いじめの作り方

@masu_y

いじめの作り方

 昨日の夕方から夜明けにかけて大雪だった天気が嘘のように晴れている。

 玄関から勢いよく飛び出した私は、晴々としたその天気を目の当たりにして一旦立ち止まり、息を整えてから自転車置き場へ向かった。

 

 シャーベット状になった地面の雪に気をつけながら辿り着き、サドルについた雪を乱暴に手で払っていると、前カゴいっぱいに雪が積もっているのが目に入った。

 「うわ……」

 これを取り除いていたら遅刻するかもしれない。

 いや、晴れてんだからあとで溶けるっしょ。と、無視して自転車にまたがった。


 転けないように、それでいて遅れないように通学路を進むんでいると、同じ制服を見かけるようになってきた。

 ああ良かった、遅刻は免れた! と一安心したのだが、次第に恥ずかしさが込み上げてきた。

 私の自転車の前カゴには、擦れ切れいっぱいに雪が積もっている。

 側から見た私はどう思われるのだろうか。

 しばらく考えた後「大量の雪が必要だと先生に言われて迷惑している人」の表情を作りながら自転車を走らせる事にした。平静を保つため、先生のせいにするという気休め程度の自己暗示だ。

 

 私の通う中学校は正門から入って右手に駐輪場がある。

 そこに自転車を停めて、来た道をそそくさと下駄箱に向かった。

 上履きに履き替えていると、友人のエイコが笑顔でやってきた。

「アキコ!おはよう! さっき見たけど、チャリでめっちゃ雪持ってきてたね!」

「あははは! ヤマガタが理科で使うって言ってからね! 忘れてない?」

「言ってない、言ってない」

 二人で笑い合って教室へ向かう途中、スマホに流れてきたショート動画の話に夢中になったおかげで、前カゴの雪の恥ずかしさなんて完全に吹っ飛んだ。


 退屈な授業と大事な授業をこなしながら時間が経っていく。

 いつもと変わりない日常だが、繰り返しやってくる次の授業までの数分間に友達と喋る内容は刺激的で楽しかった。

 エイコは好きなアイドルの顔の話、マキはどこから仕入れたのか他校の男子の話、マミは好きな先輩の話、私はいつもみんなと声を出して笑っていた。

 ふと外を見るとかなりの快晴。

 体育の授業が終わって移動している一年生の中には汗をかいている子もいるほどだった。

「ちょっと、みてみて」

 と、視線を引き戻されるとマキが踊っていた。

 同性の私から見ても、嫉妬に至らないくらい可愛かった。

 あと一年経てば、やがて進路の話をするようになってみんなバラバラになるかもしないと考えると、もうすでに寂しくなる。

 だから自分が卒業する時に後悔しないよう、今を存分に楽しく大切に過ごそうと思っている。

 卒業といえば、一ヶ月後には卒業式だ。先輩が好きなマミは大丈夫なんだろうか。


 チャイムが鳴る。

 みんなで給食の準備をしていると校内放送があった。


『二年一組のタカギアキコさん、職員室へ来てください』


 驚いている私より先にエイコたちが喋り出した。

「え、何かしたの?」

「いや、わかんない」

「大丈夫、さっきの担任のヤマガタでしょ? 怒ってる感じ無かったし大丈夫でしょ? ついてこうか」

「来てー 助かる」


 職員室の扉を恐る恐る開けると、対角線上にいるにヤマガタと目が合った。

 

 めんどくさい。

 ヤマガタ先生。私たちは呼び捨てで呼んでいる。

 こいつは機械になりたいと思っているんじゃないかと評しても過言でもないような人間で、とにかく校則に重きを置いている。いや、校則を基準に判定している。

 日和見主義と言えば悪い方向に人間味が出るのだが、こいつはそうじゃない。

 スカートの丈が2.1センチ長いだとか、上部まゆげがカットされているだとか、とにかくうるさい。一度ロボットの声真似で指摘していたのを見た時は、現役の中学生よりも拗らせているんじゃないかと思った。

