大好きな先輩二人と (高校二年生女子 @夜の公園のベンチ (その1))

「すごかったですね、お二人とも」


 私は試合の記憶を呼び覚ましては体の底から湧き上がる興奮に拳を握り締めて身震いする。

 あの瞬間の会場を揺らすような大きな歓声があれから数時間経った今でも耳に生々しく残っている。


「まだ言ってんのかよ」


 斎藤先輩はあきれ顔で頭の後ろに手を組みながら駅の構内を歩く。

 高身長で、そんな仕草も絵になる。


「いいじゃん、いいじゃん。褒め言葉は心の栄養だぞ。おれはもっともっと褒めてもらいたい」


 笑うと笑窪が印象的な長倉先輩が「すごかっただろ、俺たち」と催促してくるのが、年上の先輩には失礼だけど可愛くて好きだ。


「はい。それはもう、本当にすごかったです」


 私は犬のように長倉先輩の求めに従順に応じる。

 尻尾を振れと言われれば、ない尻尾を振ってしまいそうだ。


 三人は最寄りの駅が同じだ。

 しかし、今日みたいに一緒に帰ることは珍しい。

 部員はテニスコートでの練習後にウエイトトレーニングをすることが多いし、皆仲良しで部室でいつまでもうだうだ喋っている。

 キャプテンの斎藤先輩と副キャプテンの長倉先輩は部活後に顧問と練習メニューやスケジュールについて打合せをすることもある。

 マネージャーの私の仕事はテニスコートでの練習が終わると道具を片づけて終わりなので、たいてい一人で帰路につく。

 でもたまに斎藤先輩や長倉先輩が制服姿で校舎から出てくるのを見つけると私は嬉々として強引に二人の間に入って一緒に帰るのだ。

 両手に花とはこのことで、どちらを見ても心が癒される、まさに至福のひと時だ。

 三年生の二人はこの夏で部活を引退する。

 こうやって一緒に帰ることができるのは今日で最後になるかもしれないと思うと、過ぎていく一秒一秒に切なくなる。


「ありがと。それにしても今日は疲れたな。明日の個人戦は駄目かも」


 長倉先輩は急に顔をしかめて重そうに肩を回す。


「そうだな。明日の分まで体力使っちまった」


 斎藤先輩も珍しく弱気だ。


 二人の言うことも仕方のないように思えた。

 今日は硬式テニスの夏の県大会初日で団体戦が行われた。

 三年生にとっては最後の大会となるなかで、この二人の大活躍があって我が校は快進撃。

 これまで何年も破れなかったベスト八の壁を突破して近畿大会の出場権を獲得するにとどまらず、次の準決勝も快勝した。

 決勝では惜しくも負けてしまったが、顧問が思わず涙を見せるほどの健闘ぶりだったのだ。


 私は顧問が泣く前から、ずっと泣きっぱなしだったけれど。


 斎藤先輩のクールに嫌なところを突く正確なプレイスタイルはうっとりするほど格好良いし、長倉先輩の運動量豊富でボールに食らいつく姿勢は感動的で手に汗握って声が枯れるまで応援したくなる。


「私にできることは何かありますか?」


 マネージャーの役割は選手が試合で自分の力を最大限に発揮できるようサポートすることだ。

 二人には是非とも明日の個人戦も勝って上位の大会への出場権を獲得してもらい、一日でも長く部活に在籍してほしい。

 だから二人が少しでも疲労を取り除けるよう、できることを頑張りたい。

 もう日が暮れる。

 さっさと帰ってゆっくり湯船に浸かり、早めに就寝するのが一番なのかもしれないが。


「夏菜はいつも全力で応援してくれるから、それだけで十分だよ」


 斎藤先輩が私の頭を手で優しくポンポンとしてくれる。「じゃあ、俺、あっちだから」


 斎藤先輩は南の方へ足を向ける。


「そんなに慌てて帰ることないだろ。俺、まだ体が熱いんだよ。ちょっとアイス付き合えよ」


 長倉先輩が駅前のコンビニを指差す。「夏菜もまだ良いだろ?」


「はい。喜んで」


 私は願ったり叶ったりの展開に見えない尻尾を振る。


「えー。俺、疲れてるんだけど」


 斎藤先輩は渋い顔をする。


「何だよ、お前。逃がさねえぞ」


 長倉先輩は斎藤先輩に飛びかかり、首に腕を回して強引にコンビニに向かって歩き出した。


 頑張ったご褒美に、と私がお金を払おうとしたら、馬鹿か、と二人に額を軽く叩かれて、カップアイスを奢ってもらってしまった。


 少し歩いたところにある小さな公園のベンチ。

 空きっ腹でアイスを食べるだけで最高なのに、大好きな二人の先輩に腕が触れ合う密着度で挟まれて、ここで死ぬのが幸せなのかもしれないとさえ思う。

 ぼやけた街灯が寂しく佇む夜の公園はこの世界に三人しかいないような静かさだ。

 斎藤先輩がジャイアントコーンをかじるたびに、バキベキと破壊的な音が辺りに響くのが面白い。


「何だか、町をお前に食われてるみたいだな」


 長倉先輩はあっという間に雪見だいふくを食べてしまって手持無沙汰そうに月夜を見上げる。「夏菜って、何でもしてくれるって言ったっけ?」


 言葉としては、できることは何かあるか、と訊いており、何でもするとは言っていない。

 しかし、意味としては同義だ。


「もうすぐ引退してしまうお二人のためなら何でもしますよ」


 カップアイスはまだ半分ぐらい残っている。

 私はこの時間をゆっくり堪能するためにスプーンを口の中で舐め舐めしながら頷いた。


「じゃあさ。あいつの口についてるコーンを取ってやってくれよ」




(その2へ続く)

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