結婚なんて許すまじ⑤

「勇者様! どうなされたのですか!」

「ちょっと失礼! 急いでるんだ!」


 衛兵を無理やり突破して、俺たちは教会に向かった。

 胸騒ぎがした。

 一歩でも遅れたら、もう救えないと思った。

 だから躊躇なんてなかった。

 扉を開けて叫び、キス寸前の二人を邪魔する。


「お楽しみのところ悪いけど、一旦やめてもらえるか?」

「勇者殿……」

「こ、これは、厳粛な場だぞ!」


 国王らしき人物が怒りをあらわにする。

 普段なら謝罪するが、今は興奮している影響で気にしない。

 俺は指をさす。


「おいお前! うちの姫様は返してもらう!」

「……勝手なことを言いますね。私たちは結婚するんです」

「いいのか? こっちはもうわかってるんだぞ? お前の秘密がなぁ!」

「――!」


 俺の声が教会に響く。

 反響した声が消えると同時に、彼は笑い出した。


「くくっ、ふ、ははははははは!」

「カイゼル?」

「どうしたの?」

「カイゼル王子……?」


 心配する父と母、困惑するエリカ。

 彼女たちを無視して、カイゼルは不敵な笑みを見せる。


「さすがは勇者。気がついていたんだね? 私の正体が――魔王の伝達体であることに」

「……」


 え?

 魔王……?


「魔王……?」

「カイゼル? 何を言っているのだ?」

「すみませんが、話の邪魔です」


 カイゼル王子は両親の額に指をトンとあて、二人の意識を刈り取った。

 一瞬だが魔力を感じた。

 人間のものとは明らかに性質の異なる魔力は、感じた者を震えさせる。


「あとちょっとで、勇者パーティーを内側から崩壊させられたのに、上手くいかないね」


 おい、おいおいおい冗談だろ?

 こいつが魔王? 

 伝達体って何?

 てっきり魔王軍の誰かが操ってるとか、裏で関わってる程度だと思ってたのに。

 それでドヤってたのに予想の斜め上の奴がきたよ!


「すごいねソウジ君! あいつが魔王だってわかってたんだ!」

「さすがです。勇者様」

「ま、まぁな」


 冷や汗が止まらない。

 

「こうなっては仕方ない。力技で解決しよう」


 パチンと指をならす。

 控えていた騎士たちの白い鎧が、黒く変化した。

 そのまま俺たちに襲い掛かってくる。


「この人たちも操られてるの!?」

「そのようです。勇者様は魔王とエリカ様を」

「ここは僕たちが食い止めるよ!」

「頼んだ!」


 俺は騎士たちを二人に任せ、カイゼルなのか魔王なのかわからん男の前に立つ。

 

「エリカ! 早くこっちに!」

「無駄だよ」

「――っ!」

「エリカ!」


 彼女がはめていた指輪から黒い光のロープが伸び、彼女を拘束して動けなくした。

 絵面的にはロープでつるされているみたいになっている。

 ロープは身体にくいこんで苦しそうだ。


「この指輪は嵌めた相手の意思を一部だけ支配できる。あたかも自分の意志のように錯覚させ、操ることができるんだ。儀式が終われば完全に支配下にできるはずだったんだけど」

「お前、その力でエリカを」

「そのつもりだったけど、バレたなら無理やり支配しよう」

「くっ……」

「中々に強情な魂だ。でも、五分もあれば精神を破壊して、空っぽにできるよ」


 苦しそうな声をあげるエリカ。

 彼女は俺に視線を向け、縋るようにもらす。


「ソウジ……助けて……」

「――ああ!」


 気がつけば俺は、妖刀を抜いていた。

 勢いよくカイゼルに切りかかるが、彼はどこからか漆黒の剣を生み出し、俺の刃を受けている。


「その剣が聖剣?」

「うちの姫様は返してもらう!」

「できるのかな?」


 鍔迫り合いから剣を弾き、距離を取る。

 こいつが魔王の何なのかハッキリしないが、五分以内に倒さないとエリカがやばい。


「小次郎」

「先に言っておくでござる。この男は強い……五分で倒すのは無理でござるよ」


 小次郎の侍としての経験が、危険信号を発している。

 わずか数秒の対峙で、彼はカイゼルの強さを見抜いていた。

 考えはわかるし、伝わってくる。

 それでも――


「関係ない!」


 小次郎の忠告を無視して、俺は刃をカイゼルに向ける。

 自分でも驚いている。

 こんなにも感情が高ぶったのは初めてだ。


「助けてって言われたんだ。絶対に助けるぞ」

「――御意。ならば――」

「――!」


 神速の剣撃。

 カイゼルは反応が遅れ、頬から血が流れる。


「……へぇ」

「不可能を可能にする算段は、お主に任せるでござるよ」

「ああ!」

「動きが代わったね。面白いよ」


 小次郎の剣技にカイゼルは翻弄される。

 防戦が続き、小次郎はさらに攻める。


「真・巌流――『燕返し』」


 回避不可能の斬撃、燕すら落とす速度の攻撃が襲う。

 小次郎の攻撃を上手くいなしていたカイゼルだったが、燕返しは避けられない。

 一撃目は左腕、二撃目は胸、三撃目は首を刎ねた。

 はずだった。


「――!」

「おしいな。私でなければ買っていたよ」


 肉体を霧状に変化させて斬撃を無効化した!?

