水筒をめぐって (高校三年生女子 @教室 (その2))
頑張れ、前橋君。
私は顎の前で両手を組み、息を殺して祈るように前橋君を応援した。
体を張って私の水筒をスネ夫から守ってくれている前橋君の姿に涙が出そうになる。
前橋君、素敵。
大好き。
スネ夫消えろ。
このゲス野郎。
「やらせろぉ……」
スネ夫も必死の形相だ。
二人の戦いは拮抗している。
「させるかぁ」
前橋君が少し体を斜めにし、腕を巻き込むようにしてスネ夫と私の水筒の間に肘を押し込む。
顔もスネ夫より前橋君の方が近くなった。
そして、前橋君が少しずつ水筒の飲み口に口を伸ばした。
「ムゥー!」
「ググー!」
二人の唸り声が私の耳に重く響く。
その声に反応してか下腹部が微かに疼き、私は大腿を強く閉じ合わせる。
前橋君、しちゃうの?
私の水筒にキスするの?
でも、前橋君なら良い。
スネ夫に奪われるぐらいなら、前橋君にしてほしい。
早く前橋君のものにしてほしい。
やがて……。
二人の腕力が集中して小刻みに震える水筒の飲み口に前橋君の唇が触れた。
途端にスネ夫の全身から力感が抜け、同時に前橋君が水筒を完全に抱え込み、スネ夫から二歩、三歩と離れた。
水筒の飲み口はがっつりと前橋君の口の中に入っている。
私は小さいが鋭い快感を下腹部に味わって廊下の暗がりの中に身をよじった。
ここが、子宮?
教室では二人の男の激しい息遣いが広がっている。
「やったな……」
肩で息をするスネ夫が何故か満足そうに微笑んだ。
「瑠美ちゃんは俺のものだ」
水筒をくわえたままで滑舌は良くないが、確かにそう言った。
私は前橋君のものになった。
私は膝に力が入らず、へなへなとそこに座り込んだ。
制服のスカートが汚れるが、仕方ない。
喉がカラカラに乾いている。
足やお尻から伝わる廊下の冷たさが心地よい。
「俺にくれよ」
スネ夫が水筒に向けて手を伸ばす。「もう、十分だろ」
私は再びゾクゾクと悪寒を覚えた。
まだスネ夫は諦めていない。
そうだった。
スネ夫は最初から前橋君の後で構わないと言っていた。
やめて。
許して。
前橋君、私を守って。
私は廊下に立て膝をついて前橋君に向かって祈りを捧げた。
何もできないのがもどかしい。
いっそ、ここで何も知らない顔で教室の中に入って行こうか。
そうすれば、私は前橋君がくわえた水筒を回収することができる。
しかし、教室の空気が張りつめていて、足を踏み入れづらい。
「駄目だ。これはこのまま瑠美ちゃんに返す」
前橋君は水筒の蓋を閉めて背中に隠した。
「ずるいぞ。美味しいものを独り占めは許されん」
スネ夫は手を出したまま前橋君に向かって一歩近づく。
前橋君は詰められた距離を補うように一歩下がる。
「俺が舐めた水筒なんか、要らないだろ」
そうだ。
その水筒は私には価値があるが、スネ夫には無用なはず。
いや、スネ夫は一度ぐらい他の人が舐めていたとしても、私の水筒を舐めることができるのであれば満足だということ?
それほどまでに私のことを?
スネ夫が一瞬歯をくいしばって顔を歪めた。
何かを言おうとして躊躇したような、そんな表情だ。
「いいから、それを渡してくれよ。バッシー、頼む」
「いや。これは、このまま瑠美ちゃんに渡す」
「頼むよ。俺にも思い出を作らせてくれよ」
スネ夫は真剣な表情で訴えた。
何だろう。
スネ夫の雰囲気が変わった気がする。
被っていた面を脱いだような、ありのままの自分をさらけ出すような必死さが伝わってくる。
「お前……」
前橋君もスネ夫の作り出す空気に飲み込まれたように立ち尽くす。
「俺……、バッシーのことが好きなんだよ」
は?
スネ夫は俊敏なステップで前橋君が手にする水筒をひったくり、そのまま床に倒れ込んだ。
ポンと蓋が開く音が響いて……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます