第2話 肩に寄り添う

 その日の夜、母親が出前で注文したピザを食べながら、明日の朝の行動を考えるアカネは、話しかけられないよう目線をシーフードピザが入った箱から逸らさず、母親の問いには一切答えない。


「アカネ、まさかと思うけどテストの出来が悪いとか言わないよね?」


 隠していた傷口を抉るかのような問いに、無視を続けていたアカネの手はピタリと止まる。この反応に、ミナコは呆れた溜め息を漏らし、手に持っていたピザを皿に一度戻す。


「最近、勉強サボっているでしょ?」

「サボってないよ。どこを見てそう言えるの?」


 粗探しをされていることに不満を込め、ミナコを睨み付けるアカネ。しかし、将来困らないようにアドバイスをしているだけだと八つ当たりをされていることに苛立ちを覚えるミナコは、アカネを睨み返す。


「今回のテスト、一科目でも九十点を下回っていたら遊びに行くの禁止ね」

「え?」

「当然でしょ? 私の人生もかかっているのよ? それに、あなたが就職するまで誰がお金を払い続けると思っているの? 忘れたの? あなたのお父さんはもういないのよ?」


 アカネの父親は、二年前に離婚したことを機に行方がわからなくなっている。バイトで生活を支えるミナコは、唯一の娘であるアカネに生活を支えてもらおうと計画をし、大手企業への就職のため難関大学への進学を強いている。その考えに、アカネは我慢が限界に達していた。


「人生人生ってうるさい! そんなに大学に進んで欲しいとか思うなら自分が行けば?」


 机を両手で強く叩き、立ち上がって自分の部屋へ早歩きで戻るアカネは、溜まっていたストレスをミナコに吐き捨てると同時に、決意をした。まだ夜の八時半だが、固めた決意を胸に、部屋の電気をつけず制服姿でそのままベッドに仰向けになり、眠りに就く。まだ不安が拭いきれず、この眠りは非常に浅かった。


「アカネ、アカネ? 着いたよ」


 ここは、バスの中。ユウナに優しく凭れた肩を叩かれたアカネは、二度目の目覚めの朝を迎えた。二人が乗る路線バスは、私鉄の主要駅前にもうすぐ着く。


「私、何してた?」

「記憶ないの?」

「ごめん、疲れが取れなくて」


 固めた決意を胸に一時間前に、ユウナの家の前に向かったアカネは眠れなかったせいか、最寄りのバス停から乗車した記憶が飛んでいた。ただ、ユウナの肩を使って再び眠っていると、なぜか独りで寝るより快眠を過ごした気がするアカネ。


「大丈夫?」

「うん、大丈夫。ユウナこそ肩、大丈夫だった?」

「大丈夫だよ、ちょっと温かかった」


 照れ臭そうに微笑みあう二人を乗せたバスは終点に着き、冷えた風が透き通るロータリーの近くにあるハンバーガーショップに入り、朝食限定のモーニングセットを食べる。


「どうして付き合ってくれたの?」


 ユウナは、昨日の自信を込めた顔とは違って、不安が漏れた表情でアカネに問う。この顔に少し驚きつつ、アカネはチーズバーガーを小さく一口含み、飲み込んで答える。


「ユウナと一緒に旅するなら、それが一番の幸せかなって」

「本当に?」

「本当は勉強のことを昨日も責められたからだけど、でも、ユウナと一緒にいたいのも本当だよ」


 心の中で恥ずかしさを感じ、隠すようにカプチーノを口にするアカネの姿を見て、ユウナは嬉しそうな笑みを見せながらポテトを一つ、食べる。そして「変なの」と言葉を漏らした。ただ、のんびりと朝食の時間を送る猶予はない。アカネが自分のスマートフォンの画面を見ると、見たくもない通知がトップに示されていた。


「もしかして、何か言われたの?」

「いや、ただの冷やかし。心配していないのに心配するフリをされることが一番気に食わない」


 電源を落とし、家から背負ってきたリュックサックの中に放り投げる。そして、大きく溜め息を吐きながらゆっくりと立ち上がり、ユウナに早く地元から去ろうとトレイを返却して店から出る。ユウナも後を追い、店から出て駅の改札に向かう。

 二番乗り場から八時三分発、六両編成の急行列車の四号車に乗り、第一目標と決めた東京駅へ。アカネは不意に襲う罪悪感を蹴散らし、同じ不安を持つユウナの肩に寄りかかる。それが彼女にとっての解消法であり、現実逃避への一歩である。

 その頃、自分の娘がいないことに気付いたミナコは、抜け殻となった彼女の部屋に立ち入り、勉強机の上に散らばった教科書の山と見合っていた。そして、その山から一冊ずつ手に取り、乱れたベッドの上に無言で力強く投げ捨てた。言うことを聞かない娘の逃亡に、怒りが収らなかった。

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