正しいのはどっち?②

 勇者パーティーの役目は、人々の平和を守ること。

 そのための最終目標は魔王討伐だ。

 しかし、人々の平和を脅かすのは、魔王だけとは限らない。


「レジスタンス、ですか?」

「奴らはそう名乗っているのです。まったく困ったものですよ」


 バルバトスとの戦いから一週間が経過した。

 俺たちはネパートという大きな街に訪れている。

 魔王城を目指す道すがら、偶然立ち寄った、とかではない。

 とある依頼があり、本来のルートから外れる形でこの街へやってきた。

 依頼主は、この街を統治する領主のワルダブ・ドブソール公爵。

 ちょうど目の前にいる太ったおじさんだ。

 

「一月ほど前からですね。私が管理する施設や倉庫に、レジスタンスを名乗る者たちが襲撃してきました。大した被害はありませんでしたが、以降何度も繰り返しています」

「それで私たちに依頼を?」

「はい。ちょうど勇者一行が旅立ったという話を聞きまして、藁にもすがる思いでした。来てくださって心から感謝いたします。どうぞこちらをお受け取りください」

「――!」

 

 ワルダブ公爵は大金を差し出した。

 思わず目を疑う。

 こんな大金は初めて見る。


「こ、これは……?」

「前金でございます。依頼完了後には、これと同額を追加いたします」

「二倍!?」

「足りませんでしたか?」

「いやいや、全然足りてますから!」


 むしろ多すぎないか?

 驚きで目が丸くなる。


「ず、随分と太っ腹ですね」

「何をおっしゃいますか? 勇者一向に依頼をするのです。しかるべき報酬をお支払いするのは当然のことでしょう」


 ワルダブ公爵は笑みを見せる。

 見た目は成金っぽくて、いかにも悪徳領主って感じで好きになれないが……。

 まっ、お金くれるなら無下にもできないよな。

 ちょうどバルバトスの襲撃で、王国から支援された物資の大半を失った。

 助けた町の人たちが馬車を用意してくれたが、旅はこの先も続く。

 お金は大いに越したことはない。


「エリカ」

「……そうですね。街の住人にも被害が出ているなら、放置はできません」

「受けていただけますか?」

「元々そのために参りましたので」

「ありがとうございます! これでようやく安心して眠れます」


 公爵は心からの安堵を見せる。

 本当に困っていたのだろう。

 悪顔だが、困っている人を放置したら勇者とは言えない。

 決してお金のためだけじゃない!


「目がお金になっているでござるよ」


 うるさいな。

 お金も大事なんだよ!


「滞在中はどうぞ我が屋敷をご利用ください。部屋も用意いたしますので」

「ありがとうございます」

「やったー! 今夜は野宿じゃないんだね!」


 アルカも喜んでいる。

 町を出たから毎日野宿だったから、まともな寝床は久しぶりだ。

 襲撃がいつ来るかわからないし、のんびりはできないだろうけど。


 公爵は手を叩く。

 すると、メイド服をきた女性が姿を見せる。

 注目すべきは服装ではなく、身体的な特徴……。


「皆様を部屋に案内しなさい」

「はい」

「ぐずぐずするな! 早くしろ!」

「痛っ!」


 公爵はメイドの頬を叩いた。

 それに全員が驚く。

 一番早く反応したのは、アルカだった。


「ちょっ、何してるの!」

「これは失礼しました。お見苦しいところをお見せして」

「そうじゃなくて! なんで叩いたんだよ!」

「なぜ? 使用人への躾ですよ? 何も変なことはありません」


 公爵は悪びれもなくそう言った。

 アルカは絶句する。

 暴力を躾と言い張るだけじゃない。

 彼女は今、ただ命令に従っただけだ。

 すぐに行動は初めていたし、まったく遅いとは思わない。

 これじゃさすがに……。


「やりすぎじゃ……」

「お言葉ですが、この元は見ての通り獣人です」


 それは見ればわかる。

 犬っぽい耳と尻尾が生えていて、とても普通の人間には見えない。

 世界には亜人種と呼ばれる種族が存在している。

 個体数は少なく、極めて稀な種族だが……。


「この者は私が買い取った奴隷です。人ですらありません。動物に対する躾としては妥当でしょう」

「ど……」


 動物扱いだって?

