彼氏以外の人からの告白 (高校二年生女子 @放課後の教室 (その1))

「だよねー」


 貴島くんと談笑しながら廊下を歩く。


 貴島くんと二人で並んで歩いていると、目に映る世界がいつもの現実とは別物のように思えてくる。

 それは貴島くんが日本人とフランス人のハーフだからだろうか。

 彼は背が高く、色白で、目鼻立ちがはっきりしている。

 同級生に混じっていても彼だけが少し際立って、微かに光輝いているようにすら私には見える。

 私とほとんど身長の変わらない彼氏の陽太を見るときとは違う角度で隣を見上げるから、実際、視界に入る背景になじみがないのも影響しているのかもしれない。


 ちょっとだけ、胸がドキドキしている。


 貴島くんとは一か月前に二年六組で文化祭の出し物を何にするか決めたときから会話することが増えた。

 学校の七不思議を映像に収めて教室内に放映するという企画に決まり、貴島くんと私が必要な機材を調達する担当になったのだ。


 雑誌に載っていそうなイケメンの貴島くんには以前から白馬の王子的な憧れを持っていて、その彼と二人で話す機会が増えるだけでどうにもときめいてしまう自分に戸惑ってしまう。

 貴島くんは異国の雰囲気を持っているのに使う言葉が私たちと全く同じということだけで会話をしていても楽しくなってくる。

 彼から「うまい棒が安くて美味しい」だとか、「ポケモンが好き」だとか聞くと、彼のことをもっともっと知りたくなる感じがあった。


 そんな時、陽太のことを考えないわけではない。

 陽太との会話であえて貴島くんのことを話題にしないようにしていることに微かに罪の意識を感じる自分がいる。

 一方で貴島くんとの行動は全て文化祭の企画のためのものであって、何ら罪の意識を感じる必要はないと主張する別の自分もいる。

 結果として、客観的に言い訳が成り立つ範囲で貴島くんとの時間を楽しむことで後ろめたさを小さくして無視している。


 教室の前に来ると、重そうな持ち運び用のスクリーンを持っている貴島くんが扉を開けて、私を先に中に入るように促してくれる。


 私はお礼の気持ちで頭を下げて、教室に足を踏み入れた。


 西日が差して茜色の教室。

 背後で貴島くんが扉を閉める音が甘い痛みを伴って私の胸を締め付ける。


 私は抱えてきたプロジェクターを教卓に置き貴島くんを振り返った。


 貴島くんは床に置いた細長いケースから白いスクリーンを取り出している。


「そっち持ってくれる?」

「うん」


 私たちは二人で協力しながらスクリーンを黒板の前にセットし、少し離れた机の上に置いたプロジェクターから映像を投影して大きさや傾きを何度も調整した。


「こんなとこかな」

「うん。後は撮影班と編集班の出来次第だね」


 撮影も編集も苦労していると聞いている。

 校長先生のインタビューを先ほど撮り終えたと聞いたので、後はクラスメイトの家でやっている編集がいつ終わるかだ。

 明日の朝までにできていないと出し物にならない。

 編集に無知な私たちが参加しても作業が捗るわけではないが、これから私たちも顔だけ見せることにしている。


 プロジェクタ―の電源を落とすと、妙に教室が暗く感じた。

 空気が急にズンと両肩にのしかかってくるような感じがあった。

 さっきまで茜色に塗られていた窓の周辺がいつの間にか夜の入口のようなぼんやりとした紺色に染まっている。


「脇田さん」


 プロジェクターを置いた机を挟んで向かい合っている貴島くんの表情も暗くて良く見えない。


「ん?」

「俺。脇田さんに言っときたいこと……って言うか、お願いって言うか、あるんだけど……」


 普段冷静な貴島くんの手が鼻の頭に行ったり、髪に触れたり、首を掻いたり落ち着かない。


 その落ち着かなさが私まで慌てさせる。


「え?何?」


 そんなあらたまって、何なの?

 スカートを握り締める私の手がじっとり汗ばんでくるのが分かる。


「あのさ……。俺……」


 プロジェクターを置いた机の縁を回って貴島くんが近づいてくる。


 私は思わず半歩足を引いた。

 そして、貴島くんの表情の見えない顔に答えを求めるようにジッと見上げた。

 まるで校庭のポプラの根元に立って、そのてっぺんを仰ぎ見るような首の角度。

 大きい。

 貴島くんってこんなに大きいんだ。

 気付けば、足のつま先が触れ合いそうなぐらいの距離感。

 もし貴島くんが私に危害を及ぼそうとしているのなら、私はもう彼の手から逃げられない。


 喉元を圧迫するようなこの胸の高鳴りは何だろう。

 恐怖心?

 違う。

 彼の怯えたような声に私を害そうとしている様子は見られない。

 それどころか私を極めて手厚く尊重しようとしているように感じる。

 手厚い尊重。

 それは異性に対して好意を表明するような……。


 そう思い至って、私は黙ったまま私を見下ろす貴島くんにじれったくなってきた。

 彼が作り出したこの重苦しい空気の中身を知りたくなった。


「どうしたの?」

「脇田さん。俺……。知っては、いるよ」

「何を?」

「脇田さんが……、一組の人と、その……付き合ってるってこと」

「陽太のこと?」

「うん」

「それは……そうだよ」


 事実は事実だ。

 私は陽太と付き合っている。

 隠していることではないし、付き合いも一年以上になるから、同学年の中ではある程度認知されているだろう。

 知らない人の方が少ないかもしれない。

 それを貴島くんがあえて私と二人きりの今、ここで話題にすることの意味とは何か……。「それが……」


 暗くて良かった。

 頬の火照りを止められない。

 呼吸が浅く早くなっている。


「俺……」


 喉の奥からひねり出すような貴島くんのかすれた声。


「うん……」


 ああ。

 苦しい。


 今、私は告白されようとしているのではないか。

 男子から好意を打ち明けられるなんて、人生でそう何回もない素晴らしい出来事だ。

 それが今、突然起きようとしている。

 しかも相手は学年の中でもイケメンの評判の高い貴島くん。


 逃げ出したくなるぐらいの緊張感。

 でも、この場で全身で彼の告白を浴びたい気持ちも同じぐらい強い。

 足元がソワソワする。

 無性に体をよじりたくなる。

 それを我慢するためにスカートを握る拳に力が籠ってブルブル震える。


「俺、……脇田さんのことが好きだ」


 キターッ!

 本当に来た。



(その2へ続く)

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