第16話 Evanescent〈下〉
太陽が沈み、紅い雲だけが帯のように西の空を染め上げている。
夏の夕暮れは長く、しかし終わるのは一瞬だ。
辺りが闇に包まれると、春は起き出して、輸液パックから血液を摂取した。
他人の味――他人の記憶と記録が流れ込んでくるが、気にしないように努めて食事を終える。
シャワーを浴びて身支度を整えると、夜の九時を回っていた。
携帯端末をチェックする。翠から近況を知らせるメッセージが二件と、それにもう一件。殉哉からの連絡が入っていた。
今夜落ち合う場所と時間が書かれた短い内容。それを頭に入れて返信はせずにメッセージを消去する。
髪を後ろで結ってまとめて、動きやすいスラックスに夏用外套を羽織った姿で春は家を出た。
小此木には今夜は私用で休むと伝えてあり、翠には彼女が心配しないように普段と変わらない調子のメッセージを返信しておいた。
ススキノ方面へと歩きながら、春はこの街で起こった数々の殺人事件に思いを巡らせた。
〈
常人離れした力で捩じ切られた遺体の有り様、血に塗れた凄惨な殺人現場。
全ては自分の選択が引き起こした事件であり、たとえ他者を手にかけたのがルリだとしても、それをさせたのは春自身に他ならなかった。
春が彼女の血を吸ったことで、ルリは吸血鬼――その成りそこないの怪物と化してしまった。
ただ愛してほしかった。ずっと一緒にいたかった。隣で笑っていて欲しかった。
そんな身勝手な願いを押し付け、只の人間だったルリを血肉を求めて彷徨う哀れな怪物に変えたのは春自身の仕業だった。
ルリは春の義妹だった。
ありふれた不幸な家庭環境の下で、ある日父親の恋人に連れてこられた女の子がルリだった。
滅多に家に帰らぬ両親――と呼べるかもわからない親の元、殆どの時間を春はルリと過ごした。
最初はただの他人として、次は兄妹として。
そして無二の友人となり、最後は恋人となった。
「ずっとこのまま、もう少しだけ。そういう願いほど、いつだって叶わないものだよね」
ルリはよくそういうことを言って儚く笑っていた。
思えばルリは聡明で頭がよく、春よりも春のことを理解していたのに、春はそれを見ないふりをして、理想ばかりを押し付けていたのかもしれなかった。
ルリがそう願うのなら。ルリが叶えたいと思うのなら。
消失してゆく日常ではなく、永遠を手に入れたいのならば。
そんなささやかな身勝手が大量殺人を引き起こすきっかけとなってしまった。
春が血を吸ってもルリは春のように自我を保った吸血鬼とはならず、いわゆる
ひどい失敗を犯し、背負う覚悟すらできない罪業に苛まれるまま、春はルリの足跡を追うようにして札幌の街にたどり着いたのだった。
死の影を求めて逍遥し、そして、翠に出会った。
ずっとこのまま。もうすこしだけ。そんな願いはいつだって叶わない。
でも翠はそれでいいと笑った。
少しずつ自分を蝕み、消失してゆく日常。彼女はそれが自分の人生だと受け入れ、懸命に生きていた。
――怪物はルリではなく僕だった。
春は初めて自身の真実と向き合った。
だから、もう。これ以上誰も傷つけ苦しめないために、今夜、ルリを葬る。
そう決意して、春は殉哉が指定した場所へ向かった。
§
「やっほー。時間通りに来たね」
ススキノの外れ。その裏路地。
殉哉がポスターや落書きだらけの壁に凭れて煙草をふかしていた。
黒を基調としたダークカラーで纏められた格好は闇に溶け込むべく誂えられたもので、その佇まいと相まって殉哉が裏稼業の人間であることを暗に主張しているように思えた。
殉哉のことだ。もしかすると、自分にそれを思い知らせるべくわざとこのような格好を選んだのかもしれない。