 確かに聞いた話じゃ、亜人種は人間よりも立場が弱いらしい。

 数が少なく、大昔の大戦で敗北したことが理由とされる。

 現代における亜人種は差別の対象だ。

 聞いてはいたけど、ここまで酷いものなのか……。


「お前……獣人だって同じ人だぞ!」

「面白いことをおっしゃいますね? この国において保護されているのは人間だけです。亜人種は含まれていません。そうでしょう? エリカ様」

「エリカ?」

「……確かに、そうですね」


 エトワール王国は人類国家。

 人権という言葉があれば、対象になるのは人類のみ。

 エリカの授業でそう学んだ。

 ただ、エリカはこうも言っていた。


「現状はそうなります。ですが、奴隷制度は禁止されています」

「あれは言葉の綾です。実際は路頭に纏っているところ保護しました。そうだろう?」

「……はい」


 言わされている感が凄いな。

 この領主、見た目通りの悪徳じゃないか。


「お前……」


 アルカが怒る気持ちもわかる。

 だが、彼女がこの屋敷に仕える者だある以上、どうするかは主人である公爵の自由だ。

 怒りを爆発させそうなアルカを宥めて、俺たちは夜を迎えた。


  ◇◇◇


「なんだよあいつ! ムカつく!」

「気持ちはわかる」

「だよね? もうこんな依頼無視しようよ!」

「そういうわけにはいきません。領主の性格は別として、住民に被害が出ているなら放置はできません」

「うぅー」


 あれからずっと怒りっぱなしだ。

 俺が性別を間違えた時とは比較にならない。

 腹が立つのはわかるが、それだけじゃない気がした。

 もしかして、亜人種の友人でもいるのだろうか。


「解放する方法があればいいでござるな」

「そうだな」


 この依頼が終わるまでに考えておくか。

 実行できるかはわからないけど。


 と、思っていたところで気配を察する。

 同時に爆発音が響いた。


「襲撃でござるな。ここより北の方角に複数の気配があるでござる」

「北だな。みんな、急ごう!」


 全員で爆発音がした場所へ向かう。

 公爵家の敷地内。

 普段は使われていない倉庫が破壊されていた。

 公爵が予想していた通りの場所だ。

 

「なんで本宅のほうじゃないんだ?」

「何か意図があるやもしれぬ。姿を見れば思惑も透けよう」


 そうだな。

 現場に直行し、すでに配置されていた俺たち以外の警備兵が倒れていた。

 全員怪我はしているが意識はある。

 殺されているわけじゃない。


「新手か!」

「――! こいつら……」


 ローブやフードで隠しているが、隠しきれていない。

 獣人の特徴が見えている。

 襲撃してきたレジスタンスの正体は獣人だったのか。


「くそっ! 今日こそは突破してみせる!」

「待って! なんでこの屋敷を襲うの!」

「アルカ!」


 敵は戦闘態勢に入っている。

 しかし、なぜかアルカは大剣を握らず、襲い掛かる彼らの前に立った。

 

「邪魔だ! どけ!」

「危ないでござる!」

「っ――」

 

 俺は妖刀を抜き、襲い掛かるレジスタンスの攻撃を弾く。


「なっ!」

「ソウジ君!」

「何やってるんだ! 殺されるところだったぞ!」

「で、でもこの人たち獣人だよ!」


 だから何だ?

 と、言いたくなったがアルカの眼が必死だった。

 何かを訴えてきている。

 

「アイスバーン」

「――!」


 エリカが魔法で地面を凍らせる。

 俺たちに気をとられたレジスタンスは、足を凍結されて動けない。


「くそっ! 魔法使いもいたのか」

「姫様!」

「話は捕まえてから聞きましょう」

「っ、この程度の氷!」


 獣人は身体能力が高い。

 魔法の凍結を、無理矢理突破してきた。


「抵抗するのなら、今度は全身を凍結します」

 

 エリカが魔法を構える。

 その前に、アルカが飛び出す。


「待って!」

「――!」

「い、今のうちに逃げるぞ!」


 その隙に退散するレジスタンスたち。

 逃げ足は速く、気がつくともうそこに姿はなかった。

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