試し切りしたら異世界きちゃった③

「し、死刑って冗談ですよね?」

「そんなわけないじゃない」

「な、なんで?」

「あのね? 勇者っていうのは私たち人類の希望なの」


 王女様は続ける。

 世界は東西にで二分され、東を人間が統治する人間界。

 西を悪魔たちが暮らす魔界と呼ぶ。

 数百年に一度、魔界には魔王が誕生するという。

 魔王は悪魔たちを従えて、世界を手に入れれるために人間界へ侵攻を開始する。

 魔王の力は圧倒的だ。

 人類には対抗する手段がない。

 故に女神は、人類を守護する最後の砦として、聖剣を手にした勇者を生み出す。


 魔王に対抗するために生まれた奇跡の人。

 それが勇者だ。


「それを騙ったのよ? 死刑になって当然でしょう?」

「べ、別に騙ったわけじゃ!」

「あなたがどういうつもりでも関係ないわ。お父様たちは信じているもの」

「ま、まじか……」


 俺は落胆し、膝から崩れ落ちる。

 偽者だとバレたら死刑。

 すでに王女様にバレてしまった。

 つまり……。


「死刑確定よ」

「……」

「本来なら、ね?」

「え?」


 王女様はニヤリと笑みを浮かべる。

 とても意地悪な笑顔だった。


「バレたのが私でよかったわね。あなたには選択肢があるわ」

「選択肢……?」

「ええ。二つよ」


 王女様は指を二本立てる。


「一つは、正直に話して死刑になること」

「そ、それだけは嫌です」

「でしょうね? なら残された選択肢は一つだけ……本当に魔王を倒してしまうのよ」

「――!」


 俺が魔王を倒す?

 勇者でもないのに?


「そうすれば偽者も本物も関係ないわ」

「い、いやいや無理でしょ? 俺は勇者じゃないんだから!」

「だったら死ぬだけね」

「うっ……」


 それは絶対に嫌だ。

 けど、勇者のふりして魔王と戦えってことだろう?

 無理に決まっている。

 ゲームのバトルなら散々やってきた。

 でも、現実では喧嘩すら一度もないんだ。


「選択肢なんてないわよ? できなきゃ死刑……いやなら戦うしかない」

「くっ……」

「さぁ、どうするの? このまま死ぬ? それとも――」


 究極の二択だ。

 抗うことなく死を受け入れるか。

 それとも抗うか。

 振り返れば俺の人生は、大して面白くもなかった。

 家族ともしばらく話していないし、恋人や友人もいない。

 よく考えたら、必死になって戻る理由もない気がする。

 だったらここで死んでもいいか?

 苦しまずに逝けるなら、それはそれで……。


「ダメだ」


 俺は思い出す。

 そうだ。

 俺にはまだ、やるべきことがある。


「完結まで見てないんだよ。あの漫画……」

「まんが?」


 王女様は首を傾げていた。

 そんなことを気にせず、俺は拳を力一杯に握る。


「あーもうやってやるよ! 死にたくないからな!」


 俺が生き残るただ一つの方法。

 偽者の勇者が魔王を倒す。

 こうなったらヤケクソだ!


「俺が魔王を倒して、本物になってやるよ!」

「――決まりね」


 こうして俺の、辛く苦しい日々が幕を開けることになった。


  ◇◇◇

 

 魔王を倒すと決めたら即出発!

 というわけにはいかなかった。


「もう一周!」

「はぁ、はぁ……」

「大丈夫です? 勇者様」

「だ、大丈夫、です」


 全然大丈夫じゃない。

 見ればわかるだろ?


 俺は今、現役騎士たちの訓練に参加している。

 なぜかというと、俺が戦いの素人だからだ。

 勇者といえど、まともに剣を振るったこともない一般人。

 いきなり戦場に出れば、魔王どころかその部下にすら勝てないだろう。


 と、いうことで一か月の間に基礎的な訓練を積み、少しでも戦えるようにする。

 その間にこの世界についても勉強をしよう。

 王女様の提案によって、俺の強化訓練がスタートした。


「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……はぁ……」

「おい、勇者様大丈夫なのか? ものすごく苦しそうなんだが」

「大丈夫だろ? 聖剣に選ばれたんだ。これくらいは……平気だよな?」


 若い騎士たちが心配そうにちらちら見ている。

 大丈夫なわけがない。

 こちとら生粋のインドア派だぞ。

 運動なんて高校の体育以来やっていない。

 昔から体力がなくて、持久走の時間とかは地獄だった。

 気がつけば、近くを走っていた若い騎士たちもいなくなっている。


「ああ、思い出すなぁ。一緒に走ろうぜと言って、数秒後には裏切られたやつ……」


 俺が遅いのが悪いんだけどね。


「大変そうね」

「げっ! 姫様……」

「嫌そうな顔をするわね。いいのよ? あなたの正体をばらしても」

「すみませんでした! 会えて光栄です!」


 俺はピシッと背筋を伸ばしてお辞儀をした。

 この人には逆らえない。

 秘密を知られてしまっている以上、彼女の言葉は絶対だ。


「じゃあ、その勢いで最後まで完走しなさい。いいわね?」

「はい! うおおおおおおおおおお!」

「ふふっ、頑張ってもらわなきゃ困るわ。私のために」


 くそっ、くそぉ! 

 どうして俺がこんなことしなくちゃいけないんだよ!

 俺は勇者じゃないのに……。


「おー! 勇者様が追い上げてきた」

「さすが。我々よりも若いのに根性があるな。負けていられない!」

「はぁ……はぁ……」


 このままじゃ冒険に出る前に死ぬんじゃないか?

 しかし弱音を吐くわけにはいかない。

 姫様に見られている。

 秘密がバレれば即死刑なのだ。

 バレるならせめて冒険に出てからにしてくれ。

 王城の外ならワンチャン逃げられるから。

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