「……それで、情報は得られたんですか」
「うん。まあね、そこは心配しないで。春こそ平気? ここから先はもう戻れない。今更泣きを言っても、もう許される状況じゃないよ」
「わかっています。僕はもう迷ったりしない」
「おっけー。それじゃあ、警察と消防、それと裏の情報筋から、この先の区域が〈雨男〉の安全圏だと推測されている。つまりは奴の巣があるってことだ。犯行の周期が段々と短くなっていることから、上の方も相当ピリピリしているみたい。少しタイミングを違えば、きみは彼女を殺すどころか一連の事件の犯人に仕立て上げられてしまうかもしれない。だからこそ、今夜を逃す手はない」
「……はい」
春が神妙な顔で頷くと、殉哉はくすくすと軽く笑った。
「ウケる。春ったら緊張してるの丸わかり」
「こっちは真剣なんだ。笑わないで」
「わかってるけど、つい? まあでも、いいね。そういうのは」
「どういうことさ」
「きみの殺しは救いのための――或いは贖いのための殺し。罪を償うのではなく背負う覚悟があってこそのものだ。そういうことなら悪くはないとおれは思うよ」
「……罪は罪だよ」
「それでもさ。おれの基準からしたら、きみには救いがある。違うか、意地でも救われてほしいってことかな」
「殉哉くん……きみの価値基準で測られても困ります」
「あー、こっちが真剣な時にまたひどいこという。別にいいけどさ」
「そっちこそ、内部情報をリークするなんて真似して平気なの」
眼前の闇を見据えながら春が問うと、殉哉は低く笑う。
「平気なわけないじゃん」
「ならどうして」
「これはおれの賭け。もちろんオールイン、きみに全額ベットだ。きみが奴を仕留め損なえば当然リークもばれる。情報の出所なんて辿ればすぐにわかる。だから必ず本懐を遂げて欲しいところなんだよ。心配はしていないけどね」
「……僕が成し遂げたら、君は」
「そう。重要なのはそこさ。全部おれのせいにして、きみは普通に何も知らなかったように暮らして」
「でも、それは――」
「勘違いされても困らないけど、おれのような殺人者は案外そういう役割を負って生きてるんだ。それも仕事のうちってこと。それに〈雨男〉殺しなんて、ますますおれの価値に箔がついちゃうから、都合がいいのさ。おれと春とはお互いwin-winでなくちゃね」
「お店には」
「もう行かない。きみのことを隠れて窺うなんてこともしない。ついでにあの可愛らしい女の子を手に掛けるなんて理由ももうない。せいぜい安心するといいよ。そう、これでお別れだ」
殉哉は「餞別」と言って、持っていた分厚い紙袋を春に渡してきた。
春が中を検めると、そこには小型だが、ある種異様な気配を放つ拳銃が一丁入っていた。
「なに、これ」
「失敗した時用の小道具さ。弾は入っている。ただし、すべてが純銀で練られた特別製だ。もしものとき、きみがしくじったらそれを使って」
祝福か呪いか。それは定かではなかったが、これが殉哉なりの餞であることは伝わってきた。
春はただ小さく頷いた。
袋から拳銃を取り出すと、取り落とさないよう腰にしまった。
「……ありがとう、さようなら」
「またねと言えよ」
殉哉は淡く微笑むと、最後に春に触れるだけの口付けをした。拒むことはできなかった。
さして温かくない唇が離れる。
殉哉は自らの指で春の唇を拭うと、いつかの夜のように「それじゃあ、君の運命に」と言って去った。
事が済むまでは近くにいるのだろうが、春にはもはや彼の気配を感じ取ることはできなかった。
「……いってくる」
殉哉がまだ聞いていると踏み、ひとりでにそう口にして、春は眼前に広がる闇の中へ踏み入った。
