私が神様です(聖女視点)②
とぼとぼと自分の部屋へ向かう。
ガチャリと開けた。
「お待ちしておりました。勇者様」
「……」
扉を閉めた。
「おかしいな。部屋、間違えたか?」
「ここで合っているはずでござるよ」
「だよな?」
気を取り直してもう一度、部屋の扉を開けた。
改めて見ると、誰もいない。
やっぱり気のせいだったようだ。
扉を閉めて、ベッドに座る。
「ふぅ」
「お疲れです。肩をお揉みいたしましょう」
「ありがとう。あー気持ちい……ってちがーう!」
俺はすぐにベッドから立ち上がり、盛大にノリツッコミをした。
驚くセミレナはキョトンと首を傾げる。
「揉み方がよくありませんでしたか?」
「そうじゃない!」
問題はそこじゃないだろ!
ここは俺の部屋だ。
なんで……。
「なんでセミレナがいるんだよ」
「勇者様が戻られるのをお待ちしておりました」
「そうじゃなくてだな」
どうして俺より先に、俺の部屋にいるのか聞きたかったのだが。
元々借りている宿だ。
部屋には鍵もかからないし、入ることは誰でもできる。
この際、先に部屋に入っていたことは納得しよう。
問題は理由だ。
「……何か用か? セミレナも眠れないとか?」
「いいえ」
「じゃあ何だ?」
「お話を、させていただけないかと」
「話?」
「はい」
彼女はうっとりした表情で、自分の胸に手を当てて言う。
「私の話を、聞いて頂けませんか?」
セミレナは真剣だった。
悪ふざけやからかいに来た、というわけじゃなさそうだ。
彼女も悪夢を見せられている。
無下にするわけにもいかず、俺はやれやれと首を振って呟く。
「まっ、俺も眠くないからな」
「ありがとうございます。よろしければ、肩をお揉みしながらはいかがですか?」
「さすがに悪いだろ」
「いいえ、どうか私に勇者様の肩を癒す権利をお与えください。勇者様のお役に立つことが、今の私の誉れなのです」
大げさなことを言う。
何度か断ったが、セミレナは食い下がる。
最終的にセミレナが手を引き、強引にベッドの端に座らされてしまった。
彼女に肩をもんでもらう。
申し訳なくは思うが、嫌な気分じゃないからこのまま話を聞こう。
「どうですか?」
「ちゃんと気持ちいいよ」
「ありがとうございます。お役に立ててうれしいです」
「あのさ? 別に俺は神様じゃないんだ。子供にそう教えてたらしいけど、俺はただの勇者だよ」
その肩書すら偽者で、正体は紛れ込んだ一般人なのだが……。
セミレナは首を横に振る。
「いいえ、今の私にとって、あなたは信じるべき主なのです」
「主って女神様のことだろ? この世界で人を守っているのは女神様なんだから」
「はい。私に宿りし力をお与えになったのも、慈悲深き女神様です」
「なら崇めるべきはその女神様だ。俺じゃない」
「女神様だけではなくなったのです。私は……本来なら五つの時に終わる命でした」
「え?」
唐突に、セミレナは自分の過去を語りだした。
彼女は平凡な村の一人娘として誕生した。
生まれながらに美しい容姿を持っていた彼女を、両親だけではなく村の人たちは可愛がった。
早くに父親が事故でなくなり、母子家庭となったが、村の人たちの献身的な支えもあり、彼女はすくすくと成長した。
「流行病でした。その当時は、よくない病が蔓延して、村の人も次々に命を落としたのです」
「医者はいなかったのか?」
「いません。とても小さな村でしたから」
一番近い医者がいる街は、歩いて三日はかかる距離だったそうだ。
老人や子供も多い村では、その距離を移動するだけでも大変な労力だった。
「そんな中、私も同じ病にかかってしまいました。子供だったので進行も早く、高熱にうなされ起き上がれなくなったのです」
辛く苦しい時間を彼女は過ごした。
母親は、一人娘であるセミレナを回復させるために奮闘したそうだ。
一人で三日かかる街まで走り、医者に来てもらえるようにお願いしたり。
結局、その街でも病が流行していて手が離せないと断られてしまったらしい。
状態は日に日に悪化していった。
