あなたは神を信じますか?④
この世界の人間は女神から加護を受け取っている。
聖女であるセミレナは、女神の加護とは別に、同様の力を自身で生み出すことができる。
それこそが選ばれし聖女の力。
彼女は女神の代行者であり、女神の分身体だ。
結界により加護は遮断されても、彼女が女神を信じる限り、その守護は続いている。
おかげで俺たちもアンデッドにならず助かっていた。
「困りました。本当に困りましたねぇ……仕方ないので、次の手段を投じましょう」
ゾーイは右手を振るう。
すると彼の周辺に黒い影が広がり、中から次々とアンデッド化した人間が現れる。
俺たちはすぐに察する。
「――その人たちはまさか、この村の?」
「正解です。先んじて我が権能により、従僕とさせていただきました」
合点がいった。
村の人たちが何の抵抗もなく消えたのは、一瞬の出来事だったからだ。
いきなり村を結界で覆われて、訳もわからないままアンデッドにされてしまったのだろう。
スカルドラゴンも奴が呼び寄せたに違いない。
おそらくは、結界を展開する隙をつくるために……。
「まんまと罠にはまってしまったわけね」
セリカも苦い顔をする。
女神の加護を失っている今、彼女も普段通りに魔法を使うことはできない。
この結界から脱出するには奴を倒すしかないが、閉じ込められた時点で戦力が大幅に削られてしまった。
「なんということを。無垢な人々の魂を持て遊ぶなんて……許されない行為です」
聖女であるセミレナが怒りをあらわにする。
ゾーイはニヤリと笑みを浮かべ、アンデッドとなった村人に命令する。
「ならば救ってみてはどうですか? 聖女様」
村人がのそっと襲い掛かってくる。
動きは遅いし簡単に避けられるが、相手はこの村の人たちだ。
攻撃を躊躇う。
「た、戦っていいの?」
「まだ助かります。私の祈りが通じれば」
彼らはゾーイの力でアンデッド化しているだけだ。
まだ死んでいるわけじゃない。
聖女の力なら助けることができる。
その活路が、俺たちの判断を鈍らせる。
「どうすればいいの?」
「ゾーイ本体を倒すしかないわ」
「そう言っても……」
「おっと、私に攻撃すれば彼らが犠牲になりますよ?」
ゾーイは村人で防御を固めている。
無暗に攻撃できない。
それ以前に、エリカは魔法を扱えず、アルカも人間相手で躊躇している。
セミレナも今の状態じゃ、彼らを救うほどの力は発揮できないようだ。
「躊躇いなさい。払いのけなさい! さぁ、我が従順なる下僕よ。女神の救いなどないと教えてあさしあげるのです」
村人アンデッドの動きが急に早くなった。
ゾーイの魔力で強化されている。
戦うことができない俺たちは、村人アンデッドに取り囲まれてしまった。
セミレナが腕を掴まれる。
「さぁ、絶望をさしあげましょう」
◆◆◆
死者を操るアンデッドリッチーのゾーイ。
彼の最大の武器は、アンデッドを生み出し操ることではない。
それは女神の加護を受けし者にとっては天敵。
加護を否定し、絶望の幻を見せる精神干渉魔法こそが、彼の真骨頂であった。
「ここは……」
アンデッドに触れられたセミレナは、ゾーイの精神干渉を受けてしまう。
真っ暗な空間にいる彼女じゃ、自分以外の存在は感じない。
しかし直後、彼女の周囲を死者の群れが襲う。
「うおー」
「せいじょ、さまー」
「――! すぐに救って差し上げます」
溢れるアンデッドにも動じず、彼女は聖女として祈る。
彼女の祈りは死者に救済を与え、生者を守護する。
女神に愛され選ばれし者としての責務を果たすこと。
それこそが、彼女にとっての生きがいだった。
だが――
「めがみなんて、いない」
「いない」
「いないぃ!」
「そんな……」
祈りは通じなかった。
ここはゾーイが生み出した精神世界。
女神の加護など存在せず、祈ったところで救いはない。
アンデッドは彼女に襲い掛かる。
「主よ! どうか救いを!」
どれだけ祈ろうと、叫ぼうと、女神は応えない。
彼女が信じる女神の否定。
ゾーイの幻によって、彼女の心は壊されていく。
「いや、やめて……」
強靭な信仰心で守られていた鎧が剥がされ、むき出しになったのはか弱き少女の心だった。
聖女として振る舞い、人々を守る。
