還る場所
バルバルさん
そこに還るのは……
気が付けば、砂浜に寝ころがっていた。
◇
何か、人生に意味が欲しかった。
今日もそう思いながら、一人酒をしていた。
自棄になっているのかもしれない。だが、毎日を浪費するように過ごしていると本当にそう思う。
毎日、仕事をして、食事して、寝て、また仕事して。その繰り返し。
そんな日々に意味が感じられない。もっと、何かあるはずだと考えてしまう。
まるで、死なないために生きているみたいじゃないか。なんてさえ思う。
ふと、昔親に言われた言葉を思い出しかけて、首を振って、コップに残った酒を飲み干す。
その酒の入っていたコップを置き、ベッドに寝転がる。
人生に意味が欲しかった。そう思いながら目を瞑る。
そして、気が付けば砂浜にいた。
◇
ここはどこだろう。見た限り砂浜。目の前にはただただ広い海。だが、不思議と磯の香りはしない。
空は快晴。どこまでも続く青空。そして砂浜と、申し訳程度の何かヤシっぽい木。
酒と夢の見せる幻覚だろうか。だが、なんだろうか。この海に無性に入りたい欲求が湧いてくる。
とりあえず、周囲を歩いてみよう。
ここにいると時間の感覚がマヒしてくる感じがする。海沿いの砂浜を、何分歩いただろうか、それとも、何時間も歩いたのだろうか。
海も砂浜も途切れない。どこまでも続く。
あぁ、だが。歩くのも疲れた。
そろそろ、海に入ろうかな。そう思っていると、他に人がいた。
呆然と海を眺めている若い女性。その存在に、やっと人がいたと安堵する。
とりあえず、声をかけてみよう。
「えっと、こんにちは」
びくり。と女性は肩を震わせてこちらを見た。そして、おずおずと頭を下げる。
だが、会話はする気はないのか、すぐに海へと顔を向けた。
これでは、ここがどこだかわからない。何とか話をしようと思い、さらに言葉を続ける。
「あ、あの。ここがどこだか、分かりますか?」
その言葉に彼女は、ゆるゆると首を横に振って。
「いいえ」
と、一言だけ。その後は、気まずい無言の時間が続く。
とりあえず、彼女がここについては何も知らない。というのはわかったが、会話が弾まないのはなんというか、居心地の悪さが勝つ。
まあ、もう少し歩いてみようかな。なんて思って、彼女の後ろを通り過ぎようとすると。
砂浜の向こうから、走る足音。
「あー! こんにちはです!」
元気なその声は、幼い少女のものだ。やって来たのは、可愛らしい女の子であった。
その子は、俺達の傍に駆け寄ると。
「えっと、私はマミって言います! よろしくね」
その言葉に目を丸くする俺と女性。
一瞬顔を見合わせ、女性はしゃがみ、マミと言った少女に目線を合わせる。
「こんにちは、元気でいい挨拶ね。私はユウカって言うの。こちらこそよろしくね」
「はい、ユウカおねえちゃん。えっと、お兄さんは?」
「あ、えっと、俺は。コウタ。コウタっていうんだ」
「コウタおにいちゃん! よろしくね」
元気で快活な子供に少々圧倒されつつも、挨拶は終えられた俺達。
「マミちゃんは、ここに来るまえ、どうしてたの?」
「お家で寝てました!」
「寝てた……」
マミちゃんも、寝ていたらここに来たようだ。ユウカさんはどうだろうか?
