あなたは神を信じますか?①

「心から感謝する。ありがとう、勇者様」


 別れ際、レジスタンスのリーダーを中心に、獣人たちがお礼を言ってくれた。

 深々と頭を下げて、特徴的な耳がよく見える。

 紆余曲折あったが、一先ず彼らの問題は解決した。

 後のことはエリカが手配した新しい領主が、彼らと上手くやってくれることを祈るばかりだ。


「勇者として当然のことをしたまでです」

「心の広いお方だ。聖女様もありがとうございました」


 リーダーはセミレナにも感謝を伝えた。

 俺はビクッとわずかに反応する。

 彼女はニコリと微笑む。


「お陰で皆無事にこうして今日を迎えることができる。感謝してもし足りない」

「正しき行いには祝福が待っています。どうかそのことをお忘れなきように」

「はい」

「あなた方にも種のご加護があらんことを」

 

 俺は緊張しながら彼らとのやり取りを見守っていた。

 何事もなく終わり、ホッと一安心。

 こうして俺たちは街を出発した。

 再び魔王城を目指して。


  ◇◇◇


 街を出発して十数分。

 珍しく俺が馬車を操縦している。

 何となく、元の世界のことを思い出していた。


「視線の高さは車だけど、速度は自転車か」


 運転免許は取り立てだった。

 バイトや就職に必要だからと、ちょっと無理して取得したのに。

 結局一度も使うことがなかったことをガッカリする。

 車と馬車じゃ運転方法がまったく違う。

 こうなるとわかっていたら、最初から馬車の免許でもとればよかったな。

 そんなもの存在しないけど……。


「ふぅ、すぅー」


 安らかな寝息が聞こえる。

 今回は特に忙しくて、中々刺激的な出来事が多かった。

 獣人との遭遇。

 悪そうだなと思っていた領主は、実はマジもんの悪いやつで、裏で魔王軍と繋がっていたり。

 戦士のアルカの正体が、獣人の血を引いているクオーターだったことも初めて知った。

 そんな彼女だが……。


「あの、寝るなら後ろの席のほうがいいんじゃないか?」

「ここがいいんだよ」

「そうですか」

「うん! 撫でてくれてもいいんだよ?」


 俺の膝に頭を乗せて横になっているアルカは、キラキラした瞳で俺のことを見上げる。

 期待されているのが見なくても伝わってくる。

 危ないことは承知で、手綱の片方を手放し、彼女の頭を撫でた。


「うへへへ」

「……」


 うっとりした表情と声が漏れる。

 結論から言おう。

 なんか懐かれてしまった。

 獣人たちを解放し、悪徳公爵を成敗した翌日からだ。

 俺の前では構わず獣人化して、尻尾をぶんぶんと振りながら、俺の周りをくるくる回る。

 まるで主人に駆け寄る飼い犬みたいだった。

 今も普通に獣人化しているし、尻尾も振っている。


「ソウジ君の手、大きくて温かくて気持ちいいよ」

「そ、そうか。それはよかった」

「もっと撫でていいよ? ソウジ君なら、どこを撫でられてもいいから」

「ど、どこを……」

「尻尾とか!」


 ああ、そういうことね。

 危うく変な誤解をしてしまうところだった。

 俺は深呼吸をする。


「随分と仲良しになりましたね」

「うっ……」


 後ろからエリカの声が聞こえた。

 運転中なので振り向けないが、表情は見なくてもわかる。

 きっと笑っているだろう。

 ただし内心では、変な気を起こさないように、と釘をさしているに違いない。

 言われなくてもわかってるって。


「獣人の姿のままですよ? いいんですか?」

「うん! だってソウジ君、僕が獣人でも気にしない。むしろ可愛いって言ってくれたから! ね?」

「あ、ああ、そうだな」

「そうですか。それはよかったですね」


 やめてくれ。

 見なくても視線の意味がわかってしまう。

 

「ふむ。あれは、童貞の癖に一丁前に口説いたのね、という顔でござるな」


 代弁するんじゃねーよ。

 妙にリアルな内容だな。

 小次郎の奴、他人の心まで読めるようになったのか?


「拙者、他者の内心を図るのは得意でござるよ? 立ち合いでも必要な故」


 物騒な理由だな。

 というか別に口説いたわけじゃないし。

 あの時は、あれが最善のセリフだと思っただけで。


「ねぇ、ソウジ君。あの領主、どうなったのかな」

「りょ、領主?」

「うん。だって朝になったらいなくなってたよ」

「そ、そうだな」


 王都へ身柄を輸送される予定だった元領主。

 彼は翌朝、牢屋から姿を消していた。

 捜索したが見つからず、脱出した痕跡もなかった。

 

「あそこ、凄く血の匂いがしたよ」

「もしかしたら、魔王軍の誰かに処刑されてしまったのかもしれませんね。彼は魔王軍と繋がっていた。少なからず情報を持っていたはずですから」

「そうなのかぁ……悪い人だったけど、殺されちゃったのは可哀想だよ」

「そうですね。本来なら、王国の法で裁かれ、罪を償っていただくはずでした」


 悪徳領主は逃走、もしくは魔王軍に消されたのではないか。

 ということになっている。

 誰も、真実は知らない。

 知っているのは、この場にいる約二名だけだ。


「セミレナはどう思いますか?」

「とても悲しいことです。女神様のご加護を受けながら、魔王に与してしまった。天罰を受けてしまったのかもしれませんね」

「聖女のあなたらしい意見ですね」

「天罰かぁー。そうなったのなら仕方ないのかな? ね、ソウジ君」

「……」


 後ろを見るのが怖い。

 彼女のことだから、普段通りに笑っているだろう。

 しかし想像してしまう。

 返り血を浴びながら嘆き悲しみ、笑顔を見せる狂気の姿を……。

 あれはもうホラーだった。


「ソウジ君?」

「は、はい?」

「どうかされましたか? 体調が優れないのであれば、私が癒してさしあげましょう」

「だ、大丈夫です! 元気なんで!」


 アルカはキョトンと首を傾げる。

 悟られるわけにはいかない。

 この秘密だけは……この場にいる誰にも相談できそうになかった。


「無理をなさらないでください。あなたは勇者様なのですから」

「……」


 勘弁してくれ。

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