第5話 カードエラー
二人を乗せたのぞみ号は、定刻通り終着駅の博多に到着した。ここから在来線の特急列車に乗り換え、西九州新幹線の始発駅である武雄温泉駅に向かう。その前に、博多駅構内にある駅弁屋に寄り、ショーウインドウに置かれた博多駅ならではの駅弁の数々に目を通し、黙って見入ってしまう。そして、アカネはかしわめしを選び、ユウナは肉づくし弁当を選んでユウナの奢りで購入した。
「それ、ユウナのカードじゃないよね?」
高校生でクレジットカードを作ることはできないはずだが、ユウナに奢ってもらってばかりいるアカネは、淡々とクレジットカードで支払う姿に疑問を抱いていた。当然、そのカードはアカネのものではない。
「私のじゃないけど、情報を盗まれる親もバカだと思わない? だって、暗証番号とか箪笥にメモを隠してカードを入れた財布も机に置きっぱなし。おかげで、利用できたってことよ」
アカネは洗脳されたかのような頷きの早さとともに、神様が自分達に逃げ道を作ってくれていることを確信した。ユウナは買った弁当の袋をアカネから取り上げ、お殿様のような口振りで「そなた、これが欲しいか?」と問うと、アカネは目を輝かせて「欲しい、欲しいです」と頭を垂れて彼女の演技に合わせる。すると、馬鹿馬鹿しくなったのかユウナは自分で呆れ笑いをして、弁当の入った袋をアカネに手渡す。
「ユウナって、可笑しいよね」
アカネは褒め言葉を送ると、ユウナは照れ笑いをする。無理に空気を明るくしようとすると彼女は妙な演技を入れたりする癖があるが、アカネにとってその行動が癒やしになっている。
「行こう」
手を繋ぎ合い、武雄温泉行きのホームへ向かい、既に到着していた特急列車に乗り二人は九州の地をさらに西へ進んでいく。その車内で、アカネは買ってもらったかしわめしを食べながら、ずっと気になっていたことをユウナに聞いた。
「私と、何がしたいの?」
この問いに、ユウナは迷いなく「キス」と答える。アカネは言葉を詰まらせて少し咳き込んでしまうが、その頬は少し赤くなっている。当然、本気で答えたわけではない。ユウナは「ウソウソ」と笑いながら言うと、僅かに寂しそうな顔をしたアカネの表情を見逃さなかったが、見なかったことにして自分の肉づくし弁当を食べ続ける。すると、通りかかった車掌が座席確認のため、チケットの提示を求める。
「お嬢さん達、高校生?」
平日の真っ昼間に学生服で乗っていることに疑問を抱いた車掌に対し、アカネはまさか連れ降ろされるのではないかと不安になるが、ユウナは慄くことなく軽快に「実は大学生で、休みだからハウステンボスに行くんです」と嘘を交えると、車掌さんは「そうかいそうかい、ハウステンボスは人気だからねえ。気をつけて行ってきてよ」と明るい笑顔を見せて信じた。
「このままハウステンボス、行っちゃう?」
唐突なユウナの提案にアカネは「え、行けるの?」と驚いた顔をする。二人が乗る特急列車は偶然にもハウステンボスを終点とし、武雄温泉は途中の停車駅の一つである。親から盗んだクレジットカードを持つユウナに恐怖心はなく、一度下車して再度別の特急に乗車して行く案を口にする。アカネも賛同して、期待を膨らませた。しかし、現実はそう甘くはない。
「申し訳ありませんが、お持ちのクレジットカードがエラーで使用できませんので、ほかに支払い手段があればそちらでいただけないかと・・・・・・」
ユウナが持っていたクレジットカードが読み取りエラーを起こし、使用不可の状態になっていた。仕方なくハウステンボス行きは諦め、改札前の柱に凭れてこの後の考える。ホテルの一室も押さえられていない中で、このエラーは二人の行く道を阻む。
キャッシュレスに疎いアカネはすぐにこのエラーは解消されるものだと思っているが、彼女とは逆に詳しいユウナは、原因がわかっていた。
「アカネ、こっち来て」
また冷えたアカネの右手を掴み、ユウナは温泉宿が集まる地を目がけて走り出した。
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