幽霊が仲間になりました②

 俺が素直に喜べない一番の理由。

 それはこいつだ。

 さっきから俺の背後でブツブツ言ってる侍!


「伝えたであろう? 拙者は流浪の侍でござるよ」

「そうじゃなくて! なんで侍が俺のスタンドみたいになってんの?」

「スタンド? なんでござるか?」

「背後霊みたいになってるんだって意味だ!」


 咄嗟に某漫画のネタが飛び出したが、まさに状況的にはそんな感じなんだ。

 あの戦いで侍に身体を乗っ取られた後、すぐに肉体の主導権は俺に戻ってきた。

 それはよかったのだが……。

 侍は幽霊みたいな半透明の状態で、俺の背後に浮かんでいる。

 姿は俺にしか見えていないらしく、声も俺だけに聞こえている。


「実際、拙者は幽霊でござるよ」

「ま、まじか……」

「左様。その刀、生前に拙者が愛刀として使っていたものでござるな」

「こいつが……」


 今も腰に携えている妖刀。

 この刀に、目の前の幽霊が宿っていたということらしい。

 幽霊が憑依してるって、マジの妖刀じゃないか。


「いかにも妖刀でござるな」

「――! お前! もしかして俺の心を……」

「わかるでござるよ? 拙者の魂は今、お主の肉体に宿っているでござる。故に、拙者にはお主の感情が理解できる」

「まじかよ……」


 思ったことが全部こいつに伝わるってことか?

 なんて羞恥プレイだ。


「それだけではござらん。お主の肉体に宿る記憶も、少々覗かせてもらったでござるよ」

「は?」


 記憶……?

 っておい、まさかと思うが……。


「おかげで、お主が置かれている状況。この世界についての知識も得ることができた。感謝しているでござるよ」

「プライバシーって言葉知ってるか!」

「もちろん知っているでござる。お主の記憶にあった言葉や知恵ならば、すでに学習済みでござるからな。難しいことはわからんが」

「くっそがぁ!」


 最悪すぎるだろ!

 感情が漏れるどころか、これまでの記憶も全部筒抜けってこと?

 プライバシーの侵害だぞ。

 こういう場合はどこに訴えればいいんだ?

 裁判所……この世界に裁判所はないのか!


「あっても無意味でござろう。今の拙者は亡者故に、お主以外には見えぬ。聞こえもせぬ声を代弁したところで、お主が変人と思われるだけでござるな」

「くっ……」


 詰んでるじゃないか。

 俺以外に認識できないことは利点もあるが、要するに誰にも相談できないという意味でもある。

 この特大の厄ネタを、俺一人で処理しろっていうのか?

 絶対無理だから……。


「っていうか、そこまでわかるなら自分が何者かくらいわかるだろ」

「それがわからないのでござるよ」

「は? なんで?」

「拙者にわかるのは、その刀が拙者の愛刀であったこと。拙者が侍であったこと……そして、この身に染みついた剣術のみでござる」


 侍は自分の右腕を左手で強く握りしめる。

 もどかしさが伝わってくる。

 俺の感情が彼に伝わるように、彼の感情も俺に伝わるようだ。

 なんとも奇妙な気持ちになる。

 心の中に大きな穴がぽっかりと開いたような……。


「お前……」

「すまぬな。拙者にも、なぜこうなったのかわからないのでござるよ。ただ未練はあった……そうでなければ、妖刀になどならぬ故に」

「未練……何なんだ?」

「わからないでござるよ」


 彼は寂しそうに笑う。

 心に空いた大きな穴から、寂しさと虚しさが伝わってくる。

 そんな感情を共有されたら、怒るに怒れないじゃないか。


「まぁ、助かったのは事実だしな。ありがと」

「礼には及ばないでござるよ。拙者も驚いた。お主が初めてでござった。拙者の魂を呼び覚まし、憑依されることができたのは」

「そうなのか? なんで俺だけ?」

「推し量るに、拙者の魂との相性があるのでござろう」

「相性……」


 男と相性バッチリなんて全然嬉しくないな


「そう寂しいことを言わないでほしいでござる。お陰でこうして意思を表に出せる。久方ぶりに、世界を感じることができた。感謝しているでござるよ」

「そりゃどうも」


 結局、何もわからないってことか。

 何かないか?

 こいつの正体に繋がるヒントみたいな……。


 ふと思い出す。

 バルバトスとの戦闘を。


「燕返し……」

「む? 拙者の剣術がどうかしたか?」

「燕返しって、あの有名な佐々木小次郎の技だろ!」

「佐々木……小次郎?」


 巌流、佐々木小次郎。

 物干し竿と呼ばれる長刀を扱う大剣号で、宮本武蔵との決闘は現代にも伝わるほどの名決闘だ。

 彼の真骨頂とも呼べる技こそ、燕返し。

 空を自由に飛ぶ燕を斬り落とすために生まれた絶技。

 辛うじて見えたのは、複数の斬撃をほぼ同時に振るっていたこと。

 あれが燕返しだというなら、この男こそが佐々木小次郎本人ということになる。

 ゲームや漫画でも登場するキャラクターだ。

 もしもそうならテンションが上がる。


「はて……名は聞いたことがある気はするが……きっと違うでござる」

「な、なんで?」

「勘でござるよ」

「勘? そんなテキトーな……」

「テキトーではござらん。拙者が何者かは未だにわからぬが、佐々木小次郎という名ではないことはわかるでござるよ」


 侍はそう断言してしまった。

 彼の感情も伝わるから、心からそう思っていることもわかる。

 ここまでハッキリと明言するんだ。

 本当に違うのだろう。


「確かに……」


 佐々木小次郎なら物干し竿のような刀を使うはず。

 実際の歴史がどうかは知らないけど、少なくともこの男の愛刀は、物干し竿と呼ぶには短い。


「別人なのか……」


 なんかガッカリしたな。


「うむ。期待に沿えずに申し訳ない。だが名がないと不便でござるな! 思い出すまでは、拙者は小次郎と名乗るでござるよ」

「好きにしてくれ」


 偽者の勇者と、偽者の佐々木小次郎のセットか。

 ははっ、どんなギャグだよ。


「そういえば、お主の名は聞き覚えがあるでござるな」

「え?」

「宮本、総司……うむ。生前、似た名前の剣士に会ったことがある、気がするでござる」

「それって……」


 宮本武蔵のことじゃないか?

 だとしたらやっぱり?


「いや、覚えがあるのは名のほうだ。性ではない」

「総司のほう?」

「そうでござる。ソウジ、総司……懐かしさすら感じるでござるな」


 小次郎の感情が流れ込んでくる。

 俺の名前は、とある幕末の剣士からとったものだと、以前に父親から教えてもらった。

 新選組一番対組長、沖田総司。

 幕末の怪物、最強の剣豪と呼ばれた男の名を貰った。

 俺の父親は新選組が好きらしく、中でも沖田総司がお気に入りだから、子供の名につけたらしい。

 おかげで俺の名前は、宮本総司という時代が違う剣豪をミックスした感じになった。

 名前だけで剣道部にスカウトされたこともある。

 まったくいい迷惑だ。


「沖田……沖田総司! 知っている気がするでござるよ!」


 俺の心の声を読み取って、小次郎はひらめいたような顔を見せる。

 沖田総司は幕末の武士だ。

 それを知っているということは……。


「お前も幕末の武士か?」

「かもしれぬ」


 幕末ってことは、本格的に佐々木小次郎とは別人だな。

 いよいよ誰なんだ?

 沖田総司を知っているなら、新選組の隊士だったとか?


「ダメだ。わからん」

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