苦痛の修学旅行 (高校二年生女子 @学校近くの公園 (その2))
私たちは互いの顔を見ることができずに並んで歩き出した。
そして五分ほどして小さな公園に入る。
ここのベンチで少しお喋りをするのが日課だ。
このルーティンが戻ってきたことに何とも言えない安心感がある。
修学旅行中に変な虫が裕太君にまとわりつかないかという心配もあったのだが、杞憂で済みそうだ。
「修学旅行どうだった?」
「どうもこうもないよ。八木がさ、夜中に部屋の中で……」
私たちはベンチで修学旅行がいかにつまらなかったかという愚痴をこぼし合った。
本当は楽しかったこともいっぱいあったはずだが、ここで語るほどのものは思い出せない。
ずっと離れ離れで寂しかったのに、それを上回る楽しさなんてあるはずがない。
「裕太君。何か買ってきてくれた?」
ちょっと、不安に思いながら口にしてみる。
もしかしたら、忘れているかも?
忙しくてそれどころではなかったかもしれないし。
私は、それでも良い。
無事に今日再会できたのだから。
「喜んでもらえるか、分からないけど、一応……」
裕太君はもじもじしている。
裕太君が私のことを想って、何かを選んでくれた。
私はそのことだけで、胸が詰まってしまうほどに嬉しい。
安物のキーホルダーでも、何なら河原の石でも良い。
先に私が見せた方が裕太君も出しやすいかな。
「私はこれ」
バッグからカステラの包みを取り出す。
「カステラ?」
四角く細長い箱から見ただけで分かる。
裕太君は少し戸惑い気味の顔で受け取った。
「俺って、カステラ好きそう?」
「好きそうって言うか……。長崎と言えば、これかなって」
お土産ってそういうことではないのだろうか。
人気ナンバーワンと書かれていたし。
「そっか。ありがとう。俺からは……」
裕太君は制服のズボンのポケットから紙製の四角い小袋を取り出した。「気に入ってもらえるか、分からないけれど」
「これって……」
私は胸をドキドキさせながら、袋を開いた。
私の記憶が確かであれば……。「っはぁっ!」
思わず声にならない声が出た。
中にあったのは、後ろ髪引かれる思いで諦めたあの露店のリングだった。
細身のシルエットに品があるし、中央にハートが小さくあしらわれているのが何とも可愛い。
大人過ぎず、子ども過ぎず、初めてのリングとして理想的だ。
あんなに欲しかったものが、私の手の中でキラキラ輝いているのが信じられない。
「似合うと思ったんだけど、どう……かな?」
「すっごく良い!すごく嬉しい」
私は思わず裕太君の腕を「嬉しい、嬉しい」と何度も叩いた。
「そ、そんなに?」
「うん!これ、すっごく欲しかったの。でも、自分で買うのも寂しいし、陽菜が彼氏と選んでいるの見せつけられて泣く泣く諦めたの。あの時、買わなくて良かったぁ」
「そっか。良かった」
裕太君は今日一番の緊張の解けた柔らかい表情を見せてくれた。
その笑顔に私の心の枷が壊される。
思いの丈をぶつけずにはいられない。
私はキョロキョロと辺りを見回して誰も見ていないことを確認し、裕太君の肩に抱きついた。
「裕太君、好き、好き。大好き」
私は力いっぱい裕太君を抱きしめた。
ずっとこうしていたい。
何なら、裕太君と溶けあって一つになりたい。
「俺もカステラ、まあ、好きだよ」
「っ!」
裕太君は私のことを想って、似合うものを選んでくれた。
男子が女子モノのリングを買うのは勇気が必要だっただろう。
しかも、きっと陽菜達のようなカップルがいっぱいいる中で、友達に冷やかされながら……。
それにひきかえ、私が買ってきたのはお土産売り場に山積みしてあったカステラだ。
互いにお土産を買ってくるというのは、こういうことだったのか。
私は家族に買うのと同じようなことを考えてしまっていた。
そこには恋人に対する特別感は一切なかった。「ごめんー。ごめんねぇ」
私は裕太君に抱きつきながら、泣き顔で見上げた。
本当には泣いていないが、泣きたい気分だ。
「じゃあ、お願いがあるんだけどさ」
「何?何でも言って」
私にできることなら、何でもする。
私の罪が許されるのなら、ここで犬になって「ワン」と鳴いても良い。
「えっとね……」
今度は裕太君がキョロキョロと周囲を確認した。
そして私の肩を軽く抱き寄せ、そっと顔を近づけてくる。
その頬がリンゴのように赤くなっていて、私は反射的に目を閉じた。
やがて、温かくて柔らかい味わったことのない感触がやってきた。
苦痛の先にはこの上ない幸せがあった。
リングがもらえて、さらにキスまでできるとは。
雲外蒼天とはこのことよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます