彼氏以外の人からの告白 (高校二年生女子 @放課後の教室 (その2))
心の表面で気泡のように弾ける数々の感情。
嬉しい、という言葉では足りない。
幸せであることは間違いない。
叫びたいぐらいに自己肯定感がせり上がってくる。
何と光栄なことか。
多幸感と言うのだろうか。
胸の奥の何かがキュンキュン搾り上げられる。
光の少ない室内なのにスポットライトが降り注いでいるような眩しさに眩みそうだ。
こんなことがあるなんて。
私は生唾を飲み込んで、口を開き、酸素を求めた。
心臓が張り裂けそうなぐらいに強く打っていて、立っているのもしんどい。
が、ずっとこの時間を享受していたい気もする。
「貴島くん……私……」
どうしたら良い?
突然、スッと血の気が引くのを感じた。
私は突然岐路に立たされた。
選択肢は二つ。
貴島くんを振るか、受け入れて陽太と別れるか。
どちらにせよ私は貴島くんか陽太を悲しませることをしなくてはならなくなった。
まさか、陽太と付き合いながら、影で貴島くんと付き合うなんていう大それたこと、倫理的にも精神衛生的にも私にはできない。
だったら、どうする?
陽太と別れるなんてできない。
それが私の第一感だ。
時には喧嘩もするけれど、陽太とは仲良くやっている。
従って、今の今まで別れるなんていう選択肢を意識したことがなかった。
陽太のことは十分に好きだ。
付き合い始めの頃と比べればその温度は多少低くなってきているだろうが、その分、陽太との空気に体がなじんできていて、その築き上げた心地良さは何にも代えがたい。
彼の横にいることが収まり良く、自分の居場所として安心感があるのだ。
陽太の傍に自分がいられなくなると想像するだけで、切なすぎて身が切られる思いがする。
一方で、貴島くんのことを振るということに勿体なさを感じる。
陽太がいなければ、きっとこちらから頭を下げて付き合ってほしいと言うだろう。
すぐに彼に夢中になれると思うし、華やぐ毎日が待っていそうだ。
しかし、それは陽太を捨てる罪悪感と引き換えになる。
やっかみも相まって私の高校生活は大勢の人を敵に回す茨の道を歩む日々になるかもしれない。
「やっぱ、無理だよね」
貴島くんの体が揺らいだ。
その体格には不釣り合いな弱々しさが滲み出ている。
「ごめん……」
私は視線を斜め下の床に落とした。
「俺のこと、嫌ってるわけじゃないよね?」
貴島くんは小さく笑った。
小動物のように怯えた目の光。
「そんなわけないじゃん。今回、文化祭の担当が一緒になって、話せるようになれて嬉しいし、楽しいし、やっぱり良い人だなって思ってた。もともと貴島くんは女子の中で人気高いんだよ。こんな風に仲良くなれて、周りにもちょっと優越感って思ってたぐらいで」
私の言葉に誇張はない。
貴島くんには自信を持ってほしい。
「そっか……。でも、無理だったかぁ」
残念、と貴島くんはがっくり項垂れた。
正直、可愛いと思った。
できることならこの胸に彼の頭を抱いてヨシヨシとしてあげたい。
「元気出して、って私が言うことじゃないか。でも、元気出してほしい。貴島くんのこと好きな女子いっぱいいるよ」
私は貴島くんの左肘の辺りをポンポンと軽く叩いた。
その手を貴島くんの右手にガシッと捕まえられた。
「俺は脇田さんが良いんだよ」
カーッと全身が熱くなる。
そんな尊い言葉をいただけるなんて……。
「貴島くん……」
「脇田さん。お願いがあるんだ」
そう言えば、貴島くんは先ほども、お願いがある、と言っていた。
「何?」
「叶えてくれる?」
「え?何か怖い……。けど、私にできることなら」
安請け合いだろうか。
だけど、振ってしまったお詫びの気持ちもあって、叶えてあげられるのなら、そうしてあげたい。
「脇田さんとキスしたいんだ」
「え……」
キス?
そんな……。
全身の汗腺から汗が滲み出る。
「駄目?」
「え、ちょっと、そんな……」
喉がカラカラだ。
頭がポーッとしてリアクションが取れない。
「大好きな脇田さんとの思い出が欲しいんだ」
貴島くんは私の手を握る右手にさらにギュッと力を込めた。
その手から私への好意の強さが伝わってくるようだ。
「でも……」
陽太の顔が思い浮かぶ。
陽太が誰かとキスをしたら、私は怒る。
土下座されても、許せるかどうか。
だとしたら、私も貴島くんとはキスはできない。「できない」
「駄目?」
「……駄目」
「どうしても?」
「どうしても」
キスは受け入れられない。
申し訳ないけれど。
私の手を握る貴島くんの手から少し力が消えた。
私はそれを少し寂しく思った。
「じゃあ……」
「ん?」
「ほっぺにチューさせて」
「えぇ?」
私は思わず笑ってしまう。
「駄目?」
貴島くんの手に再び力が戻った。
「んー」
ほっぺにチューぐらい良いか。
私の唇が陽太以外の誰かに触れるわけではない。
「良い?」
「んー」
「お願い。お願いします」
「んー……うん」
「良いの?」
「……うん」
私の頬に触れた貴島くんの唇は想像以上に熱くて、その形が私の心にジュッと焼き付いた。
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