幽霊が仲間になりました③

 歴史はそんなに詳しくないんだ。

 俺にあるのは、ゲームとか漫画で得たごちゃまぜの知識だけ。

 これじゃ正解にはたどり着けない。

 ため息をこぼす。


「力になれず申しわけない。その分、剣技で補おう。拙者、自分のことはわからぬが、磨き上げた剣技と、この刀のことならわかる故に」

「うむ。さて、ちょうどよい物差しがきたでござるな」

「え、物さ――!」


 魔物の気配に気がつく。

 現れたのは森でも遭遇したグレイウルフの群れだ。

 数はそこまで多くない。

 目視で五匹程度。


「食べ物の匂いにつられてきたのか?」

「かすかではるが、あの男と同じ気配を感じるでござるよ」

「バルバトスの?」

「左様。おそらくは、飼いならされていたのではないか?」


 そういえば、町の人が言っていた。

 この辺りは悪魔以前に魔物すら出現しない安全な地域だと。

 グレイウルフは元々いたのではなく、バルバトスが放った使い魔だったのか?

 飼い主を失った獣が、餌を求めてやってきた。


「せっかく町はお祭り騒ぎだってのに」

「邪魔するのは無粋でござるな。どれ、拙者たちで対処しよう」

「……まぁそうだな」


 俺だけで戦うのか。

 正直ちょっと不安だが、グレイウルフは一度戦っている。

 油断しなければ問題ない。


「安心するでござるよ。拙者とこの愛刀を握れば、お主も立派な侍だ」

「見た目だけだろ」

「否、文字通りでござるよ」

「は? 何を言って――」


 話の途中だが、グレイウルフの群れが襲い掛かってきた。

 咄嗟に妖刀を抜く。

 身体は軽くなり、まるで誰かに動かされているかのように、ウルフの攻撃を往なす。

 

「その刀には、拙者の経験、技量が宿っているでござる。抜いている間、主はそれらを読み取り、扱うことができるようになる」

「なるほど。だから身体が勝手に動くのか」


 使ったことがない刀。

 誰かに教わったわけじゃないのに、身体が覚えている。

 この違和感の正体は、小次郎の経験を憑依させているからなのか。

 身体が他人に動かされているような感覚も、今の俺を動かしているのが、小次郎の経験だから。


「もっとも経験を読み取るだけで、動かすのはあくまでお主自信だ。お主が成長しなければ、その力を最大に引き出すことはできないでござる」

「そういうことね」


 グレイウルフを二匹斬り裂く。

 俺自身の経験じゃない。

 俺が弱ければ弱いままなのは理屈もわかる。

 一か月で成長こそしたが、所詮は付け焼刃だ。


「バルバトスにはまったく歯が立たなかったしな」

「そういう時は、拙者の出番でござる。身体をちと、拙者に預けてもらえぬか?」

「どうやって?」

「心の中で許可を出すのでござる。拙者に身体を預ける許可を」


 心の中で……。

 戦闘中だが距離もある。

 俺は目を瞑り、小次郎の意識に集中させる。


 えっと……。

 どうぞお入りください?


 直後、魂の入れ替えが発生する。

 自分の肉体から魂が抜け落ちる感覚は、なんとも奇妙だ。

 そして代わりに、半透明だった小次郎の魂が俺の身体に入っていく。

 立ち位置がかわる。

 次に目を開いた時、俺は俺にあらず。


「これにて準備は整ったでござる」


 俺の肉体に憑依した小次郎は、笑みを浮かべて刀を振るう。

 変化を気配で悟ったのか。

 グレイウルフたちは警戒を強めていた。


「怯えることはないでござるよ。さぁ、来るがいい獣の群れよ」


 挑発する。

 グレイウルフが一斉に襲い掛かるが、小次郎はその場から一歩も動かず、目にも止まらぬ速度で刀を振るった。

 襲い掛かってきたウルフは、勢いをそのままに通り過ぎる。

 三匹とも、真っ二つになって。


 ぐちゃっと地面に落ちた死体。

 主観で見ているはずの俺にも、完全には認識できなかった。

 バルバトスとの戦いと同じだ。

 これが……。


「これが剣術でござるよ」

「――!」


 凄いと思った。

 これは素直に感心した。

 剣士というのは、剣術というのは……極めればここまで強くなれるのか?


「褒めてもらえるのは嬉しいが、拙者はまだまだ修行中の身でござるよ」

「いやいや、十分すぎるだろ。これだけ強いなら、魔王だって斬れるんじゃないか?」


 バルバトスとの力の差を見せつけられて、魔王討伐なんて無理なんじゃないかと不安になっていた。

 ちょっと希望が出てきたぞ。


 戦闘が終了し、妖刀を鞘に納めると肉体の主導権も切り替わった。

 その直後、どっと疲れが押し寄せる。


「うおっ、身体が重い……」

「それだけ負担が大きいということでござるよ」

「な、なるほど……」


 これが憑依のリスクか。

 俺の身体は未熟だから、完成された小次郎の剣技を体現するには相応の体力がいる。

 わずか数秒でこの疲労感。

 そう言えば、バルバトス戦の直後も、俺に戻ったら一気に疲れが押し寄せて、その場で倒れ込んだ気がする……。


「多用はできないってことか」

「長時間の憑依を目標にするなら、相応の鍛錬が必要でござるよ」

「特訓あるのみってことか。毎日走り込みとかして」

「体力づくりは必要でござるな。ただ、注意すべきは肉体への負荷だけではござらん。拙者の立場から言うことではないが、この力は――」

「小次郎?」

「誰かが近づいてきているようでござる」


 小次郎が視線を向けた先には、エリカの姿があった。

 彼女は呆れた顔で言う。


「魔物の気配がしたから来てみたけど、もう終わったみたいね」

「ん? ああ、まぁな」

「そう。ところで、さっきから一人で何をブツブツ話しているのかしら?」

「うっ……別に? ちょっと考え事をしてただけだ」


 こいつには小次郎の姿も声も届いていない。

 端から見れば、俺が独り言をつぶやいているようにしか見えない。

 これもリスクの一つだな。


「何か隠しているわね」


 エリカが詰め寄ってくる。


「か、隠してないけど?」

「嘘ね。あなた、動揺すると口が開くのよ?」

「え!」


 ま、まじで?

 そんな癖があったのか?


「嘘よ」

「嘘かよ!」

「ええ、でも図星みたいね」

「くっ……」

「策士でござるなぁ」


 小次郎は感心していた。

 関している場合じゃないだろうが。

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