序盤に出会う敵じゃない④

 空間転移。

 テレポートの魔法を使用し、俺たちは森の外へと脱出した。

 移動先は小さな町の入り口。 


「テレポートなんて使えたのか」

「ええ。行ったことがある場所にしか移動できないし、魔力の消費が激しいからあまり多用はできないわ」

「助かったよ。あのまま戦ってたらどうなってたか」


 確実に全滅していた。

 逃げられたのは幸運だったと思う。


「ここは?」

「近くにあった町よ。視察で一度だけ来たことがあるわ」

「結構遠いのか?」

「それなりかしら。馬車で三時間くらいね」


 少なくとも十キロ以上は離れているっぽいな。

 それならすぐには追ってこれないだろう。

 

「いきなり馬車を失ったわね」

「命があっただけよかった思おう」

「それもそうね」


 俺とエリカは特に安堵していた。

 お互いの目的もあるが、一番は身の安全だ。

 アルカは逃げてしまったことを不満そうにむくれている。

 そんな彼女を宥めるセミレナ。


 さて、これからどうするか。

 話を切り出そうとしたとき、町中で爆発音が鳴り響く。

 と同時に、悪寒がした。


「おいおい……嘘だろ!」


 俺たちは慌てて町の中へ駆ける。

 そして最悪を目撃する。


「きゃああああああああ!」

「た、助けてくれぇ!」

「騒ぐんじゃねーよ! 逃げれば問答無用でぶっ殺すぞ」

「バルバトス!」


 俺は幹部の名前を叫んだ。

 バルバトスが町の人たちを襲っている。

 

「よぉ勇者共! 遅かったじゃねーか」

「な、なんでここに……」

「転移が使えるのは自分たちだけだと思ったか? オレ様は幹部だぜ?」

「くっ……」

「想定が甘かったわね」


 エリカも焦りを露にする。

 逃げられたと安堵したのもつかの間。

 奴は町の中に先回りして、人々に牙をむいている。

 血を流し倒れる男性や、泣き喚く子供。

 怯える人々の視線が、俺たちに集まった。


「ゆ、勇者様ですか! どうか私たちを助けてください!」


 縋る思いで俺たちに懇願する。

 バルバトスは笑みを浮かべて言う。


「これで逃げられねーなぁ! 勇者ぁ!」


 くっそ最悪だ!

 町の人たちを人質にとって、俺たちが戦うしかない状況を作られた。

 これじゃもう……。


「戦うしかないよ!」


 一番好戦的なアルカが大剣を構える。

 確かにその通りだ。

 腹をくくるしかない……のか?

 相手は幹部、力の差は――


「かかってきやがれ。少しはオレ様を楽しませてくれよ」


 一分だ。

 たった一分、俺たちは戦った。

 

「おいおい、この程度かよ」

「くっ……」


 アルカは大剣を地面に突き刺して、辛うじて立っている。

 エリカは魔力切れを起こし、セミレナは人々を結界で守りながら疲弊していた。

 俺も何度も攻撃を受け、頭から血が流れる。

 全員がボロボロだ。

 わかっていたことだ。

 力の差なんて。


 でも、ここまで……。


 圧倒的なのか。


「やばいな……これ……」


 本当にやばい。

 このままじゃ全員殺される。

 死を目の前にして、身体が震えた。

 今すぐ逃げ出したい気分だ。


 しかし、アルカが立ち上がる。


「まだ……終わってないよ!」

「立つか。だが、勝ち目なんてねーと理解しただろう?」

「関係ないよ! 勝てるから戦うんじゃない! 勝たなきゃいけないんだ!」

「――!」


 アルカが吠え、立ち向かう。

 笑みを浮かべるバルバトス。


「威勢だけはいいな! いいぜ? てめぇから順番にいたぶってやるよ! 惨めに泣き叫ぶまでなぁ!」

「泣くもんか! 僕たちは負けない! 絶対に!」

「アルカの言う通りですね」


 辛いのに微笑みを崩さず、セミレナも立ち上がる。

 それと同時にエリカも。


「援護するわ。残り魔力も少ないけど」


 魔法陣を発動させる。

 満身創痍、魔力も体力も限界に達しているのに。

 どうして立ち向かえる?