「とても辛かった……私の身体のことよりも、私のせいで駆け回り、辛い顔をする母を見るのが」
「……大好きだったんだな」
「はい。たった一人の家族でした。だから願ったのです。女神様、私のことは構いません。どうか母が幸せになってほしい。笑っていてほしいと」
その時、奇跡は起こった。
彼女をまばゆい光が包み込み、その光は村中へ広がった。
光が消えた後、村から病は消えていた。
セミレナは聖女となった。
女神に選ばれ、女神の意思を人々に伝え、導く者となった。
「まさに奇跡でした。私だけじゃなく、村の人たちも救ったのです」
「よかったな。助かって」
「はい。私は女神様に救われました。その時に思ったのです。苦しく辛い時に心から祈れば、女神様は応えてくださいます」
彼女が奇跡を起こした日をきっかけに、彼女の母親は女神を崇拝するようになった。
敬意を知れば当然と思ってしまう。
大切な我が子を救ったのは、女神の代行者たる聖女の力だったのだ。
女神の熱狂的な信者となった母親は、村の人々と共に宗教組織を作った。
それが後に『神の器』と呼ばれる組織の原型。
彼女たちにとって、聖女のセミレナは崇拝の対象となった。
「成人した私は、母に変わって神の器の教祖となりました。女神様の意思を、お言葉を人々に伝えることが私の義務です」
「義務……か」
「はい。私は聖女です。だから私は、魔王討伐の任に、自らの意志で志願しました」
そうだったのか。
てっきり聖女だから選ばれたのだと思っていたが、彼女自身の選択だったとは。
彼女らしいと思うと同時に、そのいびつさも感じる。
ここまでの話を聞いてわかった。
彼女も、その母親も、女神の存在に囚われている。
信じる者は救われると、心の底から思っている。
そう思えるだけの経験が、理由が、彼女たちにはあったのだ。
「私は今も、女神様を心から崇拝しております」
「いいんじゃないか。他人に迷惑をかけない範囲なら、何を信じても」
俺が元いた世界でも、信仰の自由は認められていた。
何を信じ、貫くのかは個人の自由だ。
強要したり、他人に迷惑をかけないのなら好きにすればいい。
「女神の加護を受けてない人を、虫扱いするのはやめたほうがいいと思うけどな」
「はい。あなたがそうおっしゃるなら」
「えらい素直だな……」
「当然のことです。あなたは私の、新たな主なのですから」
セミレナが俺に向かって手を合わせる。
「だから俺は違うって」
「いいえ。苦しく辛い時、祈りは必ず通じます。あの時、私を助けてくださったのは女神様ではなく、勇者様でした。私が信じるべきは、私を救ってくださったお方なのです。かつて女神様に救われたこの命……今もまた、あなたに救われました。ですから私は、あなた様も我が主としてお慕いしております」
セミレナは俺の手を握り、包み込むようにして胸に当てる。
柔らかい感触が手に伝わる。
「ちょっ……」
「勇者様、この身を捧げます」
「さっ! そういうのはやめてくれ」
俺は手を振りほどこうとした。
しかし強く握られた手は、一向に剥がれない。
こいつ聖女癖に俺より握力強いじゃないか!
「どうか離れないでください。今宵はあなたを、もっと身近に感じたいのです」
「感じっ……」
童貞が誤解しそうなセリフを口にしたセミレナに、思わずドキッとしてしまう。
見た目は完璧だ。
黙っていればお淑やかで、スタイルもいい。
胸に関してはエリカ以上だし、ぶっちゃけ好みのタイプだ。
そう、黙っていれば。
「ああ、勇者様、我が主よ。この身は今日からあなたの物です。どうぞご存分にお使いください。あなた様が望むなら、私は何でもいたしましょう」
「な、なんでも……」
「私はあなたのためにいるのです。あなたに逆らう愚か者は、私が悉く排除いたします。どうかご安心くださいませ」
「ひっ」
普通に怖い。
笑っているのに目がいっちゃってるよこの人!
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