結婚なんて許すまじ④

 苛立ちながらベッドに倒れ込む。

 その様子を、アルカとセミレナが心配そうに見つめていた。


「ソウジ君、姫様のこと……」

「よろしいのですか? このままで」

「いいも何も、あいつが勝手に決めたことだろ。そういう女だったんだよ。あいつは最初から!」


 理想の相手が見つかったからもう旅はしない?

 自分勝手すぎるだろ!

 そんな奴だったのかよ。

 がっかりだぜ。

 

 と、心の中で悪態をつく。

 一方で……。


「本当によいのでござるか?」

「……」


 何がだよ。


「拙者とお主は繋がっている。言葉にしなくとも、わかるでござるよ」

「……」


 本当に、迷惑な身体だ。

 鏡に映った自分の心を、強制的に晒されている気分になる。


「僕は、連れもどしたほうがいいと思うよ」

「アルカ……」

「一緒に旅した仲間だもん。こんな形でお別れなんてしたくない! 結婚だって、幸せになってほしいからちゃんとお祝いしたいよ!」


 アルカらしい意見だと思った。

 続けてセミレナが俺に言う。


「私は、勇者様のご遺志に従います」


 彼女ならそう言うだろう。

 俺を主と崇めるようになった今の彼女ならば。


「ただ、エリカ様のお力なくして、魔王討伐は難しいとも思っております」

「魔法使いがいなくなるのは困るよな」

「はい」

「そうだな」


 彼女は優秀な魔法使いだった。

 エトワール王国に、彼女以上の魔法使いはいない。

 だからこそ、彼女は選ばれた。

 大きな戦力の損失だ。

 

 ピンとくる。

 これまでの経験を元に考えると、この展開はもしや――


「そういうことか?」


 だとしたらエリカが危険だ。

 裏を取っている時間もないだろう。

 あくまで勇者として、世界平和のためだ。

 決して個人的な気持ちで動くわけじゃない!


「素直じゃないでござるな」

 

 うるさいな!

 大事なことなんだよ。


「仕方ないな。まったく」


 俺は勇者だからな。

 偽者だとバレないためにも、勇者らしく振舞おうじゃないか。


  ◇◇◇


 スエール王国の王城には、教会がある。

 式典などで使われる場所であり、王族の婚姻などでも使用される。


「驚いたぞ。いつの間に婚約者を見つけていたんだい?」

「つい最近です。彼女と運命的な出会いをしましたから」

「あらまぁ素敵だわ。エリカ様も、お綺麗です」

「ありがとうございます」


 私はウエディングドレスを着て、式場に来ていた。

 婚約の話からさらに進み、結婚することなったのだ。

 急ぎだったから式場に集まったのは王族と一部の貴族、そして警備の騎士たちだけ。

 簡易的な式だけ行い、後で国民に報告する。


「嬉しいよ、エリカ。こんな日がくるなんて」

「私もです」


 運命の相手と出会い、結ばれる。

 私が望んだ結末。

 

 ……本当に?


 何かがおかしい。

 ずっと思っていた。

 何がおかしいのか、思考を巡らせる。


 そうだ。

 私はあの時、断ったはずだ。


  ◆◆◆


「エリカ姫、この出会いは運命だと思っています」

「そうですね」


 私はカイゼル王子と一緒に、王城で数日を過ごした。

 快適だった。

 エトワールの王城での暮らしを思い出す。

 ほしいものは手に入る。

 自分で何もしなくていい。

 私はずっと、カイゼル王子と楽しくお話をしていた。


 ああ、退屈だ。


 ふと思ってしまった。

 望んだ日常のはずなのに、ひどく退屈だ。

 魔王討伐のために旅に出て、この一か月が色濃かった影響だろうか。

 何も起こらない時間が退屈でたまらない。

 それだけ?

 少し……息がつまりそうだった。

 

「突然こんなこと言うと驚かれるかもしれないが、もう気持ちを抑えられない。私と婚約してくれないか?」

「え……」

「ぜひ一緒にいたいんだ。君と」

「カイゼル王子」


 告白され、手を握られた。

 彼は優雅に、流れるように指輪を私の指にはめる。

 ちょっぴり強引だ。


「これは……」

「婚約の印にどうだろう?」

「私は……」


 まだ婚約するとは言っていない。

 けど、隣国の王子で性格も、容姿もいい。

 王子が相手なら、頑固なお父様も認めてくださるだろう。

 ただ、今の私は旅の途中だ。

 ここは一度キープしておこう。


「ありがとうございます。旅が終わったら、正式にお話をさせてください」

「いいや、危険な旅を続けなくていいんだ。魔王は勇者たちに任せよう」


 それはさすがに無理だ。


「わかりました。そうですね」


 あれ?

 どうして、私は認めてしまったの?


「ありがとう。気が早いけど、父と母に報告しよう」

「お願いします」


 違う。

 私は認めていない。

 ここに残る選択なんて……どうしてしてしまったの?


  ◆◆◆


 徐々に思い出す。

 私は旅をやめるつもりなんてなかった。

 ソウジたちが迎えに来てくれた時も、戻るつもりでいた。

 それなのに、言葉と行動は考えたものとは違っていた。

 私は拒絶してしまったんだ。

 心配して、様子を見に来てくれた彼らを。


 謝らなくちゃ。


「それじゃ、式を始めよう」

「はい」


 違う。

 婚約も、結婚もする気はない。

 何かがおかしい。

 頭ではわかっているのに、言葉にもならない。


「やっとだ。これで君は私のもの」

「――!」


 カイゼル王子の笑みを見てゾッとする。

 ようやく理解する。

 私はまんまと嵌められてしまったのだと。

 この指輪だ。

 これをはめられてから、私の行動はおかしくなった。

 外したい。

 でも、自分の力じゃ外れない。


「誓いのキスをしよう」

「はい」


 嫌だ。

 初めてのキスは運命の相手と決めているのに。

 彼は違った。

 こんな形で、初めてを経験したくない。

 それだけじゃない。

 本能で察する。

 この唇に触れてしまったら、何もかもが終わってしまうと。


 誰か助けて。

 お願い。


 誰か――


「ちょっと待ったああああああああああああああああ!」


 教会の扉が開く。

 私は涙を浮かべながら、その声に振り向いた。


「勝手に結婚されたら困るんだよ!」

「ソウジ――」

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