 勝てるはずがないとわかっているのに。


 誰も、俺のほうを見ていない。

 全員がバルバトスを見つめている。

 実感した。

 彼らは全員、勇者パーティーに選ばれる理由がある。

 恐怖におびえ、苦しんでいる人たちを前にして、逃げ出すことはできない人間なんだ。

 あの性格が悪いエリカでさえ、勇敢に立ち向かう。

 決定的に違うんだ。

 偽者の俺とは……。


 今なら逃げられる。

 誰も俺を見ていないし、距離的にも遠い。

 こっそり逃げれば間に合うかもしれない。

 元々勇者じゃない。

 間違いでこの世界にやってきたんだ。

 死刑が嫌で勇者のふりをしていたけど、死んでしまうなら意味がない。

 生きるために頑張ったのに、ここで死んだら……。


「おおおおおおおおお!」

「聖なる加護よ!」

「マテリアルバレット!」


 三人が必死に戦っている。

 全力を振り絞った攻撃がバルバトスに当たるが、土煙の中から無傷で再び現れる。


「いい加減飽きたな」

「ぐっ!」


 アルカが首を掴まれてしまう。

 絶体絶命の窮地。

 助けたくても、エリカとセミレナも限界だった。


「いくら頑丈でも、喉を潰せば終わりだろ?」

「がっ、つ……」

「はっ! いいなその目! まだ諦めてねーのか」

「ボ、クは……負け……」


 本当にどうかしている。

 使命とか役割とか。

 そんなもののために命を張れるのか?

 他人のために命をかけられるか?


 俺はやっぱり勇者じゃない。

 偽者だ。

 でも――


「くそっ」


 不思議と身体は動いた。

 勝てるわけがないとわかっているのに。

 俺は勇者じゃないのに。

 けれどここで逃げたら、勇者の前に人じゃなくなる気がしたから。


 恐怖にかられながら、死を覚悟して妖刀を握った。


 ――お主の意思、伝わったぞ。


「へ?」


 誰かの声が聞こえた瞬間、ふっと身体が軽くなった。

 まるで身体が宙に浮かんだような。


「じゃあな、勇敢なだけの人間ども」

「が、うぅ……」

「御免」

「――!」


 瞬間、アルカを掴んでいた腕が両断される。

 落下するアルカを抱きかかえ、後ろへと下がった。


「がっ! オレ様の腕をぉ……」

「ごほっ、う、ありがとう! ソウジ――君?」

「恐怖を乗り越え立ち向かう姿、見事であったぞ」


 ゆっくりとアルカを地面に降ろし、自分は妖刀を握ったままバルバトスのほうへと歩く。

 その後ろ姿に、エリカも違和感を覚えていた。


「……ソウジ?」

「勇敢な乙女たちよ。よく戦った」

「てめぇ……勇者ぁ!」

「あとは拙者に任されよ」


 なんか格好よく妖刀を構えているが……。


 誰だこいつ!

 おい!

 どうなってるんだ?

 俺の身体が勝手に動いているんだが!


「そう慌てるな。拙者は敵ではござらん」


 ござらん?

 誰だよお前!


「はて、名は思い出せぬが何者であるかは明白……拙者はサムライでござるよ」


 侍?

 侍って、あの侍か?

 どういうことなんだ?

 なんで急に、こんな……。


「何をブツブツと! よくもオレ様の腕を!」


 おい、前!


「わかっているでござるよ」


 襲い掛かるバルバトスの攻撃をひらりとかわし、目に見えぬ速度で刀を振るう。

 ボトンと、腕が落ちた。


「ぐっ!」

「もう片方も落とした。これで測りも吊り合うおう」

「なめんじゃねー!」


 一瞬にして両腕が再生した。

 これには驚かされる。


「なんと! まるでお伽噺の蛇のようでござるな」

「腕なんざいくらでも再生できるんだよ! てめぇ……調子に乗りやがって。ぶっ殺してやる」


 今まで抑えていたのだろう。

 圧倒的な殺気と魔力があふれ出る。

 立っているだけでしょんべんを漏らしそうなほど恐ろしい。

 しかし、俺の身体に憑依した侍は歓喜していた。


「嬉しいかな。なれば首を斬り落とそう」


 侍が構える。

 中腰で、右斜め下に切っ先を向ける独特な構えだ。

 集中が俺にも伝わってくる。


「殺す!」

「真・巌流――」


 刹那。

 侍の視点で見ていた俺自身でも、見逃すほどの一瞬。

 

「――【燕返し】」

「――!」

(は? なんでオレ様があいつを見上げて……)


 ボトン、と。

 バルバトスの首が落ちた。

 この場にいた誰もが、俺自身も信じられなくて唖然とする。

 侍は妖刀を鞘に納める。


「異形といえど生物でござったな」

「てめぇ……」

「おお、これは驚いたでござる。首だけになっても意識があろうとは」

「……何者だ? てめぇ」

「はて? 名は思い出せぬ」


 消滅していくバルバトスの頭に向けて、侍はニコヤかに微笑み言う。


「拙者は侍でござるよ」

「サム……ライ?」


 疑問を残し、バルバトスは消滅する。


「これにて一件落着でござるな」

「お、おおお!」

「勇者様が勝ったぞ!」

「助かったんだ!」


 町の人々は歓喜し、安堵する。

 確かに一件落着だ。

 でも、それ以上に……。


 誰なんだよお前はああああああああああ!!


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


第二章はこれにて完結となります!

次章をお楽しみに!


できれば評価も頂けると嬉しいです!!

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