私が神様です(聖女視点)①

「本当にありがとうございます。なんとお礼を言っていいか」

「これも主のお導きです」


 ゾーイの能力でアンデッド化していた村人たちは、セミレナの聖女の力で元の人間に戻ることができた。

 完全に死んだ後にアンデッドとなれば、聖女の力でも治癒できない。

 ゾーイの能力が、生者すらアンデッドに変えられることが逆に幸運だったと言えるだろう。

 今回も死傷者はなし。

 怪我人がいても治療できるのも、聖女である彼女の存在が大きい。


「セミレナがいてくれてよかったわね」

「そうだな」


 一応、今回は俺も活躍したんだけどな……。

 エリカたちも無事だった。

 ゾーイの能力で精神汚染を受け、しばらく意識を失っていたのだが、夕暮れには目を覚まして、普段通り振る舞っている。


「ソウジ君! 怖かったよー!」

「そうだな。怖かったよな? よしよし」

「うへへへ~」


 アルカは目を覚ましてからこの調子である。

 よほど怖い光景を見せられたのだろう。

 ゾーイの精神汚染は、対象の心を折る光景を見せるらしい。

 その人が信じているものや、大切にしているものを目の前で破壊することで、精神を崩壊させる。

 恐ろしい能力だった。

 女神の加護特攻で、俺には通じなくて心からホッとしている。


「アルカはどんなものを見せられたんだ?」

「みんなが僕をイジメるんだよ。獣人だからって……人間も、獣人も僕を悪者だっていうんだ。その中にソウジ君もいて……」

「それは……ごめんな」

「ソウジ君のせいじゃないよ! ソウジ君がそんなこと言うはずないって信じてたから! でも怖かった。辛かったよぉ~」


 弱音を吐くアルカの頭を、やさしく撫でてあげた。

 彼女にとって獣人の血を引いていることは、旅の原動力であると同時に、コンプレックスでもあるのだろう。

 その両方を的確につく悪夢だった。

 夢の中で俺が出てきたのは、彼女がそれだけ俺を信じているという証拠でもある。

 嬉しいような、申し訳ないような。

 複雑な気持ちだ。


「もう大丈夫だから。セミレナを手伝ってあげてくれないか?」

「うん!」


 できるだけ慰めて、元気になったアルカが走っていく。

 村人たちに囲まれて、セミレナは大変そうだ。

 その様子を見つめながら、二人きりになったことを確認してエリカに尋ねる。


「気分はどうだ?」

「……聞かなくてもわかるでしょ?」

「ですよね」


 顔を見ればわかる。

 アルカの前では頑張って笑顔を作っていたけど、口元が引きつっていた。

 明らかに無理をしている。


「最悪の気分だわ。なんて能力をしてるのよ……あのアンデッド」

「ちなみにどんな悪夢だったんだ?」

「男に囲まれていたわ」

「モテモテならいい夢なんじゃ」

「いいわけないでしょ? 全員生理的に受け付けない最悪な男ばっかりだったわよ」


 珍しく声を荒げるエリカ。

 相当嫌だったのだろう。

 嫌悪感を丸出しにして、悪夢に苦言を呈する。


「好きでもない男に身体を触られて、いいようにされて嬉しいと思う?」

「いや、最悪だな」

「そうよ、最悪よ。あんなので喜ぶ奴、マゾヒストの変態だけね」


 エリカは呆れたようにため息をこぼす。

 夢の中とはいえ、嫌いな相手に無理やり襲われた精神的嫌悪感はすさまじい。

 彼女がずっとイライラしているのも納得できる。


「あなたはいいわね? 加護受けてないから効果なかったんでしょ?」

「そのおかげで助けられたんだけど?」

「そうね。今回は感謝してあげるわ」

「どういたしまして」


 エリカは不貞腐れた感じで感謝の言葉を口にした。

 もっと素直に感謝してもらいたかったな。

 あまり期待はしていなかったけど。


「でもやっぱり腹立つわね。私たちだけ嫌な思いをしたのは」

「なんでだよ! 俺が無事じゃなかったらお前らもあのままだったんだぞ?」

「それはそれよ。私たちだけ悪夢を見るなんて不公平じゃない」

「どういう理屈だ」


 俺も苦しんでほしかったってか?

 悪平等な考え方に呆れる。


「あなたがもしゾーイの術にかかっていたら、どんな悪夢を見せられたのかしら?」

「知らないよ、そんなの」

「想像しなさい。私が幻惑魔法で再現してあげるわ」

「性格悪すぎるだろ!」


 こいつはもう少し悪夢の中にいて、しおらしくなってもらったほうがよかったんじゃないか?

 悪夢から覚めても元気いっぱいに煽ってくるエリカに呆れため息をこぼす。

 すると、俺の服の裾が引っ張られた。

 視線を下げると、村の子供たちが集まっている。


「ねぇ勇者様! 勇者様って神様なの?」

「え?」


 神様?

 一体何を言っているんだ?


 別の子供が俺に言う。

 

「神様だって言ってたよ!」

「誰が?」

「聖女様が!」

「……」


 俺はゆっくりと離れた場所にいるセミレナに視線を向ける。

 こっちを見ていた。

 温かく、優しくニッコリと微笑んだ。

 なぜだか背筋がぞくっとした。


 子供に変なことを教えるんじゃない!


「えっとね? 俺は勇者で、神様じゃないんだよ」

「えー! でも聖女様が言ってたよ!」

「そうだよ? 勇者様にお祈りしたら助けてくれるって!」

「お祈りなんてしなくていいから。勇者だから、困っている人がいたら助けるのが当たり前なんだ」


 子供たちをあやしていると、隣でエリカが笑った。

 こいつ絶対に馬鹿だと思ってるだろ。

 勇者でもない癖に、とか思ってるだろ。

 見なくてもそういう顔をしているのがわかってしまう。

 俺は子供たちにわからないようにため息をこぼす。


 無事に幹部を倒せたのはよかったが……。

 また面倒なことになったな。


 この日はもう遅いので、村に一泊することになった。

 空き家を丸っと一軒借りて夜を過ごす。

 疲れていたのだろう。

 精神的にも疲弊していて、エリカはすぐ眠りについた。


「ソウジ君、寝るまで一緒にいてほしい」

「仕方ないな」


 アルカはまだ不安そうで、一人では眠れなかったようだ。

 彼女が眠るまで傍にいる。

 もちろん変な気は起こさない。

 俺は紳士だからな。

 三十分ほど経過して、アルカもぐっすり眠った。


「……終わった」

「耐えたでござるな」


 無防備に眠るアルカは、俺の手を握ったまま離してくれなかった。

 ベッドに引き込まれそうになったが必死に堪え、なんとか手を離して離脱に成功した。

 なんで眠るだけでこんなに疲れなきゃいけないんだ。

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