第3話 追跡という名の不安

 新大阪に着いた二人は、新幹線に乗るためユウナが前日に予約していたのぞみ九号の指定席のチケットを発券し、待合室で到着を待つ。アカネはずっとユウナの右手と自らの左手を繋ぎ、不安を消そうとしていた。それでも、まだ消えない。自分にしつこい親なら、あらゆる手段を使ってここまで追ってくる予感がする。見つかったら、すぐに連れ戻されて試験を受けさせられる。そんな嫌な想像をしていると、ユウナが空いた片手で握っていたアカネの手を包む。ユウナは発車案内を表示したデジタル掲示板を見つめる振りをして、何も言葉を発しない。アカネは、済ました横顔に目を逸らして膝を揃えて座り直す。


「大丈夫。絶対、親に会わせないから」


 ユウナは何度も同じ言葉をかけているが、アカネの不安が拭えていないことは理解している。それでも、自分の義務とまでに行動と言葉で彼女を安心させようとする。アカネはその言葉に何も返せないが、空いた片方の手で包むユウナの手にそっと触れ、撫でる。自分だけ甘えているわけにはいかない。辛さは、きっと同じはずだ。

 突然触れられたユウナは、驚いてその手に振り向き、冷えた手で温めようとするアカネの姿を見つめる。そんなことまでしなくていいと思っても、自分ばかり甘えられているという真面目で不器用な考えを持っている彼女が恋しく思う。すると、その空気を邪魔するかのような乗車予定の電車の到着アナウンスが流れる。


「行くよ、アカネ」


 二人は走って二十二番ホームに向かって階段を上り、息を切らしながら十二号車の乗り口に並ぶ。重い荷物を背負って疲れが増した二人は顔を見合って笑い合う。一度離れた手を繋ぎ直し、到着したのぞみ号にユウナから足を踏み入れる。そして、アカネが乗車したことを確認したかのように乗車口の扉が閉まる。二人は、十二号車内の一番後方の席。アカネがリュックを自ら載せようとすると、先に座席の前に立ったユウナが笑いながら、リュックに手をかけて棚に載せた。アカネが恥ずかしそうに礼を言いながら座ると、ユウナもゆっくり席に座り「気にしないで」と言いながら、ポケットに忍ばせていたチョコスティックの箱を取り出し、一袋お裾分けする。そして、西から東へ流れていく景色を背景にアカネはまたユウナと笑顔を見つめ合う。


「お願いします。私達の娘を、一緒に探してもらえませんか?」


 二人が東京駅から離れた頃、高峰学園の校長室でミナコはユウナの母であるキミコと校長の長瀬に頭を下げていた。長瀬は困惑した表情で腕を組み、失踪する前の二人の様子について問う。すると、キミコは直接手渡された手紙を懐から出し、長瀬に渡した。


「ユウナとは関係が悪化していることはわかっていましたが、この手紙が置かれていたことに気付いたのは、朝起きた時でした。既に娘は、いなくなっていました」


 キミコが言葉を詰まらせながら話すと、長瀬は宥めるような口調で手紙を預かるとともに、警察へ相談する旨を明言した。二人はもう一度頭を下げ、娘の発見を再度お願いし、校長室を後にする。そして、二人はその後何も口にすることなく、各々家に帰った。


「私は、何も悪くない。あの子のために言っただけなんだから。私は、悪くない」


 箪笥の上段の引き出しに保存していた一枚の写真。赤い帽子を被った当時六歳のアカネと、その背後で屈んで笑顔を見せた自分が写されたものだ。小刻みに震えながら、今の現実から逃れてその頃を思い出して静かに懐かしむ。そして、目を離さずに木製の椅子に座り、ずっと眩しそうな表情を浮かべる彼女に集中する。

 食卓用テーブルの上には、まだアカネの為に残している手付かずの食パン一枚と目玉焼き、ハム二枚が盛られた皿と赤い箸が整った状態で並べられている。片付けることなく、ただ写真と見つめあう時間が流れていった。


「こうしちゃいられない」


 ふと我に返ったミナコは、彼女の手付かずの朝食をラップで包み、冷蔵庫に保存する。そして、一度机上に置いた写真をもう一度手に取り、桃色の財布にあるポケットにしまう。我慢できなくなったミナコは、写真を御守としてしまったのだ。さらに、最寄りの警察署に電話をかけた。


「もしもし、小庭アカネの母です。もう娘がいない時間に耐えられません。だから、私も一緒に探索に同行させてもらえませんか?」


 懇願を受けた警察署員が、返答に困りながらも一度警察署に足を運ぶようミナコに指示を出す。その返答に彼女は期待を匂わせる声色で礼を言い、電話を切ると無我夢中で家から飛び出した。

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