テスト中だけど〇〇〇〇見せて (高校二年生男子 @教室 (その2))

 少し分かってきた。

 桃子には恥じらいというものがなさそうだ。

 テスト中だろうが、授業中だろうが、見られていないという自信があれば、その場で胸をはだけて見せる。


 俺は慌てて文字の上に×印を書き、次のように訂正した。



 ごめん ボタンとじて



 俺が机に額を擦りつけるようにして頭を下げると、桃子は少し怪訝そうな表情でボタンを戻した。

 そして問題用紙の「ちんちん見せて」の横に文字を書き足して俺に見せる。



 何でもしてくれるって約束



 確かにその約束は身に覚えがあるが、テストはまだ終わっていない。


“あと五分じゃん”


 俺は口を動かしながら自分の腕時計を指差した。


 テストが終わるまでもう少しの辛抱だ。

 どうしてそれが待てないのか。


 すると桃子は今度は回答用紙の裏に何やら文字を書いた。

 問題用紙にはもう余白はないようだ。



 じゃあキスして



 驚きはなかった。

 驚くべきことなのだろうが、男性器を見せろという要求に比べれば、大したことではないように思えてしまうのは桃子の策略にはまってしまっているのかもしれない。


 付き合ってほしいと言ったのが俺だったからか、力関係は桃子の方が強い。


 塾の宿題で全く歯が立たなかった数学の図形の問題の解き方を恐る恐る訊ねたとき、桃子はその問題を見てすぐに無言でその図形に一本の補助線を引いた。

 そして、俺の反応を見て、まだピンときていないことを確認して、先ほどの補助線に交わるように、さらにもう一本の線を引いた。

 二本の線が加えられた図形を見て、相似、方式、定理が次々に浮かび俺は即座に解き方を理解した。

 その俺の顔を見て、桃子が微笑んだ。

 その瞬間、彼女は俺の中で特別な存在になった。

 畏敬と好意が絡み合い、俺は彼女の虜になった。

 常に彼女の傍にいて、彼女の魔法のような知性に触れていたくなった。


 俺は辺りを見渡した。

 担任はコクンコクンと舟を漕いでいる。

 生徒の中には明らかに解き終わった感じでぼんやりしている奴も多いが、さすがにテスト中に後ろを振り返る奴はいない。


 キスはできなくはない。


 そんな結論を得て、ドキドキしてしまう俺はMなのかもしれない。

 彼女のこんな無茶な要求でも何とか応えようとしている。


 俺だって早く桃子と二人きりになってイチャイチャしたい。

 普段の桃子は無表情で冷たい感じがするが、二人の時に見せる笑顔や甘えてくる仕草は可愛い。

 俺は無性にキスがしたくなってきた。


“眼鏡外して”


 俺が口の動きでそう依頼すると、桃子は躊躇いなく眼鏡を外した。

 整った目鼻立ちの美少女がそこに現れる。

 野暮ったい眼鏡の向こうに俺好みの美少女がいることを他のクラスメイトは知らないはずだ。


 桃子はこちらに体を傾け、俺に向かって唇を突き出した。

 頬が上気した感じもなければ、閉じた目元に震えも見られない。

 桃子はやっぱり何の照れも恥じらいも感じさせない。


 本当にするのか?


 俺はもう一度周囲を見回し、誰もこちらを見ていないことを確認した。


 やるしかないか。

 そうしないと、桃子はいつまでもこちらに向かって唇を突き出した状態を続けるだろう。

 俺たちが付き合っていることを知っている生徒はいないと思う。

 別に知られても困らないが、今の桃子を見たら、さぞかし驚かせてしまうだろう。

 それも本意ではない。


 俺はまず床に落ちた何かを拾うような感じで体勢を桃子の方へ傾けた。

 そして左足を一歩桃子に向けて踏み込む。

 最後に顔を起こして体を伸ばしサッと唇を重ねた。


 その時、チャイムが鳴って、教室の空気が一気に弛緩した。


 俺は慌てて体勢を元に戻した。


「キャッ」


 小さな悲鳴は桃子のものだった。

 見ると桃子は俺とは反対側の方に椅子から滑り落ちて床に尻もちをついている。

 きっと俺と同じかそれ以上にチャイムに慌て、姿勢を崩したのだろう。

 慌てて掛けた眼鏡の下の頬は真っ赤に染まっていた。

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