あなたは神を信じますか?②

 時間を少し遡る。

 俺は見てしまった。

 悪徳公爵を処刑し、嘆きながらも笑みを浮かべる聖女の姿を。


「きょ、教祖って……」

「はい。私が二代目です。私が生まれ、聖女となった日に、私の母が作りました」


 家族ぐるみで宗教組織を運営しているのかよ。

 なんて業が深そうなんだ。

 本来ならば関わらないのが吉なのだが、見てしまった以上は逃げられない。

 俺はごくりと息を呑む。


「か、神の器って……王国でも危険視してる組織なんだけど……」

「そのようですね。とても悲しいことです。私たちはただ、女神様の意思に従い、悪しき者には裁きを。正しき行いをする者には救いの手を差し伸べているだけです」

「……ぐ、具体的には?」

「悪しき者としてこの世界で生きるのは悲しい。ですから、私たちの手で終わらせ、来世で正しく生まれ直せるように祈っているのです」


 それ殺して輪廻転生させようって話ですよね?

 自分たちの思想と合わないから殺してリセットしようって?

 どんだけ過激派なんだよ!

 聞いたことないぞ。

 元の世界だったらただの犯罪者集団だ。

 いや、この世界でも似たようなものなんだが……。


「悪しき者たちの中心……魔王。女神様も意思を受け取る者として、黙っているわけにはいきません。この男も同様です。女神様の加護を受けながら、その寵愛に背いた。万死に値すると思いませんか?」

「さ、さすがに殺すのやりすぎなんじゃ――」

「思いますよね?」

「はい! 思います!」


 怖すぎるだろ!

 エリカの笑顔も怖いと思ったけど、あれ優しかったんだな。

 ただの笑顔が殺人鬼の微笑みに見える。

 寒くもないのに身体がぶるぶる震えるよ。

 この世界の聖女、怖すぎる!


「えっと……俺はどうすればいいんでしょうか?」


 殺されるのだけは勘弁してほしいんだが。

 俺はビクビクしながら尋ねた。

 セミレナはニコリと微笑み、俺にお願いをする。


「可能ならこのことは、黙っていて頂けると嬉しいです」

「黙って……はい」

「お願いします。もしも皆に知られると、私も立場がございますので」

「は、はい。大丈夫です。言いません!」


 言ったら関係性とか以前に、俺の命も終了してしまいそうだ。

 魔王に王国、妖刀の次は聖女から殺される心配をしなくちゃいけないのかよ……。

 何だよこのパーティー。

 よくみたらほとんど敵しかいないじゃないか!


「それともう一つ、ご相談なのですが」

「な、なんでしょう?」

「勇者様、女神様の教えに興味はありませんか?」

「ひっ!」


 唐突に、ものすごいステップで俺に近づいてきたセミレナ。

 目を丸く開き、鈍く輝かせながら顔を近づけてきた。


「髪の器に入ればとても素晴らしい教えを受けることができます。日々の生活は輝き、幸福度も増し、信じる者には幸運が宿るでしょう」


 早口宗教勧誘の始まりだ。

 俺は後ずさるが、すぐに壁にぶつかって下がれなくなる。

 セミレナは構わず詰め寄ってきた。

 さっきまでとは違う意味で恐怖を感じる。


「あ、いやその、俺はこの世界の人間じゃないし、女神様の教えとか言われても……」

「何をおっしゃいますか? 聖剣とは女神様に与えられし最大のご加護です。勇者とはすなわち、この世で最も女神様の寵愛を受ける者なのですよ?」

「そうなんですねぇー」


 ほ、本来ならそうだったかもしれませんね? 

 でも違うんです。

 俺は本物の勇者じゃないから、女神様の加護とか一切受けてないんですよ。


「ち、ちなみに……その宗教では女神の加護を受けていない人については、どうお考えで?」

「虫と変わりません」

「むっ……」


 ナチュラルに虫扱い。


「そ、その理屈だと、亜人種も女神の加護は受けていないんですが」

「そうですね。ですが心配はいりません。女神様は慈悲深きお方です。信じ、愛し続けることができたたのなら、いずれ寵愛を受けることもできるでしょう。信じる者は救われるのです」


 うわ……。

 宗教勧誘でイメージするセリフナンバーワンだ。

 リアルで聞いちゃったよ。

 信じるだけで救われるなら、この状況から解放してくれ女神様!


「じゃあアルカは……?」

「アルカは女神様のご加護を受けている身ですのです」


 あ、そっか。

 獣人の血が流れているだけで、大部分は人間だ。

 この世界で、女神の加護を受けているのは人類種のみ。

 セミレナにとって正誤の判断基準は、女神の加護を受けているかどうからしい。

 少しホッとした。

 いやいや、ホッとしてる場合じゃないぞ。


「その理屈だと、拙者らは敵でござるな」


 そうなんだよ。

 俺は正規のルートでこの世界に来たわけじゃない。

 妖刀の力で勝手に移動してきた。

 だから俺たちも、女神の加護を受けてはいない。

 小次郎の言う通り、彼女の判断基準でいうと……俺たちは処罰対象なんだ。

 加えて勇者のふりをしているわけだからな。

 バレたら……。


 ごくりと息を呑む。


「さぁ、いかがでしょう? 勇者様にもぜひ私たちの仲間になって頂きたいのです」

「い、いやその……」

「なって頂けたのなら、私にできることは何でもいたしましょう」

「な、なんでも?」


 心が揺らぐ。


「はい。なんでも……必要ならばら、この身を捧げることも」

「……」


 整った顔立ちに、エリカよりも大きな胸。

 男の劣情を煽る様な容姿……。

 それが手に入る?

 宗教に加入するだけで?


「揺らいでいるでござるな」


 い、いやダメだ。

 リスクがデカすぎる。

 ここは我慢……鋼の理性で耐えるんだ。


「か、考えさせてください」

「はい。いつまでもお待ちしております」

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