うのかもしれない。私が部屋から出る時は、いつも彼がこうやって鍵をかけていて……そういえばこの人、私の部屋に入り放題じゃない?
「なんで待たなきゃならないのよ」
「……整理していない場所が……」
「王子の部屋くらい、使用人が掃除するものではないの?」
「……まぁ、そうなんだが……」
「私に隠したい何かがあるの?」
「いや……そういうわけでは……」
気になりすぎるわ。
「隠さなくていいなら、一緒に入りたいけど」
「……わ、分かった……」
お願いすると簡単に折れた。押しに弱すぎね。王子なのに大丈夫なの?
中に入った瞬間に、部屋はさておき彼の視線の先を注視する。……机に何かあるのかな。
「あ、おい、お前――!」
スタスタと脇目も振らずにそこへ行く。
「なんで、ここにこれが……」
「……ったく……」
磨き上げられていると分かる高級そうなレトロな色合いの机の上に……。これ、いつの間にかなくなったと思っていた私のメモじゃない。
私の漢字だと教えられた月城聖歌の文字の下に、ヴィンセント・ロマニカ、愛称はヴィンス、婚約者、聖女と魔王の浄化と書いてある。
昨日はこのメモがなくなった代わりに、月城聖歌と書かれた新たなメモ用紙と何も書いていない本(おそらく日記帳)が机に置かれていて、自由に使えとメッセージも添えられていた。いつの間にやらで……たぶん私が寝ている間だったんだと思うけど、まさかこれが捨てられたわけでなくこんなところに……。
「ほんとに、なんでよ」
「私の勝手だ。私が用意した紙だ。どうしようとお前には関係ない」
……引き出しに大事そうにしまっているし……。
これは……理由を聞いてもいいヤツよね。王族独特の極秘事項とかじゃ絶対ないわよね。すごく気になるけど、でも聞きだす方法なんて……。
「理由を教えてくれないと……泣くわ」
「はぁ!?」
「教える価値もないんだ私なんてと泣くわ」
「お前……卑怯だぞ」
私が泣いて動揺してくれたことを思い出して、ついそう言ってしまった。直後に冷静になる。
どう考えても鬱陶しい女よね……。そもそも、こんな大したことない理由で本当に泣いてしまったら、辛い時に泣いても信用されなくなってしまうし……それに、よくよく考えると思い通りにいかないなら泣くって、この年齢で酷すぎる……さすがに呆れるわよね。こんなのが聖女なんてって……。
「お前……本当に泣くなよ……」
「私、絶対に聖女に向いてない。無理よ、無理。ねぇ、泣かずにすむ魔法とかないの? 一生涙が出ないようにしてよ」
「無茶言うな。……無理なら、一緒に滅んでいく世界でも見るか?」
「……もう少しだけ……ここにいるわ……」
「ああ、分かった」
無理って言葉は簡単に使わないようにしようかな……。さすがに何人かと知り合って、世界ごと滅ぶ選択を安易にはできない心持ちにはなっている。そんなことができるとは、まだ思えないけど。
泣いてしまったからか、彼が私をまた抱きしめて髪をなでながら聞いた。すごく安心する。
「お前、あの文字の羅列の意味はなんだ」
さっきのメモ用紙のことよね。
「気になったことを書いただけよ。夢じゃなかったらもう少し聞こうとか、覚えておこうとか」
「だろうな。そこに私の名を書いて……兄のは書かなかっただろう」
「ああ……そうね……」
第一王子にはついでのようにあとから挨拶されたし、既にあの時点で名前はあやふやだった。
「それだけだ」
なによ、それ。
アドルフ様の名前がなかったから?
彼が私の後頭部を押さえつける。ガッチリホールドされている。どうやら自分の表情を見せないために抱きしめたらしい。
ああ……そっか。あっちのが綺麗な顔をしている。第一王子でもあるし、あっちのがもてそう。兄弟だから比べられてきたのかもしれない。両方に会って自分の名前だけがあったから嬉しくなっちゃった?
「ふっ……ふふっ……」
笑いが止められない。
「お前、そこで笑うか?」
「あ、はは。だって、ふっ……あ」
そういえば私、聖女だったっけ。私だからじゃないか。世界を救うかもしれない聖女が関心を自分にだけ持ったからか……。
手がゆるみ、顔を覗き込まれた。
「なんでそこで暗い顔になるんだ」
「……聖女に関心を持ってもらったのが自分だけで嬉しかった? 私が聖女でなかったら、こんなのゴミ箱行きよね」
我ながら激しくメンヘラだ。自分だけを滅ぼしたくなってくる。
「く……っ、お前、本当に鬱陶しいな。面倒くさい。鬱陶しくて面倒くさい。面倒くさすぎて耐えられなくなる」
「はぁ?」
ぎゅぎゅーと抱きしめられたあとに突然持ち上げられ、ソファの上に連れて行かれてまた抱きしめられた。
「ちょっと……ヴィンス?」
「鬱陶しいな、ほんとに。いいか、絶対に他の男の前で安易に鬱陶しいことを言うなよ。私と好きな男の前でだけにしろ」
「ど、どうしちゃったのよ」
ものすごく大事そうになでられ続ける。
「お前はアレだ。面倒くさくて鬱陶しいところが癖になる」
「……それは女の趣味が悪すぎるわね……」
「女としては見ない。まだ子供だ。だがせめて、誰かの嫁になるまでは私の側にいろ」
やっぱり男手一つで娘を育てる人みたいなことを言ってるわね……。
「あー、鬱陶しい。本当に鬱陶しいな。鬱陶しい鬱陶しい、たまらなく鬱陶しい……」
「……癖になるくらいに?」
「ああ、そうだ」
それなら鬱陶しくていいのかな。これからもそんな発言をしても嫌われないかな。
「早く魔法をもっと身につけろ。さっきみたいに男に持ち上げられて連れて行かれそうになったら、炎で焼いて浮いて逃げられるようになれ」
……焼いてって……。
彼に簡単な魔法は習ったけれど、火は恐怖があるせいなのか、普通に生み出すのは無理だった。彼が蝋燭を用意してくれて、そこに火を灯すことだけは成功した。
風魔法は舞う花びらが綺麗で私もやってみたいと思ったからか上手くいって、大地の魔法も土を少し盛り上げるくらいはできた。最初に精霊を見て存在を信じられたのも大きいと思う。
浄化は……真っ黒の毛虫みたいな魔物相手にやってみたけれど、まだできなかった。たぶん、キモイと思いすぎたのがよくなかったのだろう。次回までに心の準備をしよう……。
光魔法には色々あって、光を灯したり浄化したり祈りを捧げたり、他の魔法から身を守る障壁もその範疇だ。
「ねぇ……ヴィンス」
「なんだ」
「祝福の光を受ける練習がしたいわ」
「……苦手なんだろう」
「だからこそよ。あなたの光魔法なら……受け入れられる気がする」
「……そうか」
彼の祈りで幸せな気持ちになりながら、この腕の中にもう少しの間、包まれたくなってしまった。
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