入り組んだ裏路地。昏い淵には人の気配などない。
人間が暮らしているような実感など伴わない古い建物ばかりが立ち並び、ぬくめられた水のドブ臭い匂いが漂っている。
ススキノの最奥部。もう何者でもなくなったものがたどり着く場所。現実から一枚のレイヤーが失われた、壊れた世界。ここはもう表の人間には見えない場所だ。
春はルリの気配をたぐるように探しながら先へと足を進める。
誰にも
やがて、一段と寂れた区画にたどり着く。
右手には廃れた公園、前方には歩行者用の朽ち果てたトンネルがぽっかりと口を開けている。闇が濃くなった気がした。
申し訳程度に辺りを照らしていた街灯がバチバチと音を立てて切れた。
そして、その下には闇よりも濃い影があった。
ボロ切れ同然のレインコートを纏った歪な人影。
オーバーサイズの外套から覗く目は爛々とした恨みの炎を宿し、春を見つめている。
「……ルリ」
その名を呼ぶことはもう叶わないと思っていた。
自分が犯した罪と向き合うことはできない。そう思っていた。
葬式の夜、死者に自分を重ねて見ていたあの子に出会うまでは。
「長くかかってすまなかった。僕が今夜、君を葬るよ」
何者にも――怪物にすら成りきれていなかった僕が生み出した僕の亡霊を今ここで殺す。
その誓いを胸に抱いて、春は〈雨男〉――ルリと対峙する。
『あ……◾️ぁ……、ハル……春……どう、◾️て』
壊れた表情でうめくように言葉を紡ぐルリの姿は痛々しい。
一体どれだけの命を刈り取り、その血肉を取り込んできたのだろう。
最早、昔の面影など無いに等しい異形の怪物。大きく、そして鋭く発達した手指と爪に、醜く歪んだ体躯。残酷なことにその瞳だけがルリそのもののままだった。
だが、それを知るのはもう自分しかいないのだ。
『ど◾️して?』
それは声というより歪な音だった。
深く踏み込んだルリが疾駆し、一気に間合いを詰めてくる。振り翳されたのは鋭い指先。
できるか否かじゃない、やるんだ。
春は咄嗟に意識を集中させる。ルリがしているように自分も怪物と化せば戦える。
自分の裏側。本来の自分。吸血鬼としての自己を顕現させる。
次元が切り替わったかのように、瞬時に春は怪異としての姿に変じていた。
「ふっ」
鋭い呼気と共にルリの一撃を、彼女のものと同じく尖った手指で受け止める。
黒く染まった全身でルリの紅い慟哭を受け止め、いなすようにして身を躱す。
『今まで、迎◾️に来な◾️ったくせに、どうして』
体勢を整える隙など与えられず、ルリが次撃を繰り出す。
春はまたしてもそれを受け、答える。
「こわかったから。僕が犯した罪と向き合うことができなかったから」
『ひ◾️でなし』
「そうだね。僕がきみをそんなふうに変えた怪物だ」
ルリの爪を避けて後ろに跳び、地に手を着いて勢いを殺し、着地する。
そうしてなんとか間合いを保つと、春は再びルリと対峙する。
膂力はルリの方が上だ。取り込んだ血肉の分だけ、格段に彼女は強くなっている。そう何度も攻撃を受け流すことなどできはしないだろう。
『今さら! なんでっ、ど◾️して、わた◾️をっ!』
「好きだったから。愛していたから、間違った願いを叶えてしまった」
『嘘を――つくなぁっ!』
低い姿勢から、ルリが強く踏み込んだ。そのまま発達した四肢をバネのようにして、春の懐に飛び込んでくる。
間一髪で躱す。春の纏った黒を浅く引き裂いて、ルリの手指が体を掠める。
突き出された爪に体を近づけ、くるりと回転するように足を運び、春も刺突を繰り出すが――やはり浅い。斬撃はルリの胸を数センチ引き裂いただけだ。
理性がある分、春の方が攻撃の精度は高い。だが、ルリのような圧倒的な力はない。
