苦痛の修学旅行 (高校二年生女子 @学校近くの公園 (その1))
「ちょっと紗季。これってさ……」
背後から陽菜に声を掛けられて、いきなりスタートダッシュに躓く。
陽菜は数学の教科書を開いていた。
分からないところを、教えてほしいということだろうか。
今、急いでいて……。
そう断りたいところだが、友人を無下にすることもできない。
「どこ?」
私は教科書を覗き見た。
「嘘。冗談よ」
陽菜は教科書をパタッと閉じて私の耳元に口を寄せる。「心ここにあらずなんでしょ。早く行っておいで」
「っもう!」
私はニタニタ笑う陽菜をキッと睨んでから、通学バッグを肩に掛けて走り出した。
意地悪な奴だ。
今日という日がどういう日か知っている癖に。
いや、知っているからこその、嫌がらせだ。
通学バッグがいつに増して重い。
中には教科書やノートに他にカステラが一本まるっと入っている。
修学旅行のお土産のカステラ。
福岡、熊本、長崎を三泊四日。
その行程の間、ずっと何を買おうか迷っているうちに最終日を迎えてしまった。
最後の最後に入った土産屋のポップに「売上ナンバーワン」と書かれていて、定番なら間違いないと思って掴んだカステラだ。
彼氏の裕太君は痩せているのに、すごく食べるから、カステラ一本五百八十グラムでもぺろりと食べてしまうだろう。
カステラは喉に詰まりやすいから大きな水筒にお茶を入れて持って来ているのも通学バッグが重い原因だ。
振り返れば、分かっていたこととは言え寂しい修学旅行だった。
この高校はクラスが七つあるため宿泊先確保の関係で二つのグループに分けるのが通例だ。
そして、私のいる三組は第一班で、裕太君がいる六組は第二班とグループが別れてしまった。
第一班は福岡、熊本、長崎の順。
第二班は熊本、長崎、福岡。
従って、全日程で私は裕太君と顔を合わすことなく修学旅行を終えた。
学校にスマホを持って来てはいけない校則があり、修学旅行中は学校にいるのと同じ扱いだから電話もできなかった。
私たちのような悲劇のカップルを尻目に陽菜は二組の彼氏と三泊四日を終始楽しそうに過ごしていた。
様々な行程で別の列になるのだが、事あるごとに視線を絡め合うし、別々のバスなのだが駐車場で並ぶと目ざとく見つけて窓を開けて喋っていた。
自由行動になると二人は他人の入り込めない世界を作り出し、結果として私は二人の後ろを空しくついて行くだけの時もあった。
一番羨ましかったのは、長崎の中華街にあったアクセサリーの露店にさしかかった時だ。
一つ千五百円ぐらいで可愛いリングがたくさん売られていた。
どれもこれもキラキラしていて魅力的だった。
そこで陽菜は彼氏とあーでもないこーでもないと言い合いながら、ペアリングを購入し、薬指につけていた。
そのリングは先ほども陽菜の指に輝いていた。
あんな風にカップルで見せつけられると、一人で自分のものを選んでいる自分が可哀そうすぎてそっと立ち去るしかなかった。
裕太君がいてくれたら、陽菜たちが作る熱気もそよ風として受け流すことができるのに。
私にできたことは、修学旅行中に立ち寄った禅寺で知った「雲外蒼天」という言葉を噛みしめることだけだった。
雨雲の上には青空が広がっている。
どんな苦難もやがて過ぎ去るはずだ。
下駄箱で靴を履き替え、走って集合場所の自転車置き場へ向かう。
裕太君。
裕太君。
付き合い始めて、まだひと月も経っていない。
一年生の時は同じクラスで、席が隣同士になってから、たくさん話すようになった。
思えばその頃から私は裕太君のことを好きだったと思う。
でも、当時は話していて楽しい男子というカテゴリーとしてとらえていた。
そんなカテゴリーに入る人、今までいなかったし、当時もそのカテゴリーに入る人は他に居なかったのに。
二年になり、クラスが別々になって気軽に話すことができなくなって初めて裕太君の存在の大きさに気づいた。
だから、見かけたら必ず声を掛けるようにした。
特に用事もないのに六組の友達のところにお喋りをしに行って、裕太君のことを観察していた。
だから裕太君から告白してもらったときは、天にも昇る気持ちになった。
興奮しすぎて耳から煙が出そうだった。
私にとって裕太君は初めての彼氏で、裕太君は私が初めての彼女。
異性とのお付き合いの手順が良く分からない。
だから、まだキスもしたことがない。
そんな中での修学旅行。
修学旅行は高校生活で楽しみなことの三本の指に入るイベントだ。
なのに、それが私にとっては裕太君に会えない苦痛の四日間となってしまった。
修学旅行さえなかったら、裕太君と毎日一緒に帰ることができるのに。
それが予期できていたから、私たちも工夫した。
修学旅行でお互いにお土産を買い合おう。
そう決めたのだ。
相手のことを考え、お土産を選ぶことで互いを感じられる。
そういうことで今、私の通学バッグにはカステラが入っているのだ。
「裕太君!」
自転車置き場ではにかみ笑いを浮かべて立っている裕太君に私は駆け寄った。
「紗季ちゃん、久しぶり」
「本当に。長かったぁ」
つい本音をこぼしてしまい、急に恥ずかしくなる。
「俺も……」
裕太君も顔を赤らめて俯き、自転車のハンドルをギュッと握った。
そんなことを言われたら、余計に恥ずかしい。
とても嬉しいけれど。
(その2へ続く)
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