3.眠る青年と香り袋

「どうしたの、ブロン? お腹減った?」

 すると、ブロンはハッとして、またキャンキャン吠えだした。そして、屈みこんだシュゼットの袖口をグイグイ引っ張りだした。

「ひょっとしてまた何か感じたの?」

 ブロンはコクコクとうなずきながら、なおも強く手を引っ張る。

「それなら案内して」

 シュゼットはブロンの高さに合わせて体を屈めたまま歩き出した。

 すぐにブロンがどうしてこんなにも慌てていたのかがわかった、青年が倒れているのだ。

「大変! 大丈夫ですか?」

 肩を掴んで体を揺するが反応がない。辺りにはカバンの中身が散らばっている。よほどの勢いで倒れたのだろうか。

「頭を打ってるかもしれないから、ダミアン先生のところに運んだ方が良いかな」

 そう言い終わる前に、倒れていた青年がガバッとものすごい勢いで起き上がった。

「……寝てた!」

 男性は最初に左を見て、次にシュゼットのいる右を見た。そして、驚いてポカンとしているシュゼットと目が合うと、「うわっ!」と飛び上がった。

「よかった、意識があって」

「……どうも」

 青年は目をそらし、決まり悪そうに言った。

 ブロンはシュゼットの足元から離れ、フンフン鼻を鳴らしながら青年に近づいた。それに気が付くと、青年は丸めた手を差し出して、ブロンに匂いを嗅がせた。ブロンはしばらく手を堪能すると、今度は青年の周りをゆっくりと歩き回り始めた。

「どこか痛いところはない?」とシュゼット。

「……大丈夫だ。ちょっと寝不足で」

 青年は少し青みがかったアッシュブラックの髪をバサバサと手で掻いた。

「えっ。じゃあ、ここで寝てたってこと?」

「……座って休憩してたら、いつの間にか」

 青年はますます気まずそうな顔で答えた。どうやらこんなところで寝ていたのを、人に見られたのが恥ずかしいらしい。つまり寝ていたというのは本当のようだ。

「それじゃあ、病院は行かなくて大丈夫ってこと?」

「ああ」

 しかしブロンが見つけたということは、シュゼットの力が必要だということ。シュゼットは「そうだっ」と言って、買い物の包みとは別の手提げカゴを漁った。

「よかったら、どうぞ」

 シュゼットはカゴの中から小さな布袋を取り出した。

「なんだ、これ」

「ラベンダーの香り袋。ラベンダーの香りには安眠効果があるんだ。寝不足だって言ってたし、目の下のクマもひどいから、この香り袋を枕元に置いて寝てみて。きっとゆっくり眠れるよ」

 シュゼットはニッと得意げに笑って立ち上がった。青年の周りを歩き回っていたブロンは、ハッとしてシュゼットの方に戻ってきた。

「それじゃあ、ゆっくり休んでね」

 ――あまり長くかかわらない方が負担にならないだろうな。

 そう思い、青年の返事を待たずに、シュゼットはブロンを連れて歩き出した。

 先を急いでいたのも事実だ。本当に家に帰るのが遅くなってしまう。


 村を出ると、辺りはパッと開ける。野草の大地がずっと先まで続く北に、色とりどりの花が咲き乱れる丘がある。その丘の上にある家に向けて、シュゼットは緩やかな坂道を登っていった。眼下に広がるクリーム色のレンガ道も、漆喰塗りの家々も、茅葺き屋根も、足元を歩くブロンの白いフワフワした毛すらも、西日で真っ赤な夕日色に染まっていた。

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