 「失礼します」

 職員室に入ると、各方角から変な視線を感じた。

 「ああ、ちょっと保健の先生と一緒に来てくれるか」

 外に連れ出される私を心配そうに伺うエイコたちと目が合ったので、少し笑って見せたが精一杯の強がりだった。

 多分、みんなヤマガタに気づかれないように距離をとってついてきてくれるはずだ。友達ってなんて心強いのだろう。


 私の隣を歩いている保健の先生は、最近変わった事はないかとか、両親とは仲良くしているかとか、気を遣っている表情で話し掛けてくる。

 なぜそんな事を質問してくるのだろうか。

 「すみません、先生。私は何か悪い事をしましたか?まったく心当たりがないのですが」

 「うーん。なんて言ったら良いのかわからないから、現場をみてから話した方がいいと思ったんだよ。」

 現場? 正門近くまで来ているので外に出るんだと思っていたが、どうやら駐輪場らしい。

 「これだよ」

 ヤマガタが指をさして言った。


 そこには、駐輪場の屋根で日陰になっている私の自転車を指していた。

 「なんですか? これは私の自転車です……あっ!」

 前カゴに擦れ切れいっぱいに積もった雪が、まだ残っていた。

 「いや、これは昨日の大雪で積もった雪が、カゴの中に大量に積もっていて、溶けると思って放っておいたんですが、まだ溶けてないようですね」

 それを聞いたヤマガタが首をかしげるので

 「いや、溶け切ってないのは、ここが日陰になってるからですよ!」

 私は呼び出された事と自然現象で起きた事の責任を追求されているような理不尽さに憤りを覚えながら声を上げた。

 多分、後ろをついてきてくれているエイコ達も味方になってくれるはず、できるなら聞こえててほしいくらいだ。

 「……これは雪じゃない! 近づいて、触ってよく見ろ!」

 とヤマガタが怒鳴り返してきた。

 「え! いや、雪でしょ……」

 「いいから!」

 「ヤマガタ先生!」

 怒鳴るヤマガタを制するように保健の先生は左腕を前に伸ばしてくれたが、右手は確実に私の背中を自転車の方向へ押している。


 自転車に近づいて前カゴを確かめると、私が雪だと思っていたものは雪ではなく『白米』だった。


 いつ? どういうこと?

 ……じゃあ、誰かが昨日、自転車の前カゴ擦り切れ一杯分の米を炊いて、猛吹雪の中、私の自転車カゴに入れたって事? 母が? いや、母とは別に揉めてもないし、揉めていたとしても嫌がらせにしては常軌を逸している。

 なんでこんな事が起きるのか、これをどう処理すればいいのか、犯人を特定するのかとか色々考えているうちに涙が止まらなくなってきた。

 保健の先生が背中をさすってきたが、力強く振り解いた。

 どういう感情でさすってきているんだろうか。意味がわからない。

 そもそも、この状況を私に見せて何か事が進展するのだろうか。今近くにいる教員とか名のついた無能に腹が立ってきて、悔しくてたまらかった。

 「オイ タカギ タベモノ ヲ ガッコウ ニ モッテキタラ ダメナンダゾ」

 「はあ?」

 私はヤマガタを睨みつけた。

 このクソバカは何を言ってるんだ。私が後で学校で食べようとして大量の白米を持ってきたって思ってんのか? なんでそう解釈できるんだ。

 「ヤマガタ先生! 他の生徒も見てます! まずはタカギさんの親御さんへ説明しましょう」

 私は今、全力でこのクソバカどもを殺してやりたい。

 「これを持ってきたのは私じゃないです! 私こんなの一切知りません!」

 絶叫に近い涙ながらの訴えが届いたのかヤマガタは少し押し黙った。

 「昨日誰かが私の家に忍び込んで、ごはんを入れたんです! わたしも! わたしの家族も! 何もしていません!」

 「タベロ」

 「え」

 「タベモノ ヲ モッテキテ シマッタ ノハ シカタガナイ イマハ チョウド ヒルドキダ タベロ タベルマデ オマエハ キュウケイ モ ジュギョウ モ ウケルナ ココデ ミテテヤル」

 というとヤマガタは近づいてきた。

 「ヤマガタ先生! 無理矢理はいけません!」

 「タカギさんも、食べ物の持ち込みがいけないことは知っているわよね? 食べ物を粗末にするのも悪い事だって知ってるわよね? そこの二点は謝りましょう?」

 「ふざけんな! なんで、私は謝りません!」

 と、保健のバカに向かって言った時、エイコたちの姿が見えた。

 

 そうだ! エイコたちは絶対にこの光景を撮影するだろう。

 このクソバカどもの言う通りに米を口に含んだ後、もう食べれません! と吐き出して泣きながら家に自転車で帰れば良いんだ!

 ファンがたくさん付いているマキの事だ。

 マキのアカウントから、体罰教師とか行き過ぎた教育とか見出し付けて動画を拡散してくれるはず!


 私は俯いてエイコたちの方を盗み見る。スマホを構えているのを確認できたので泣きながら叫んだ。

 「わかりました! 食べます!」

 ヤマガタが無表情で頷いた。保健のバカも美しいものを見るような目でこちらを観察している。

 私は自転車の前カゴに手を伸ばした。

 冷えてカチカチになった白米を少量掴んで口に運ぶ。 

 

 ……じゃり

 

 とてもじゃないが食べられるものじゃない。

 幼い時に好奇心で食べた雪の冷たさに不愉快な硬さの物体が、口の中で抵抗している。

 「うぇっ! ……ひどい! こんなの食べられません!」

 そのまま走って自宅を目指す。ヤマガタと保健のバカがなにかを叫んでいたが、とにかく全力で逃げた。


 玄関と自室の扉を勢いよく閉めた音に反応して母親がドアの前で出てくるように叫んでいる。

 母親には悪いが、私はベッドに横になった。

 怒りと、悲しさと走った疲れで頭が回らない。


 徐々に落ち着いてきたら頭に残った感情は意外にも『してやったり感』だった。

 

