幽霊が仲間になりました①
町の名前はトリタス。
王都からも近く、町の規模としては大きくないが、農業が盛んな地域らしい。
儲かっているのか一軒一軒の建物も大きかった。
町の規模の割に人口が多いのは、それだけ安全で住みやすい場所だからなのだろう。
それも当然だ。
王都から近い時点で、何かトラブルがあれば王国の支援が受けやすい。
魔王軍との戦闘が激化しようと、この町が襲われるのは王都と同じタイミングだろう。
だからこそ、今回の魔王軍幹部の襲撃は予想外だった。
混乱と恐怖を招いた悲劇は、勇者一向によって解決された。
よって、どうなるか?
もちろん……。
「勇者様ばんざーい!」
「ばんざーい!」
見ての通り。
町をあげてのお祭り騒ぎである。
町にあるすべての飲食店を解放し、場所を提供。
さらに町の人たちが総出で料理や装飾を手伝い、一瞬にして夏祭りみたいな雰囲気になった。
みんな楽しそうに食事をしながら、無事を祝っている。
「これ美味いな!」
「どんどん食べてください。お代わりもありますよ?」
「いいの?」
「もちろん! あなた方は英雄です! 今宵は我々のことなど一切気にせず楽しんでくださいませ!」
「やったー!」
一番はしゃいでいるのはアルカだった。
元々明るく元気な性格だから、こういう祭りは好きなのだろう。
振る舞われる食事を次々に平らげていく。
その食べっぷりに感心する老人たち。
一体あの小さな身体のどこに入るのやら……。
「聖女様、息子の怪我を治していただきありがとうございます」
「お礼など必要ありません。傷つき苦しむ方々が一人でも安らかに生きられる。そんな世の中を主も望んでおります。私は主の願いを体現する聖女です」
「ああ、聖女様は偉大なお方だ」
「うん。女神様の祝福を一番に受けている方だな」
聖女であるセミレナは、襲撃で傷ついた町の人たちを祈りの力で治療した。
彼女のおかげで、この戦いにおける負傷者はいない。
俺やアルカたちの怪我も彼女が治療してくれている。
自分だって疲れているのに、疲れた顔を一切せずに治療する姿は、まさに聖女そのものだった。
あとで俺も改めてお礼を言おう。
それから、姫様も当然大人気だ。
「エトワール王国の姫様にお会いできるなんて、なんと光栄なことでしょうか」
「お噂通りお美しい」
「ありがとうございます。私も、皆様と出会えて幸運でした」
「なんと嬉しいお言葉を!」
「ああ、まるで女神様のようなお人だ」
エリカはお淑やかに微笑む。
民衆の前だ。
もちろん、お淑やかモードで接している。
特に町の若い男たちがこぞって彼女の周りに集まっていた。
気持ちはわからなくもない。
一国の姫様がこんな間近で見られるチャンスはないだろう。
中身を知っている俺からみたら、とても滑稽ではあるが……。
楽しそうだからそっとしておこう。
と、いう感じで。
魔王軍幹部バルバトスから町を守った俺たちは、英雄扱いを受けている。
「勇者様! あれ見せて! シュって斬ったやつ!」
「え、あー。あれは悪の存在にしか見せられない勇者の奥義なんだ。今は見せられないんだよ」
「えぇー! みたいみたい! 格好良かったのに!」
「こら! 勇者様に迷惑をかけないの!」
駄々をこねる子供を注意する母親。
母親は頭を下げる。
「すみません勇者様。息子がご迷惑をおかけして」
「いえ、いいですよ。子供ですから」
「そういって頂けると助かります。勇者様のご活躍を見て、息子もすっかり勇者様のファンになったようで」
「そ、そうですか」
目を輝かせる幼き少年。
母親も感謝の言葉を何度も口にしていた。
他にも子供たちや、その両親が集まり、次から次へと感謝の言葉をくれる。
「さすがは勇者様! 魔王軍幹部を一撃で倒してしまうなんて」
「運がよかっただけですよ」
「そんなことはないでしょう? バルバトスと言えば、最前線で王国の騎士団を何度も壊滅に追い込んでいる猛者です。奴に蹂躙された街や村は数知れず……勇者様方がいらっしゃらなければ、我々の町も滅んでいたでしょう」
違うんです。
そもそも俺たちを殺すためにバルバトスが来たんです。
逃げてこの町に転移しなかったら、あいつは町に来ることもなかったと思います。
「勇者様の聖剣をこの目で見ることができるなんて! これほどの栄誉はありません」
「あはははっ……」
聖剣じゃないんです。
こいつは通販で一万円で購入した妖刀なんです。
「勇者様がいらっしゃれば、人類の未来も明るい! さすがは女神様に選ばれしお方だ!」
すみません。
全然選ばれてません。
むしろ本物の勇者の召喚を妨害しちゃった戦犯です。
「本当にありがとうございます。町長として心からのお礼を。足りないかもしれませんが、旅の軍資金にしていただければ」
どさっとお金を目の前に置かれる。
エリカの元で勉強したから、お金の価値もなんとなくわかる。
目の前の大金が、この規模の町にとってどれだけ貴重なのかもわかってしまう。
それを惜しみなく手渡そうとする感謝の心。
染みる……とても痛い。
「ゆ、勇者として当然のことをしたまでですから。報酬は受け取れませんよ。このお金は、町の修繕や人々のケアに使ってください」
「なんと慈悲深きお方だ。女神様は勇者に、最高のお方を選ばれたようですね」
「あ、はははは……」
もうやめてくれ。
それ以上、俺を褒めないでくれ!
耐えられないから。
「す、すみません。ちょっとお手洗いに」
「はい。どうぞご自由にお使いください。何かあればお呼びいただければ、すぐに向かいますので。必要ならお尻をふいたりも」
「結構ですから!」
俺は逃げるようにその場を立ち去った。
トイレに行くふりをして、人の視線がない町の外周へとかける。
息をきらし、周りに誰もいないことを確認してから……。
「まっ――たく喜べない!」
嘆いた。
言葉通り、全く喜べない。
魔王軍幹部の討伐。
出発していきなり大金星を挙げたわけだが、素直に喜べないのには色々理由がある。
町を巻き込んだのは俺たちの判断だし、一度は逃げることも考えた。
それでも立ち向かうことを覚悟したのは、我ながら頑張ったと褒めるべきだろう。
ただ……それ以上に……。
「どうしたのだ? 厠に向かうのではなかったのか?」
「……」
「用を足すなら早めにな。我慢しながらでは剣を振るう手も鈍るというもの」
「だから! お前は誰なんだよ!」
俺は叫んだ。
町の人たちがお祭り騒ぎなのをいいことに、全力で。
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