正しいのはどっち?③

 逃げたレジスタンスを捜索したが、すでに敷地内からは脱出した後だった。

 負傷した兵士はセミレナが治療してくれている。

 幸い、全員大事にはいたらなそうだった。

 公爵への報告は、エリカに任せることになった。


「そっちは任せたわよ」


 と、去り際に俺の耳元で囁いて行った。

 意味はわかっている。

 ただ……。


「任せるって言われてもなぁ……」


 俺の視線の先には、体操座りをして小さく丸まったアルカがいた。

 顔を伏せ、落ち込んでいるようだ。

 俺は彼女に近づき、とりあえず聞くべきことを尋ねる。


「アルカ、なんで邪魔したんだ?」

「……」

「教えてくれないとわからないぞ」

「……言ったって、どうせわかってもらえないよ」


 彼女はいじけてしまっていた。

 顔を伏せたまま、こちらを見ようとしない。

 邪魔したことを悪いとは思っているのだろう。

 けれど彼女には、俺たちを邪魔するだけの理由があった。

 それを知りたい。

 俺は彼女の前でしゃがみ込む。


「あいつらが獣人だったことと、何か関係してるのか?」

「……」


 無言。

 たぶん当たっている。

 彼女は獣人と何らかの関わりがあるんだ。


「話してくれよ。俺たち、一緒に旅をする仲間だろ?」

「……」

「俺はこの世界の人間じゃない。だから、他の種族がどうとかは関係ないぞ?」

「……本当に?」


 彼女はピクリと反応した。

 それに合わせて、後押しするように続ける。


「本当だ」

「……獣人だから、助けたって言っても?」

「ああ、その理由が知りたいだけなんだ。あいつらが獣人だから助けたんだろ?」

「そうじゃなくて! 僕がだよ!」

「え?」


 アルカが顔を上げた。

 それとほぼ同時に、彼女の容姿に変化が現れた。

 頭からは茶色っぽい耳、腰のあたりからは尻尾が生えた。

 見た目的に犬の特徴だ。


「獣人の特徴……アルカ、獣人だったのか?」

「――!」

「あ、おい!」


 逃げようとしたアルカの手を握る。

 ここで逃げられたら、この先ずっと引きずる気がした。

 相変わらずもの凄い力だけど。


「は、離してよ!」

「離さない……ちゃんと最後まで話してくれるまで!」

「もういいよ! ソウジ君だって、僕が獣人だってわかって変な顔したもん! 醜いって思ったんでしょ!」

「驚いただけだ! 言っただろ? 俺はこの世界の住人じゃないって!」


 本当に驚いただけなんだ。

 ビックリするだろ?

 いきなり目の前の女の子に耳と尻尾が出現したら。

 醜いなんて思うはずもない。

 いや、むしろ――


「可愛いとすら思ったね!」

「ぇ――」

「うおっと!!」


 突然彼女の力が抜けて、そのまま一緒に倒れ込んだ。

 なんだか俺が押し倒しているような姿勢になる。


「か、可愛い……?」

「ああ、可愛いよ」

「お主、やるでござるな!」


 うるさい茶化すな!

 ここで引いたら逃げられるんだよ。

 恥ずかしさは後回しだ。


「それ犬のだろ? 犬って可愛いじゃんか。俺、動物好きなんだよ。可愛い犬と、美少女が合体したら最強じゃんか」

「……」


 うわぁ……。

 我ながら気持ち悪いセリフを口にしている。

 数ある美少女ゲームでも、こういうセリフを口にして喜んでもられるのって、イケメンの主人公だけなんだよな。

 俺みたいな普通の男が言ってもドン引きされるだけだ。

 まぁ、今は引かれるくらいがちょうどいいか。

 少しでも冷静になってくれれば……。


「は、初めて言われた」


 お?

 

 顔を真っ赤にしているアルカ。

 満更でもない様子だった。

 やっぱりこいつ……。


「ちょろいでござるな。心配になるほどでござるよ」


 まったくだ。

 けど、冷静にはなってくれたらしい。

 覆いかぶさった姿勢から退き、彼女に手を差し伸べる。


「俺が気になってるのは、その耳は何犬かってことくらいだ」

「……ははっ、そんなの僕にもわからないよ」


 アルカはようやく落ち着いて笑ってくれた。

 俺の手を取り、立ち上がる。

 すると、さっきまで生えていた耳と尻尾が消えた。


「あ、消えた」

「感情が高ぶると出ちゃうんだ」

「落ち着いたってことか。他の獣人たちも同じなのか?」

「ううん。僕は純粋な獣人じゃなくて、少しだけ獣人の血を引いているだけなんだ。お爺ちゃんが獣人だったみたい」


 獣人と人間のクオーターということらしい。

 この世界では異なる種族どうして子をなすことは珍しい。

 種族ごとに習慣や生きる場所が違うから、基本的には交わらないのだ。

 また異なる種族同士の子供でも、両方の特徴が遺伝するとは限らない。

 アルカ曰く、獣人の特徴が現れたのは自分が初めてだったそうだ。


「普通にしてれば人間のままだから、別に不便はしてないよ? でも昔は、泣いたり笑ったりする度に、耳と尻尾が生えて大変だった。お友達にもビックリされて、距離をおかれて……」

「アルカ……」


 亜人種への差別は、血を引いているだけでもあるようだ。

 彼女は幼い頃から苦しめられてきた。


「だから助けたのか。咄嗟に」


 彼女は小さく頷く。


「きっと理由があると思うんだ! みんなだって! きっと平和に暮らしたいだけなんだよ」


 縋るように俺の腕を掴みながら、アルカは瞳を潤ませる。

 奴隷として虐げられる同胞を見た直後だから、というのもあるだろう。

 獣人を奴隷……もとい、使用人にしている公爵の家に、獣人のレジスタンスが現れた。

 偶然か?

 いや、偶然じゃないのなら……。


「彼らの目的を知る必要があるわね」

「エリカ」

「姫様!」


 報告を終えてエリカが戻ってきた。

 治療を終えたセミレナも一緒だ。


「聞いてたのか?」

「途中からよ」

「……」


 アルカは俺の後ろに隠れてしまう。

 二人にも、自分の正体が知られてしまったから。


「心配いらないわ。私は亜人種への偏見を持っていない。アルカが何者でも、あなたへの態度は変わらないわ」

「姫様……」

「私も同じです。この世界で共に生きる者同士、命に優劣などありませんから」

「セミレナも……」

「だってさ? よかったな」

「……うん」


 俺たちは勇者パーティーだ。

 見た目で差別するような人間は、選ばれたりしないだろう。

 アルカの不安は杞憂だったな。

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