 部屋の鍵を開けてゆっくりと出ていくと、母親が心配そうな顔で私を抱きしめた。私は母親の腕の中で大声で泣いた。


 事の顛末を細かく説明すると、母親は黙って自転車と荷物を回収しに行ってくれた。カチカチの白米を捨てて戻ってきた母親から、親として正式に学校へ抗議する事と自宅の自転車置き場に監視カメラをつける事を伝えられた。

 そして、私は明日から学校を休むことになった。


 荷物を運ぶ時にエイコたちが手伝ってくれたことを聞いた時、親に「学校へ抗議しないで良い」と言いかけてやめた。

 たぶん、エイコたちは動画の拡散をやってくれるだろう。ヤマガタから逃げて校門前を抜けた時、エイコらの集団とすれ違いざまに微かに聞こえたみんなの笑い声が記憶にある。確実にヤマガタを辞めさせられるこんなチャンスはないのだから。


 あれから三日経った。玄関にも防犯カメラにも誰も映らなかった。

 エイコたちにメッセージを送ってみたが音沙汰がない。

 両親は教育委員会を通して学校に抗議している最中だが、日程調整に難航しているようだ。

 

 夕方になると玄関のインターホンが鳴った。

 エイコだ! 返信がない事を問い詰めたいのと、嬉しさとで感情が込み上げてくる。

 いや、ただの配達員かもしれない。今すぐにでも出たい気持ちを抑えて母親の声に集中した。

 

 私の名が呼ばれた。やっぱりエイコだ!

 いそいそと玄関へ向かうとそこに居たのは学級委員のタナカさんだった。

 

 「あ、タカギさん、これプリント!」

 意を決したように話すタナカさんと私の距離感に、エイコたちのことや、あれからの事が聞き出せなかった。

 タナカさんは覚えてきたセリフを一生懸命間違えないように続ける。

 「みんな、待ってるから! その、誰も気にしてないっていうか」

 「……うん」

 「その、今週いっぱいは晴れが続くって天気予報でいってるから、その……自転車で」

 血液が逆流する感覚が全身を走る。

 「もういい! 帰って!」

 タナカさんを押して玄関を強く閉めた。

 その音を聞いて駆けつけた母親に抱えられながら私は泣いた。私は私がいじめの対象になっている事を理解した。タナカが「自転車」と言った時に笑いを堪える表情が見えたからだ。


 私の味方は家族しかいなくなった。


 一ヶ月が経過。

 学校への抗議も『稀すぎる事象だった為、混乱した教師が指示を誤った』と処理されたらしい。

 ヤマガタは「マチガエマシタ スミマセン」とロボットの声真似をして言ってきたので、それを受けて今後登校させないと両親は伝えたそうだ。


 私は自宅で勉強することに慣れてきた。

 隣の市にある偏差値の高い高校を目指すために両親がつけてくれた家庭教師に勉強を教えてもらっている。

 

 私が普通の不登校児よりもメンタルが追い込まれてないのは、こうした家族の支えと、あの事件について、私には一切責任がないと自信を持っているからだろう。

 別に私は校則を破ってないし、教室で失禁したわけでも犯罪を犯したわけではない。気持ちが落ち着いている時は、落ち度なんて一つもないのだから堂々と登校すればいいんじゃないかと考える日だってある。


 家庭教師から渡されたテキストを机に置いて、ベッドに身を投げる。

 

 エイコたちの連絡を削除した携帯電話で動画サイトを見ていると、一つの動画が目に入った。

 あの時の動画だ! 私は一瞬にして恐怖に支配された。

 口呼吸になりながら動画を確認する。

 投稿者は確実にエイコらのうちの誰かに違いない。

 

 自転車置き場で教師二人に詰められて泣き叫ぶ私が、自転車に近づいて何かを口にしている。

 現場が日陰だったのもあってか、何を口にしたのかこの動画ではわからなかった。

 次第に顔にモザイクをかけられた私が走って撮影者の前を横切る。

 高く小さな声で笑い声が入って画面が暗くなった。

 

 動画のタイトルを読むとそこには『自転車を食べる女』と表示されている。

 

 違う! 私は命令されたんだ!

 

 撮影したエイコたちに真実が伝わってない事の悔しさと、タイトルから察するに私に対する悪意が透けて見えて吐き気がした。

 このサイトを閉じようと思ったが、一応コメント欄を確認してみることにした。

 もしかしたら誰かが『これはイジメじゃないのか』と問題提起してくれているかもしれないからだ。

 

 「本当に食ってるか?」「やらせ」「わかりにくいから、面白くない」と、自転車を食べているかについての真偽を疑うコメントだが大半を占めていた。

 

 その中で、あるコメントが目に飛び込んできた。

 「この子が食べているのは古米です」

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