なにより春は暴力を行使することには慣れていなかった。
「ルリ。嘘じゃない。今も僕は君を好きで愛しているから、間違いを正しにきた」
『いうなっ! おまえの言葉◾️ど、もう聞きた◾️はない!』
激しく切りつけてきたルリを押さえ込もうと腕を掴む――が、勢いのままにトンネルの壁に背中を打ち据えられる。
「ぐっ」
苦鳴を漏らしかけたが、ルリの手が首を抑えつけ、声を出すことも叶わなくなる。
『春は代◾️りを見つけたから、もうルリがいらなくなった。違◾️の?』
ぶすり、と。皮膚を突き破ってルリの指先が胸に突き立てられる。ずぶ、と音を立てて中を掻き回すように爪が肌にめり込んでゆく。
「……っ、ぐ……ぅ」
自分の体内を抉るおぞましい感覚。
視野が赤黒く明滅し、狭窄して、痛みがすべてを支配していく。
それでも春は逃れようとはしなかった。
もう少し――あと少しを耐えきれ。そうすれば。
『心臓を貫◾️、取り出してやろうか。それとも、臓腑を引き裂いていつもみたいに生きた◾️ま喰らってやろうか?』
残酷な言葉と共に、ルリの指先が春の内側を引き裂いていく。
五指が完全に胴を貫いた――その瞬間を春は待っていた。
ルリを抱きすくめるようにして捕まえる。完全に懐に入った。
春は自分の体を貫かせることで初めてルリとの距離をゼロにしたのだ。
「……今までそんな想いをさせてごめん」
寂しさも恨みも恋情も、そして思い出も今度は全部僕が連れて行くから。
そう囁くと、春はルリの喉笛に喰らいついた。
『は、る?』
ルリが驚愕したように目を見開く。その瞳には感情の色が確かに戻っていた。
『……そう、か……わた、し、は……ずっと』
悪い夢をみていたの。
ルリが静かに告げて、瞼を閉じる。
夢の中で、ずっとあなたを探していた。
あの日、自分から解けていったルリの記憶と記録が戻ってくる。
忘れていたすべてのことが。
春はルリの血を取り込み、今度こそ彼女の命が果ててしまうまで、その全てを奪い尽くした。ひゅうひゅう喘鳴を鳴らし、自らの血にルリが溺れていく。その血さえも残さずに取り込んでゆく。
いつしか抱きしめていた体が灰となり、崩れ落ちるまで。
全部、すべて――今度こそ、彼女を喰らい尽くしてしまった。
一人きりだった自分の中に確かにルリが溶け込んでいることを自覚し、春はしばらくその場から動かなかった。
風が灰を攫って、遠くの空へ巻き上げてしまうまで、そのまま――。
かくして、札幌市を脅かしていた〈雨男〉による一連の事件が報じられることはもうなくなった。
警察上部も裏社会の人間も、その双方が納得する形で、異常な大量殺人事件の幕は密やかに閉じられた。
ただ、近く報じられることになる一件の不審死事件を除いては。
§
八月の頭。
蝦夷梅雨が終わり、晴れの日が続いていた札幌全域に久しぶりの雨が降った。
空は厚い雲に覆われ、土砂降りの雨が朝から降り続いている。天気予報は日没後もしばらく止むことはないと告げていた。
午後二時。
札幌エルム総合医療センター、906号室。榎島翠の病室。
「こんにちは。翠」
「あ、春さん」
春が病室に顔を出すと、翠は明るく笑って出迎えてくれた。
昼間、正式に見舞いにくるのは久しぶりだった。
手土産に六花亭のプリンを持参し、箱ごと取り出すと翠に差し出す。春自身はベッドの横にある丸椅子に座った。
箱を開けた翠が驚いて訊ねる。
「こんなにたくさん? いいのに」
「お姉さんや友達もくるでしょう。その時にでも食べて」
「では、ありがたく頂戴いたす」
手を合わせてみせる翠の髪は短く切り揃えられていた。ベリーショートといってもいいくらいの長さだ。
