第6話 第一王子と婚約者
他の簡単な魔法も軽く習って、彼と一度戻り昼食を食べてからまた庭園へ出ると、第一王子が話しかけてきた。隣には栗色の髪の可愛らしい顔立ちの女性も一緒だ。
「順調かい、ヴィンス」
「問題はない。どこかへ行け」
「一応、父上にも進捗は報告しなければならないんだけどね」
「まだ翌日だ。何を言ってるんだ」
仲、悪いのかな……。
「初めまして、聖女様。私はアドルフ様の婚約者、クリスティーヌ・オルザベルですわ」
「そう……よろしく」
なんて返すべきか分からない。第一王子、そんな名前だったっけ。アドルフ……覚えないと。
「いきなりで申し訳ないのだけど、二人きりで話させてはいただけないかしら。少しだけでいいの」
「駄目だ。まだ早い」
「……ヴィンセント様……」
何が早いのだろう。
ものすごく令嬢って感じの口調ね。私もそうした方がそれらしいのかな……。とりあえず基本は様づけっぽいし、他の人の名前を呼ばなければならなくなったらそうしよう。ボロが出ないように心の中でもつけておこう。
第一王子が苦笑しながらも困った顔をしている。
「聖女様の意向が大事ではないかと」
「必要ない、私が判断する」
ヴィンス、実はめちゃくちゃ過保護なんじゃない……? 最初の印象からどんどんと違う方向へ……。
「聖女様……」
クリスティーヌ様だっけ? 瞳をうるうるさせているし、話だけは聞いてもいいかな。なんだか顔立ちが幼馴染のアリスに似ている気がするわ。だからそう思うのかも。
「ヴィンス、彼女の話を聞くわ」
「だが……」
「遠くから、こちらを見ていて。来てほしくなったら――」
「分かった、すぐに合図を送れ。兄上はこっちだ」
「はいはい。私も少しは聖女様と話をしたいんだけどね。あとで少しは時間をとらせてよ」
「まだ駄目だ」
ごちゃごちゃ言い合いながらも、気安そうではあるのかな。
目の前のクリスティーヌ様に視線を移す。美しく整えられた庭園をゆっくりと歩き出したので、私も合わせてそうする。
不安そうな顔で口を開こうとする彼女はアドルフ様より幼そうだ。背は……私より少し高いかな。私、小さいしな……。
「それで、聖女様」
「……私、まだ聖女という自覚はないの。名前で呼んでもらっては駄目?」
「いえ、それではセイカ様。私は幻惑の海に面する森を領地に持つ北西のオルザベル辺境伯の娘です。光魔法を得意とするのもあり、婚約者として王都に呼び寄せられました」
政略結婚か……。
「魔物はどこにでも湧きますが、魔獣はその海に面する森からしか出ません。千年に一度くらいの周期で霧のかかる海の中央の島に魔王が出現すると聞きます。私たちは長年、北東側のオランド領の方たちと協力し合いながら国の内部に魔獣を入れないように強い魔導騎士団でもって国を守ってきたのです。ですが……今は魔物も魔獣になってしまう。その上、オルザベル領では森に近いせいで浄化が追いつかず、魔獣による被害も散見するようになりました」
「そう……」
被害。その二文字は彼女の表情からしてきっと重いものなのだろう。
「魔法の威力には強い意思の力が関わってきます。被害があると知っているかどうかでも違う。まだこちらに来て間もないセイカ様にお願いするのは時期尚早だとは思いますわ。でも……知っておいてほしかったのです」
なるほど……そう頼まれることをヴィンスは予想していたのか。
「教えてくれて、ありがとう。覚えてはおくわ」
「ええ、ありがとうございます」
ほっとしたように笑う彼女は、やはりまだ若そうだ。
「クリスティーヌ様、でしたっけ」
「クリスで結構ですわ」
結構って……私のことを様付けしているわけだし、王子の婚約者でしょう? えっと……。
「クリス様、年齢は……聞いてもいいの?」
