第4話 不安との断絶
アカネとユウナを載せたのぞみ号は姫路駅を発車し、相生駅を通過して岡山に向かっている。居心地の良さに眠るユウナの隣で、アカネはただ流れていく景色を眺め、時に幸せそうな寝顔を見せつける彼女の顔にそっと触れようとするが、車掌が通過して慌てて車窓に振り返ってしまう。それでも、誰も来ないと確信するともう一度ユウナの顔にそっと手を近づける。
『まもなく、岡山に到着します』
車内アナウンスが流れると同時に、真っ暗なトンネルへ振り返ってしまう。何も景色が変わることなく、ただ焦っている自分の顔が映り、思わず顔を両手で覆ってしまう。ゆっくり振り返っても、ユウナはまだ眠りの世界にいるが、視線が痒くなって通路側を向いてしまう。アカネは少し寂しさを感じ、シートに背中から凭れ直して表示されるデジタル掲示板の文字を見つめる。そして、小さく溜め息を吐く。すると、ユウナは勢いよく振り返り、目をぱっちりと開けて寂しそうなアカネの横顔を見つめ、左手をそっと彼女の脚の上に置く。
「本当に寝ちゃったと思ったでしょ?」
声を低めて問うユウナに脚を優しく撫でられ、アカネは両方の肘掛けを強く握って首を横に振る。脚から伝わる妙な感覚に声を漏らさないよう声を殺し、言葉を返すことができない。意地悪な手触りにアカネは睨み付けるが、その反応をユウナは楽しんでいる。乗降する乗客が何事もない空気を発しながら通過していくが、アカネを見つめて楽しむユウナに、そんな空気も関係はなかった。
「ごめん」
乗降口が閉まり、岡山を発車するとユウナは手を離し、アカネの耳元で囁いた。すると、アカネは自分のシートに凭れようとするユウナの手首を掴み、どうして近づくだけ近づいてすぐに逃げようとするかを問う。ユウナはクスッと笑った。
「アカネに素直になってほしいの」
素直になっていない自覚はないが、どこか遠慮している自分がいるかもしれないと、この言葉で僅かな自覚が生まれる。アカネは囁き返すような震えた声で「もう少し時間かかってもいい?」と聞くと、ユウナは「いいよ、時間はあるから」と笑顔で言葉を返した。
東広島駅に近づく頃、アカネはポケットから一枚の紙切れを取り出した。大学共通テストの受験票だ。記された文字を一字ずつ焼き付けるような視線で、ペットボトルに残っている天然水を一気飲みするユウナに『この紙、破ったらどうなるのかな?』と、無の口調で聞く。ただ置いてくることを忘れて携帯していただけだが、アカネは受験票を見ると少し自信を無くしつつあった。すると、ユウナもポケットから同じ受験票を取り出し、文字を見ることなく握り潰した。乱雑な折り目が生じた丸まったゴミ屑と化した姿を見て、アカネも同じように握り潰す。
「いらないよね。こんな、呪いの紙」
食い終えた箱ゴミを入れたスーパーの袋に放り込み、アカネは少し涙ぐむ。そして、微笑む。逃げるために同行させる意味のない紙切れを持っていたことが馬鹿馬鹿しくなり、さらに笑いが漏れる。抱く必要のない不安を自分で抱かせていたことに今更、気付いたのだ。ユウナは急な笑いに驚くことなく、一緒に笑う。そして、溜まったゴミを車内のゴミ箱に捨てようと、席を立つ。アカネはかけていた袋を手に取って「ありがとう」と言ってお願いする。そしてそのまま流れていく車窓からの景色を見ながら寝落ちする。
ユウナはゴミを捨てに行くと、傍にあった自動販売機でペットボトルのお茶を一本買い、乗降口付近の壁に凭れてスマートフォンに目を通す。
「邪魔しないで」
五十回を超える着信に呆れた溜め息を漏らすと、スマートフォンを近くのゴミ箱に投げ捨てた。重みを含んだ鈍い音が箱の中で響くと、ユウナはブラウンカラーのミディアムな髪を一度掻き、席に戻る。
戻った時には、アカネはまた寝落ちしてしまい、その寝顔を見て再び小さく微笑む。そして、座らずに棚からアカネのリュックを手に取り、入れていた彼女のスマートフォンを取り出して自分の制服の内ポケットに移した。
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