 そんなことできるのか。

 小次郎はすかさず追撃するが、すべて霧化して回避されてしまう。

 防御する必要がなくなったカイゼルは、捨て身に剣を振るう。

 直感でわかる。

 あの剣に触れてはならない。

 カイゼルの黒剣は、触れたものをえぐり取るように消滅させている。


「この剣は闇そのものだよ。触れたら呑み込まれる」

「そのようでござるな。だが、拙者の刀ならば受けられよう」


 妖刀だけは無事だ。

 原理はわからないが、斬り合いは成立する。

 しかし……。


「このままでは時間が過ぎるばかりでござる」

「わかってる!」


 何かないか?

 霧を斬るなんてことはできない。

 攻略法……俺の手札で、あれをどうにかする方法はないか?

 加えてあいつの剣は触れたら呑み込まれる。


「呑み込まれる……そうか」

「――! いい案でござるな!」


 こういう時、言葉での意思疎通が必要なくて便利だ。

 俺の考えが伝わった小次郎は刀を鞘に戻し、居合の構えをとる。


「いくでござるよ。秘儀――」

 

 思えば最初に、この技を使ったのは小次郎ではなく俺だった。

 あの時点で俺は、小次郎の剣技をトレースしていた。

 極められた剣技が斬り裂くのは、目に見えるものだけにあらず。 


「『空裂き』」 

「――空間を斬った!?」


 斬った空間には穴が空き、周囲のものを吸い込む反応が生まれる。

 霧は質量が軽い。

 霧状態じゃ、踏ん張れない。

 

「今だ小次郎!」

「任せるでござるよ!」


 カイゼルが霧化を解除した一瞬を見抜き、小次郎が前へ出る。

 居合の構えをとるが、次に斬るのは空間ではない。


「真・巌流――『枝垂れ三斬』」


 居合による三連撃。

 いつ抜いたのかも見えぬほどの剣技を体感して、心が躍動する。

 懐かしき中二心がくすぐられた。

 やっぱり剣技は、格好いいな!


「ぐはっ……まさか……私を斬るか……」

「ふぅ……」


 小次郎は刀を鞘に戻し、それと同時に意識が交代する。

 身体が重い。

 憑依の反動が一気にきた。

 だが、まだ倒れるわけにはいかない。


「これで終わりだ!」


 俺は最後の力で刀を抜いて、エリカを縛っているロープを斬った。

 解放されたエリカが倒れそうになる。

 俺はエリカを支えた。


「ソウジ……」

「まったく、勝手な姫様だな」

「……汗臭いわ」

「お前……」


 いつものエリカらしくてホッとする。

 俺も大概、毒されているな。


「驚いたなー。伝達体とはいえ、私を越えるとは」

「――!」


 傷が修復している。

 冗談だろ。

 もう五分使い切ったぞ。

 立っているのもやっとなのに……。


「安心するといい。この身体はすでに限界、ここまでだ」

「……」

「勇者よ。名をなんという?」

「……宮本総司」

「覚えたぞ。貴様とはいずれまた、剣を合わせることになるだろう。楽しみにしているぞ? 資格なき者が、どこまでやれるか」


 この男……気づいている。

 俺が本物の勇者ではないことに。


「姫よ。お前のことは個人的に気に入っている。私は強い女が好みでな? 次に会う時は、今度こそその身を貰おう」

「……魔王に口説かれるなんて光栄ね」

「そう思うなら今すぐにでも、こちらに来ても構わぬが?」

「お断りよ。ふざけないで。私の運命の相手は……あなたじゃないわ」


 ハッキリと拒絶するエリカを見て、少しだけ気持ちがスッとした。

 それでこそ、エリカだ。


「ますますいい。私のものにし甲斐がある」

「うちの姫様はやらないぞ」

「ならば守ってみせよ。せいぜい……あがけ……」


 カイゼルが倒れ込む。

 彼から感じていたどす黒い気配も消失し、アルカたちが戦っている騎士たちの洗脳も解除された。

 次々に騎士が倒れてく。


「はぁ……終わった」

「もっと早く助けてほしかったわ。痛かったのよ」

「お前なぁ……」

「……冗談よ。ありがとう」


 力が抜けた俺を、今度はエリカが支えてくれた。

 そのまま安心して、静かに眠りに落ちる。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


第八章はこれにて完結となります!

次章をお楽しみに!


できれば評価も頂けると嬉しいです!!

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