「私も、寝てたらここに来たの。だから一緒ね」
「うん!」
「俺も寝てたらここに来た。ならここは夢……?」
だが、夢にしては、不思議なリアリティというか、不気味な現実感のある浜辺だ。
「でも、ここは不思議なところです。全然お腹がへらないし、喉もかわきません」
確かに、ここに来てからお腹は減らないし、喉も乾かない。確かに不思議だな。なんて思っていると。
「ここに来る前は、ずっとお腹が空いてたから、やっと気持ち悪くなくなりました」
「え?」
そんなことを言い出すから、俺もユウカさんも再び目を丸くする。
「えっと、ご飯。食べてなかったの?」
「うん。ママ、パパが居なくなってから、ご飯、あんまりくれなくなって……」
「……そう」
「でも、いい子にしてたらご飯くれるんだよ? 最近は、私悪い子だから、ご飯くれないし、帰ってこないけど、でも私が悪い子だから……」
その言葉に、俺は我慢できなくなった。
「違う」
「え?」
「君は悪い子なんかじゃない」
俺は、ユウカさんの隣に、マミちゃんに目線を合わせるように座って。
「君は悪くない。悪い子なんかじゃないんだ」
「で、でも、ならなんで……」
「それは。君のお母さんが」
「コウタさん、それ以上は……」
ユウカさんが止めるが、構うものかと口を開く。
「君のお母さんが、本当はいい子が苦手だからなんだ」
「いい子が、苦手?」
「そう。マミちゃんはいい子だから、お母さんは苦手に感じたんだ。だから、もっと悪い子になっていいんだよ」
「悪い子になる?」
「そう、我儘を言って、お母さんに迷惑かけて、一杯ワガママにするんだ。それが、子供の君の仕事なんだから」
「……よく、分かんないけど……私が悪い子だから、お母さんは殴ったんじゃないの?」
「違うよ、マミちゃんは悪くない」
「私が悪い子だから、独りぼっちにしたんじゃないの?」
「違う。マミちゃんは悪い子なんかじゃない」
「……うん、うん!」
何度かマミちゃんは頷いて、砂浜を走り出した。なんとも元気な子だ。
「……驚きました」
「え?」
「貴方は、マミちゃんのお母さんを悪い奴って言うと思いました」
「……そりゃあ、マミちゃんのお母さんは、極悪人だよ。自分の娘に……」
「……そう、ですね」
「でも、それを伝えて、マミちゃんが傷つくのなら。マミちゃんは悪くないってことだけ知っていればいい。そう思ったんです」
しばらく、マミちゃんの笑いながら走る音だけがする。やはり元気な子だ。
「……いいなぁ、マミちゃんのお母さん」
「……っえ?」
いきなり何を言い出すのだろうか。
「私も、子供……欲しかったなぁ……っ。あの人との間に、子供っ……欲しかったなぁ……っ」
「ユウカさん」
どうやら、ユウカさんにも事情はあるようだ、だが、聞けないだろう。泣く女性に、その意味をなんて。
「いらないなら、欲しいよ。マミちゃん。私の子に……」
「欲しい、かぁ……」
その言葉、とても良い響きだ。
「なら、ユウカさん。絶対に、子供に「いらない」なんて言わないでくださいね」
「……どういうことですか?」
「……別に。ただ、一度でもいらないって言われたら……」
『アンタなんて、要らない子なのよ!』
「子供って、大人になっても残るくらい傷つくんですよ。マミちゃんには、これ以上、傷ついてほしくないから」
「……」
本当にそうだ。子供は、要らないという言葉で……
その言葉の刃で、簡単に死ぬのだ。
「あ、二人とも、見てください」
ふと、走っていたマミちゃんが声を上げる。。
「どうしたの?」
「海の水が、足元まで来ました!」
つめたーい。なんて笑っているマミちゃんに思わず頬がほころぶ。
だが、確かに。波もない海の水が、足元まで来ている。
――――――そしてなぜだろうか。無性に、そのまま海の中へ入りたくなった。
ふと、ユウカさんを見ると、どうやら俺と同じことを考えているようだ。
「二人とも、どうしたのですか? 二人も一緒に、海に入りましょう!」
そう言って、マミちゃんは先に入って行った。
「……どうしましょうか」
「マミちゃんもああいってますし、どうせです、一緒に入りましょう」
「……はい」
そして、俺達三人は、海の中に沈んでいった。
◇◇◇
この日、三つの命が現世から最果てに還って行った。
一人は、人生に意味を持てず、「いらない子」と言われ続けた青年がアルコール中毒で。
一人は、幼い子供が育児放棄され部屋の中で。
一人は、子供を成せず、成すことができなくなった女性が飛び降りて。
そして三人の魂は、果ての海へと帰って行った。
ここは最果ての海、人生の終果てに、母なる海へ還る場所。
そしていつか、母の胎内へ帰る場所。
三人の人生に意味はあったか?それは何とも申せませんが。
海に還る時の三人は、笑顔であったとだけ、記しておきましょうか。
還る場所 バルバルさん @balbalsan
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