顔立ちのラインが強調されて、可愛らしい相貌が際立ってみえる。
「髪、切ったんですね」
「うん。治療もあるし、なにより入院しているとさ、洗ったり乾かしたりするのに手間だし。だからいいかなって。……変、かな?」
「いや、すごくかわいい。似合ってますよ」
春は翠の髪を撫でた。ふわりとした感触が愛おしく感じられた。翠は生きている。生きてちゃんとここにいるのだ。
「恥ずかしいし。くすぐったいよ」
翠がふざけて笑っている。春もつられて笑顔になった。
「……あれ?」
「どうしました?」
「春さんも何かちょっと変わった? 髪、は前と一緒だし、香水は……ないか」
翠は不思議そうに首を傾げているが、春の変化には気づいたようだった。
相変わらず聡い子だと思い、春は淡く微笑んだ。
「なにも。僕はいつもの僕ですよ」
「そうかな。なんか前より雰囲気が柔らかい、みたいな……大人は大人だけど、より大人っぽくなった感じがするよ」
「そうかな」
「そうだよ。今の春さんはなんか……かっこいいです」
翠が「保証する」と付け足してくれる。
春は急に恥ずかしくなって、口元を手で覆った。
ついでにひとつ言っておくべき言葉を思い出した。
ただ、いざ口に出すとなると勇気が必要だった。
「あの、翠。僕はこれまで一度もちゃんと言ったことがなかった、というか今まで言えなかったから……だから今言うけど」
「え? なんです」
きっと一人では――今までの春には無理だっただろう。
けれど、今日は春の中に在るルリが背中を押してくれた。
だから想いを素直に言葉に変える。
「……愛して、いますよ」
心臓が動いているならこれ以上ないくらい早く脈を打っていただろうし、台詞もぎこちなく、単調で。
どう考えても翠が言うような格好なんてついていなかった。
それでも春は精一杯の勇気を振り絞ると、やっとそう告げたのだった。
沈黙。最初、翠の表情は笑顔のまま変わらないように見えた。
しかし、少しの間をおいて春の告白を聞き届けた翠の頬がみるみるうちに紅潮していった。
「きゅ、急になにを……春さんはやっぱり狡い、です」
「狡い? 僕が?」
タオルケットの端を握りしめて、顔を真っ赤にした翠が俯いてかぶりを振った。
「おればっかりドキドキして、いつもいきなりそういうこと言うし。こっちだって心の準備とか必要なのに、そんなのお構いなしで……今日はもう心臓止まっちゃうかと思った。反則! 反則です、今のは!」
「ええ……これでも僕だって頑張ったんですよ」
「ダメ! ノーカンです。罰としてもう一回、今度はおれの目を見てはっきり言ってください。じゃないと数にいれてあげないんだからね」
顔を上げた翠はまだ頬を紅潮させたままだったが、それでも揺れる瞳で真っ直ぐに春の目を見つめてくる。
翠はいつのまにか真剣になっていた。
「そ、れは、ダメです。恥ずかしいし」
「おれだって恥ずかしいの。でも、もう一回、今度はちゃんと聞きたい。だから言って」
「……キスしてくれたら考えてもいいですよ」
「ばっ、バカなの?」
「聞きたくないんですか? それとも、翠は僕のことが嫌いですか」
「きらい、だけど、そういう意地悪なところは。でも……」
どちらともなく顔を近づけ、頬が触れそうなところで翠が小さく囁いた。
「嫌いになんてなれない」
口付けたのは翠からだった。
何度もキスを交わしたあと、観念した春は二度目の告白をした。
その言葉は雨音の中、翠にだけ届くようなささやかなものだったが、翠はやはり頬を赤くしながらも今度は花開くように微笑んだ。
それだけでよかった。
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