4.魔法がある世界で

「ただいまー」

「キャンッ!」

「おかえり、シュゼット、ブロン」

 火格子の前の安楽椅子に座る祖母のアンリエッタが、ゆっくりと立ち上がった。シュゼットは慌ててアンリエッタを座りなおさせた。

「おばあちゃんったら、無理しないで。今は足が悪いんだから」

「ふふふ、つい動きたくなっちゃうのよね」

「その分わたしが動くから、してほしいことがあるなら言って」

「それなら昨日までみたいに、おかえりのハグをしてくれる」

「喜んで!」

 シュゼットはアンリエッタをきちんと座らせてから、ギュウッとアンリエッタに抱き着いた。ブロンもクンクン甘えた声を出しながら、アンリエッタの足に絡みつく。

「ただいま、おばあちゃん」

「はい、おかえりなさい」

 ふたりは顔を見合わせてフフッと笑った。

「今日もお客さんは喜んでくれたの?」

「うん。ドニさん、頭痛がすごく良くなったって、喜んでた。それからバルバラも、半年かけて肌がきれいになって、意中のお相手とお付き合いすることになったって報告してくれたんだ」

「まあ、それはすごい! シュゼットの植物の才能は本当に素晴らしいわね」

「えへへ。ありがとう、おばあちゃん。ドニさんったらちょっと多く支払ってくれて、自家製のジャムまでくれたんだ」

「ありがたいわねえ。ドニさんのところのジャムはおいしいし、平民はこうして助け合っていかないとね」

「そうだね。あ、わたし、夕食作るね」

「頼むわ。わたしは香り袋を縫ってたところだから、もう少し進めちゃうわ」

「ありがとう、お願いしまーす」

 シュゼットは手提げカゴをテーブルの上に置くと、ダイニングルームと続き部屋のキッチンへ向かった。竈にマッチで火を熾し、コンロの上に水で満たしたヤカンと水を入れた鍋をのせる。お湯が沸騰する間に、手早く野菜を切り始めた。

「そういえばドニさんの家は、魔法動力のコンロを買ったんだって。すっごく高かったから、その分のお金を稼ぐのにがんばったら頭痛になっちゃったみたい。朝から晩まで働いてるって奥さんがぼやいてたから」

「まあまあ、それは大変だったわねえ。でも、便利なのはわかるけど、心配をかけるほど体調を崩したら本末転倒ね」

 アンリエッタの最もだが辛口な意見に、シュゼットは思わず笑ってしまった。



 魔法が存在するこの世界では、あらゆる仕事が魔法で行われている。コンロに火をつけるのも、パンを焼くのも、洗濯をするのも、病院の治療も、汽車の走行も。

 しかし魔法が動力となっている仕事は、とにかく値段が高い。そのため、その日暮らしのお金しか持たず、魔法が使えない平民は、マッチで火をつけて料理をし、冷たい水で洗濯をし、小麦粉を練ってパンを作り、馬車や徒歩で移動したりしている。

 そして病気になった時は、栄養のあるものを食べて寝ているか、民間療法を施すしかない。薬草を煎じて作った薬を飲んだり、独学の怪しい魔術の治療を受けたり。民間療法にも様々な種類があり、効果は一長一短だ。

 シュゼットはというと、自分の神のお告げつまりは前世のアロマの知識を生かし、平民向けの民間療法を仕事にしている。

 今日は役場仕事で頭痛に悩まされているドニのもとを訪ねた。カモミールとラベンダー、それからイランイランのアロマオイルでトリートメントを、一か月間三日おきに施したところ、かなり頭痛が良くなった。肩も軽くなったと笑顔を見せるドニを見ると、シュゼットも嬉しい気持ちになった。

 やっぱり、これは神から与えられた使命だ!

 そう思わずにはいられなかった、本当は前世の記憶が今と呼応しているのだが。



「明日はマリエルのところだったかしら?」

「うん。お子さんの寝つきが悪いから、改善する方法を教えに行くんだ」

「初めての子どもだからわからないことだらけでしょうね。わたしも古い知識だけど、少しは役に立てると思うから、いつでも相談に来てって言っておいてちょうだい」

「ありがとう、マリエル、きっと喜ぶよ。あ、そういえば、今日帰りが遅くなってごめんね。心配したでしょう」

「少しね。でもシュゼットのことだから、また誰かに親切をしてるんだろうなと思ってたわ」

 シュゼットは「実はね……」と切り出し、眠っている間に倒れてしまった青年の話をした。

「地面で寝ちゃうなんて、よっぽど疲れてるのね」

「おばあちゃんもそう思うでしょう。あんまり心配だから、余ってたラベンダーの香り袋をあげたんだ。あれで少しは良く寝れると良いんだけど」

 シュゼットは鍋の中に残っていたハーブ入りのポトフを、ふたりの皿に同じ量だけ取り分けた。

「きっと大丈夫よ。香り袋にはシュゼットの愛情も入ってるもの」

「だと良いなあ」

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