「十五歳ですわ」
「え……私と同じなのね」
「はい。実は遠い昔より私の家には代々伝わってきた予言があるのです」
いきなり胡散臭いことを言い始めたけど。
「次の聖女は十五歳で召喚される。この世界の人々を大切に思える気持ちのゆとりがなくては強い光魔法は生み出せない。聖女が召喚されたあと、その生活に彩りがあるか可能な限り気にかけること、と」
なに、その予言……どこの親戚のおばちゃんよ。文才もなさすぎるわ。まったく予言らしくない。
「よけいなお世話ね……」
あ、つい本音が。
「せっかく同じ十五歳です。一緒に来月から学園に通いませんか? 定期的に見学されるだけでも。同じ方とだけ一緒にいるより、得るものもあるかもしれませんわ。このような状況ですし毎日私も通えるとは限りませんが、だからこそです。私もこちらへ来たばかりで知り合いがいないの。私を助けるためと思ってお願いしますわ。もちろん護衛もつけさせていただきますし、いかがでしょう」
……分かりやすい。彼女の優先事項は領地をはじめとした国の平和。そのために私を早く聖女らしくしなくてはならない。私の生活の彩りなんてものも必要だと思っていて……だからこそ、こんなに距離をいきなり詰めてくる。
自ら友人となって、彩りを与えようって? あまりいい気分ではない。
ただ……第一王子の婚約者というだけで学園とやらに私を入れる権限があるとは思えないし……アドルフ様や国王陛下にも了解をとっているのね。今すぐ断ったらヴィンスの立場を悪くしてしまうかもしれない。
「……ヴィンスに相談してみるわ」
「ええ。考えていただき、ありがとうございます。セイカ様に神の祝福を」
彼女の体が光った。もう次に起きることは予想している。私の体にその光が吸い込まれ――。
え……!?
それは、チェリーの光魔法とは比べ物にならない。一瞬にすぎないのに、すごく幸福な気持ちになって――。
「いやっ……!」
つい、胸を押さえて遠くにいるヴィンスを振り返ってしまった。
「セイカ様?」
「ごめ……なさい」
また、涙がにじむ。
いけない……心配させてしまう……。
まずいと思うほどに心がぐしゃぐしゃになって――。
「セイカ!」
走ってきたヴィンスにしがみつく。彼らを見ないようにしながら、呟く。
「私、光魔法を受けるの……苦手かもしれない……ごめんなさい……」
「ああ、そうだな。分かっている」
安心して、もっと涙が流れる。
「あ、の……私……」
クリス様が震える声を出されている。彼女が悪いわけではないと言わないと。
「ごめんなさい……私が悪いのよ……」
顔を見る勇気すらない。
私に聖女なんて……無理だ。
「誰も悪くない。セイカ、大丈夫だ。クリス嬢、彼女は魔法のない国から来た。体に魔法が入り込むことに抵抗があるんだ」
「そうでしたの……ごめんなさい、勝手に」
「いや、伝えなかったのは私の落ち度だ」
ヴィンスのせいになってしまった……。けれど、綺麗な言い訳を用意してもらってだんだんと落ち着いてきた。深呼吸をして彼女を振り返る。
「いえ、私のほうこそ。慣れていなくてごめんなさい。こちらの習慣なのね。これからも仲よくしていただけると嬉しいわ」
誤魔化すように思ってもいないことを言う。
「いえ、ありがとうございます。これから気を付けますわ」
否定もされなかったし、やはり祈りは習慣なのだろう。
――あんなの、慣れたくはないな……。
「部屋に戻ろうか、セイカ」
「ええ」
アドルフ様もヴィンスと一緒に来たものの言葉を発さずに彼女の側にいる。戸惑った顔の二人を見ていたくはない。一礼してすがるようにヴィンスの手をとった。
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