結婚なんて許すまじ②

 運命の相手を探している。

 ずっと……小さい頃からの憧れだった。


「エリカよ。王族として相応しいふるまいを心掛けなさい。常に見られていることを意識するのだ」

「はい! お父様」


 幼い頃からそう教育され、王族として生きてきた。

 それが当たり前だった。

 けれど、いつからだっただろう?

 王族として生きることが、窮屈に感じるようになってしまったのは……。


「……」


 道行く人々を見守る。

 彼らは私のように大きな力は持っていない。

 けれど、自由がある。

 私にとって喉から手が出るほど欲しい自由を、彼らは当たり前のように所持している。


「……ずるいわね」


 そう思ってしまうことがあった。

 王族としてよくないと自覚しているけど……。

 私は夢見てしまう。

 立場も使命も関係なく、純粋にこの人と一緒にいたい。

 心から気を許せるような人と出会いたい。


 ――ふと、ある男の顔が浮かんだ。


「ありえないわね」


 すぐに否定した。

 確かに、条件の一部は当てはまるかもしれない。

 けれど運命の相手には不釣り合いだ。

 私は運命を自分の手でつかむために、勇者パーティーに参加すると決意した。


「……あれ」


 気がつけば私は、賑わっている大きな道を外れ、人気の少ない路地にきていた。

 小さい頃だけど、一度は来たことがある場所だ。

 迷うことなんてないと思っていたけど……。


「迷ったわね」


 当然か。

 普段から出歩いているわけでもないし、以前訪れたのはずっと昔だ。

 記憶も曖昧で、あの頃とは街も少しずつ変わっている。

 迷ってしまったことは情けないけど、私には魔法があるから心配はいらない。

 いざとなったら転移で戻ろう。


「お譲ちゃーん、こんなところで一人は危ないよー?」

「――!」


 絵にかいたような悪い人たちがやってきた。

 一人、二人……三人で前後を囲む。

 狭い路地だから交わして通り抜けるのは難しい。


「退いてもらえませんか?」

「ええー、せっかくいい女を見つけたのに、どっかでお茶していかない?」

「なんならもっと楽しいことしようぜー」

「……はぁ……」


 運命からは程遠い相手にガッカリする。

 こういう男は、どの国にも一定数いるのだろう。

 彼らと仲良くするくらいなら、さっき思い浮かべた男のほうがましだ。


「退きなさい。三度目はないわ」

「おうおう、強気じゃねーか! そういう女は嫌いじゃないぜ?」

「泣くまでイジメてやろうか」

「……」


 男の一人が手を伸ばす。

 触れた瞬間、凍らせてやろうと身構えていた。


「やめないか!」

「――!」


 手が触れる前に、さわやかな男の声によって彼らは止まる。

 私の視線の先に青い髪の青年が立っていた。


「なんだてめぇ? いい所なんだから邪魔は……」


 ナンパ男の顔が青ざめる。

 彼だけじゃない。

 他の男たちも、声をかけた男の顔を見てぞっとしていた。

 彼の容姿に見覚えがある。


「女性に乱暴するのはよくないな」

「ら、乱暴なんてしてないっす! ちょっと挨拶していただけなんで! それじゃ!」

「あ、ちょっ、待ってくれよ!」

「ひぃ! なんでこんなところにいるんだよ!」


 男たちは三人まとめて、尻尾を巻いて逃げ出した。

 なんとも情けない男たちだ。

 本気で落とす気があるなら、どんな状況でも自分を貫くべきだろう。

 呆れてため息がこぼれる。

 

「大丈夫だったかな?」

「はい。お陰で助かました」

「ははっ、助けたのは君じゃなくて、彼らのほうだったかもしれないね」

「そうかもしれませんね」


 彼は優しく微笑みながら、私の前まで歩み寄ってきた。

 もしやと思ったけど、間違いない。

 ナンパ男たちが逃げ出した理由にも納得した。


「お久しぶりですね。カイゼル王子」

「覚えていてくれたんだね! 嬉しいよ、エリカ姫」


 カイゼル・スエール。

 スエール王国の第一王子にして、次期国王候補の筆頭。

 何度かパーティなどで顔を合わせている程度だけど、青髪は印象的でよく覚えている。


「こんな場所で王子が何をされているのですか?」

「ただの散歩だよ。偶にみんなの暮らしを直に見るために、お忍びで散策しているんだ」

「王子自らですか?」

「うん。直接みないとわからないこともあるし、思わぬ発見もあるからね。今、この再会もその一つだと思っているよ」


 私も感じていた。

 示し合わせたわけじゃない。

 私たちは偶然、この場所で出会った。

 まるで――


「運命の出会い、みたいだね」

「――そうですね」


 奇しくも同じことを考えていたらしい。

 そう、運命だ。

 私がナンパ男たちに絡まれている所を、偶然通りかかった人が助ける。

 その人物は隣国の王子様だった。

 まるで本の中の物語を読んでいるような気分になる。


「エリカ姫はどうしてここに?」

「魔王討伐の旅の途中です」

「そういうことか。じゃあ本当に偶然なんだね」

「はい」


 運命だと、一度思ってから意識してしまう。

 今まで深く考えることはなかった。

 パーティーで顔を合わせ、少し挨拶する程度の関係でしかなかった。

 それなのに……。


「もしよければ、今から王城に来ないかい? せっかく出会えたんだ。お茶でもどうかな?」

「はい。もちろん、私もそうしたいと思っていました」

「気が合うね」

「そうですね」


 間違いない。

 ビビーンときた!

 彼こそが私の、運命の相手なのだと。

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