結婚なんて許すまじ①

 勇者(偽者)として旅に出た俺たちは、魔王軍幹部二体を撃退。

 さらに影で魔王軍と通じていた悪徳領主を成敗したり、その過程でパーティーメンバーの重めな秘密をしったり。

 本当にいろいろなことが起こった。

 たった一か月の出来事だ。

 修業期間がいかに平和で、穏やかな時間だったのか思い知らされた。


 そんな紆余曲折しかない俺たちの旅路も、ついに新たなステージにたどり着く。


「ここから先はスエール王国だよ!」


 馬車を操縦するアルカが、街道の端にある看板を指さしてそう言った。

 そう、俺たちは国境にいる。

 エトワール王国の北西に位置する小国、スエール。

 俺たちを乗せた馬車は国境を越えた。

 小さくなっていく看板を見ながら、ぼそりと呟く。


「国境越えに手続きとかいらないんだな」

「スエール王国は、我が国の同盟国の一つですから。国境越えに手続きはいりません」


 と、王国代表の姫様がお答えになった。

 勇者を有する世界最大国家であるエトワール王国は、人類側にあるほぼすべての国と同盟関係を結んでいる。

 魔王を倒し、人類文明を継続させるためには、全人類の協力が不可欠だと。

 各国のトップたちも同じ考えだった。

 実際は、世界最大の国力を持つエトワール王国を敵にしたくない、というだけらしい。

 エリカの授業で、彼女がそうぼやいていた。


 俺たちを乗せた馬車は街道を進む。

 しばらくすると、外周を大きく深い堀で囲まれた大都市に到着した。


「ここがスエール王国の王都よ」

「国境越えてすぐなのか」


 エリカがじとっと俺を見つめる。

 授業で教えたでしょう?

 忘れちゃったのかしら?

 という声が聞こえてくるようだ。

 俺は弁明するように言う。


「こんな場所に王都なんてあったら、戦いになった時に不利だなと思ったんだよ。攻め込まれたら即刻落とされるだろ」

「だからこそ同盟国なのよ」


 国の王都は本来、国土の中心など近隣諸国との国境から離すのが普通だ。

 仮に戦争になった場合、王都がまっさきに狙われる。

 重要な拠点や国王がいるのが王都だ。

 ただしメリットもある。

 同盟国であるエトワール王国側に首都があれば、魔王軍が攻めこんできた際に、速やかに援軍を要請することができる。

 彼らの意図はそこにあるのだろう。

 魔王軍が共通の敵であり、自分たちはエトワール王国の味方であるという意思表示。

 無抵抗で自身を差し出しているようなものだ。


「一長一短だな」

「そうね。でも現在、エトワール王国は世界で二番目に安全な国と呼ばれているわ」

「なるほどね」


 虎の威を借るなんとやらか。

 思惑はしっかり成功しているわけだ。

 実際、かなり賑わっている。

 俺たちは王都に馬車を入れ、預り所に馬車を預けて宿を探すことにした。

 すると唐突に、エリカが俺に囁く。


「宿探しは任せていいかしら?」

「ん? 何で? エリカはどうするんだよ」

「私はちょっと……散歩でもするわ」

「散歩!?」


 思わず大きな声で反応してしまう。

 イラっとした顔をするエリカだが、周りの賑わいでアルカたちには聞こえていないようだった。


「いいでしょ? せっかく他国の都にきたのよ」

「それならみんなで回ればいいだろ。なんで自分だけ」

「一人じゃないと男が寄ってこないじゃない」

「お前……まさか……」

「知ってるかしら? スエール王国は美男美女が多いことで有名なのよ?」


 エリカはニヤリと笑みを浮かべる。

 呆れた奴だ。

 何を考えているのかと思ったら、運命の相手探しをしたいだけだったとは……。


「お前なぁ……一応俺たち、魔王を倒す旅路の途中だぞ?」

「知っているわよ。あなたこそ忘れたの? この旅は私の運命の相手を探す目的もあるわ」

「今じゃなくてもいいだろ。例えば帰りにまた寄るとかさ」

「馬鹿ね。出会いっていうのはその時の運なの。次の機会じゃ出会えない運命もあるのよ」


 それって運命とは呼ばないんじゃ……。

 と、ツッコミたくなったが面倒なので飲み込んだ。


「そういうことだから。あとで合流しましょう」

「あ、おい!」

「魔法で便りを送るわ」


 そう言って一人、エリカは人混みの中に消えてしまった。

 アルカとセミレナが気づく。


「あれ? 姫様は?」

「はぐれてしまったのでしょうか」

「いや、一人で行動したいんだと」

「え? なんで?」

「さぁな。あとで合流するらしいから、俺たちは宿を探そう」

「勇者様ならそうおっしゃるなら」


 二人とも疑問を浮かべているが、まさか男探しのためなんて言えないよな。

 俺は小さくため息をこぼす。

 

 自由過ぎるだろ。


「エリカ殿は今まで束縛されていたようでござるからな。自由に歩き回れるのが嬉しいのでござろう」

「自由過ぎるのもよくないと思うけどな」

「そこは折り合いでござるよ。今は緊急時でもござらん」

「ま、そうか」


 エリカは王族だ。

 隣国とは関りもあるだろうし、あの感じは来たことがあるな。

 迷ってしまう心配もない。

 元からそんな心配はしていないけど。


「俺たちは宿を探そう」

「うん!」

「あのあたりに宿があるようですよ。勇者様」


 三人で商店街の中へと進んでいく。

 エトワール王国ほどじゃないが、かなり大きな商業エリアだ。

 賑わいもすごい。

 道行く人の話し声で、会話も大きく声を出さないと聞こえない。


「僕、お隣の国って初めてだけどすごいね! みんな楽しそう!」

「そうだな」

「安心されているのでしょう。よいことです」

「現在進行形で魔王軍の侵攻が続いているとは思えないな」


 少なくとも、この国の人たちに不安や不満は感じられない。

 魔王のことなんてお伽噺で、誰も信じていないのではないか、とすら思えるほど。

 拍子抜けするくらい平和だった。

 俺は宿屋を探しながら、周囲を歩く人たちのことも観察する。

 エリカの言葉を思い出す。


「美男美女……」


 確かに多い、気がする。

 通り過ぎる人たちの中に、綺麗なお姉さんや可愛い女の子の姿が目立った。

 スエールは立地的に山に近く、エトワール王国より平均気温が低い。

 その関係もあって服装にラフさはないが、逆にそれがいい味をだしている。

 昔は露出が多い方がエロいと思っていたが、案外着ているのも中々……。


「むぅー」

「え? 何? アルカ?」

「女の子ばっかり見てる!」

「ぐっ」


 バレてしまっていた。


「ソウジ君! 鼻の下伸ばしてるよ!」

「の、伸ばしてないから」

「うふふっ、勇者様ったら」

「ひっ」


 セミレナの笑顔がとても怖い。

 右腕にアルカが抱き着き、左側にはニコニコしたセミレナが肩の触れ合う距離を歩く。

 端から見れば両手に花?

 羨ましい光景かもしれないが、右には棘があって、左には毒がある気分だ。

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