しかし彼女自身も、救いを求めるか弱き乙女でしかなかった。
聖女ではなく弱い人間になる。
そうなってしまえば、彼女の中にある女神の力も効力を弱める。
彼女だけではない。
同様に加護を受けるエリカとアルカも、ゾーイの精神汚染に苦しめられていた。
そう、彼女たちは――
◇◇◇
「くっくっくっ。聖女の力さえ破壊してしまえば、あとは結界の効果でアンデッドと化す。魔王様もさぞお喜びになるでしょう」
「あ、ちょっと失礼」
「え?」
勝利を確信したゾーイの前に、護衛していたアンデッドをかき分けて俺が立つ。
拳を力一杯握って。
「よし、そいっつ!」
「ぐへっ!」
殴り飛ばした。
ゾーイは能力こそ強いが、本体はそこまで強くない。
事前情報通りだったらしい。
「な、なぜ動けるのです!」
「え? なんでって、普通に振りほどいてきたんだけど……」
アンデッドに囲まれた時は冷や汗をかいたけど、一体一体の力は大したことなかった。
無理やり引きはがしていたら、なんか他のアンデッドも動きが止まっているし。
チャンスだと思ってゾーイの元まで走った。
「ありえない! 女神の加護を受けている者なら、私の精神汚染から逃れることなどできないはず!」
「あー……ああ……」
そういうことか。
アンデッドに触れられて、エリカたちはぴたりと固まっていた。
あれはゾーイの能力で精神汚染を受けているのか。
食われたりしてなかったから、先にゾーイを倒そうと動いたのは正解だったらしい。
「ま、まさかお前は、女神の加護を――」
「それ以上しゃべるな!」
「がっ!」
余計なことをしゃべる前に、俺は妖刀を抜いてゾーイの首を刎ねた。
奴は気づいてしまったのだろう。
そう、俺に精神汚染が効かなかったのは……。
「女神の加護なんて知らないからな」
俺が偽者の勇者で、女神の加護なんて受けていないからである。
自前の妖刀も、この世界の力じゃない。
女神の加護があるからこそ絶大な力を発揮するゾーイの能力は、俺にはまったく通じない。
「ふぅ……油断しまくってるおかげで助かった」
これで魔王軍幹部撃破!
今回は大活躍したんじゃないか?
ゾーイを倒したことで結界が消えて行く。
しかしアンデッドはしのまま。
ゾーイが死んだことで遂行する命令がなく、全員が固まっている。
と同時に、精神汚染も止まったのか、固まっていたアルカたちが倒れてしまった。
「やばっ、剥がさないと」
彼女たちにのしかかるアンデッドを引っぺがす。
優先すべきはセミレナだ。
アンデッドを元に戻すには、彼女の力が必要不可欠になる。
しかし大丈夫だろうか?
俺は通じなかったからわからないが、精神汚染の影響で弱っていたり……。
信じる力が能力に影響する聖女には、特に大ダメージかもしれない。
「セミレナ? 大丈夫か?」
「……勇者……様?」
「よかった」
目覚めなかったらどうしようかと。
ホッと安心すると、セミレナが俺の腕を掴んできた。
「セミレナ?」
「あなたが……救ってくださったのですね」
「え? あ、まぁそうかな? ゾーイは倒したぞ? もう大丈夫だ」
「ああ……ああ……」
な、なんだ?
セミレナが目を潤ませて俺を見つめているんだが……。
「何度呼びかけても、女神様は応えてくださいませんでした。辛かった……苦しかった……そんな私を、あなたが救ってくださった」
「え? いや、ゾーイの能力は消えたし、もう加護は戻ってるんじゃ」
「いいえ、わかりました。私が信じるべき神のが誰なのか」
セミレナは膝をつき、俺を拝むように手を合わせる。
ぞわっとした。
凄く嫌な予感が……。
「ありがとうございます。我が愛しの主よ。これからはあなた様のために祈りを捧げましょう」
「……えぇ……」
聖女セミレナの信仰対象が、女神から俺になったらしい。
いや……。
なんでだよ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【あとがき】
第六章はこれにて完結となります!
次章をお楽しみに!
できれば評価も頂けると嬉しいです!!
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