モテ期到来、だと思いたい②

「だから、ね? もう……限界かも」

「え、ちょっ、アルカ!」


 アルカが俺の手を引っ張り、そのまま押し倒してきた。

 突然のことで抵抗しようとしたが、彼女のほうが力は上だ。

 あっという間に馬乗りにされる。

 起き上がりたくても、彼女が上に乗っていて動けない。


「さっきからね? ソウジ君を見てると、お腹の当たりがきゅんとして、せつなくて……」

「ちょっ、いくらなんでも展開が早い! まだ心の準備が……」

「準備? 何? わかんない。わかんないけど……」


 うっとりとした視線。

 頬が真っ赤だ。

 熱があるんじゃないかと思えるくらい。

 体温も伝わってくる。

 

「ソウジ君、僕……どうしちゃったのかな?」

「お、俺に聞かれても」


 やばい、やばい、やばい!

 静まれ心臓の音!

 恋人いない歴=年齢の俺に、このシチュエーションは耐えられない!

 いいのか?

 このまま流れに任せていいのか?

 行っちゃっていいんですか神様!


「ふむ、これは予想外の展開でござるな」

「……」


 絶対にダメだ! 

 こいつに見られながら初体験とかありえない!

 そうじゃなくて、アルカも自分の状況を理解していないみたいだ。

 お互いの気持ちも半端なまま、ノリと勢いでやっていいことじゃないだろ?

 そうだ。

 決して怖気づいたわけじゃないぞ!

 紳士的に接するんだ!


「大丈夫だ。落ち着いてくれ」

「ソウジ君?」


 こういう時、どうすればいいんだ?

 無理やり起き上がる……は無理だ。

 力で負けている。

 動かせるのは腕くらいか。

 ない知恵を総動員する。

 俺の中にある漫画やゲームの知識を集結させ、導き出された結論は……。


「ふぇ?」

「よく頑張ったな」


 俺は右手は、彼女の頭を撫でていた。

 正解かどうかわからないが、手しか動かせないし、これくらいが限界だ。

 アルカもびっくりして目を丸くしている。


「ソウジ君……?」

「俺もよくわからないけどさ。これで安心してもらえたら……なんて?」


 本当によくわからない。

 この行動に意味があるのか。

 彼女の相談の答えにはなっていないし、誤魔化せているとも思えないけど。


「……ありがとう」


 アルカは安堵した笑みを見せる。

 そのまま俺の胸に倒れ込み、抱き着くようにして寝息を立てた。


「すぅー」

「アルカ?」

「眠ってしまったようでござるな」

「……はぁ……」

 

 安心する一方で、ちょっぴり後悔する。

 これでよかったのだろうか。

 童貞卒業のチャンスを逃したんじゃないか?

 いや、こいつに見られながらは絶対に嫌だし。


「安心するでござる。そういうことなれば、拙者は目を瞑っているでござるよ」

「……信用ならん」

「ひどいでござるな」

「はぁ、まぁいいや。アルカをベッドに運ぶか」

「そうでござるな。こんな場所で寝ては風邪をひいてしまう」


 起き上がろうとした時、足音がした。


「声がしたけど、ここにいるの? ソウジ」

「エリカ?」

「ちょっと話が――」

「あ……」


 ベランダ。

 仰向けになっている俺の上で、アルカが眠っている。

 それを見たエリカがどう思うか?

 さて、色々問題だ。


「――変態ね」

「ち、違うから!」


 本当に、色々問題だよ。


  ◇◇◇


 ベッドで気持ちよさそうに眠るアルカ。

 それを見守る俺と、後ろでじとーっと眺めるエリカ。


「あの……本当に誤解なんです」

「……」

「手は出してません。なんなら小次郎にも聞いてくれ」

「……そう、一応信じてあげるわ」


 あの後、必死に状況を説明した。

 アルカに声をかけられ、相談されたことも。

 押し倒されたのは俺のほうなんだ。

 決して俺から襲ったわけじゃない。


「なんか今日のアルカ、おかしかったな。ずっと獣人の姿のままだったし」


 眠っている今は人間の姿に戻っている。

 どうしてだろう?

 俺と話している間も、途中まで冷静そうだったんだが……。


「聞く限り、たぶん獣人の特性よ」

「特性?」

「私の授業で話したはずよ。思い出してみなさい」

「え……そうだっけ」


 獣人についても、一か月の間に学んだ。

 王都でのエリカの授業を思い出す。

 獣人の特性……特徴。

 赤くなったアルカの表情と、荒い呼吸……。


「発情期?」

「たぶんね」


 獣人とは何か。

 遥か昔、獣が人へと進化した結果だと言われている。

 猫や犬、鳥といった動物の特徴を持つ彼らは、先祖からその習性も受け継いでいる。

 たとえば猫なら水が苦手で、昼より夜のほうが好きとか。

 動物は人間よりも本能が強い。

 中でも生殖本能は、過酷な自然の中で種を残すために必要だった。

 獣人である彼女たちにも、発情期が存在する。

 気になる異性を前にすると、我慢できなくなってしまう。


「そうか。発情期だから急に……」


 え、でも待てよ?

 発情期って、異性なら誰でもいいってわけじゃなかったはずじゃ……。


「そういうことでござるよ。お主ならいいと、思われたのでござるな」

「……」


 アルカがそう思ってくれたのか。


「何を照れているのかしら? 気持ち悪いわよ」

「う、うるさいな!」

「あまり勘違いしないほうがいいわ。一時的な感情の間違いで、そう思ってしまうこともあるものよ」

「いきなり全否定するなよ」

「あなたのためを言ってるのよ? 勘違いして傷つかないように」

「よ、余計なお世話だ!」


 言われなくても勘違いしない。

 短い間に色々なことが起こって、一緒に問題を解決したからな。

 感謝はされているし、心は近づいたと思う。

 けど冷静になったら、やっぱり違ったとなるだろう。

 期待はしない。

 変に期待して、裏切られることもあると……とっくに知っているから。


「そういえば、セミレナは?」

「街で怪我人の治療をしていた後は見ていないわ」

「俺も会ってないんだけど」

「この時間よ。きっと自分の部屋で休んでいると思うわ」

「それもそうか」


 俺たちも頑張ったが、間違いなく一番大変だったのはセミレナだ。

 怪我人を全員、一人で治療していた。

 街の人たちも、聖女である彼女に頼っていた。

 彼女がいてくれるおかげで、俺たちは多くの人を救える。

 明日になったら改めてお礼を言おう。


「ふぁー……また急に眠気が」

「もう寝ましょう。明日の朝には出発するわ」

「早くないか? せめてあの公爵を王都の騎士に引き渡すまで、ここに残ったほうがいいんじゃ」

「必要ないわ。もう手配は済んでいるもの」

「ならいいけど」


 その辺りの手配は全てエリカに任せた。

 彼女も疲れている様子だ。

 普段よりも目がしょぼしょぼしている。


「寝るか」

「そうね……手を出したら承知しないわよ」

「間違ってもお前にはない」

「それはそれで心外だわ。私に魅力がないみたいじゃない」


 めんどくせぇ……。

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