試し切りしたら異世界きちゃった②

 鞘に納めた妖刀を抱き抱えながら、ソファーに座り込む。

 ふかふかで気持ちがいいソファーだ。

 この感覚のリアルさも、これが現実である証明になっていた。


「はぁ……」


 この際、ここが異世界であることは認めよう。

 そうじゃないと次のことを考えられない。

 次……すなわち、どうやったら元の世界に戻れるのか。

 王城の人たちは勇者を召喚する儀式の最中だったらしい。

 そこで現れたのが俺だったみただが、今なら断言してもいい。

 俺は勇者なんかじゃない。

 だって聖剣とか持ってないし。

 王女様が説明してくれたことだけど、勇者に選ばれる人間は女神様から聖剣を授かるそうだ。

 そんな機会はなかった。

 女神様なんて会ったことも聞いたこともない。

 俺が手にしていたのは、通販で偶々購入した妖刀だけ。

 

「こいつの力で異世界に飛ばされたってことだよな?」


 そして偶然にも、勇者召喚の儀式の最中だった。

 要するに不慮の事故だ。


「そんなことある?」


 実際そうなったのだから仕方がない。

 ドッキリの種明かし待ちで好待遇にあやかったけど、今から本物の勇者じゃないことをカミングアウトするべきか。

 いや、その前に試してみよう。

 俺は立ち上がり、妖刀を構える。


「こいつで空間が斬れたんだ。同じことをすればまた――!」


 元の世界に戻れるかもしれない。

 俺は思いっきり刀を振るった。

 直後、空間に黒い亀裂が走る。 


「よし!」


 やっぱりできた!

 このまま空間に吸い込まれたら戻れる。

 

「よっしゃああ!」


 大喜びで空間の亀裂に飛び込んだ。

 この世界の人たちには悪いが、勇者召喚は改めてやってもらおう。

 そうすれば本物の勇者が現れて、世界を救うだろう。

 さようなら異世界。

 短い間だったけど、いい体験ができたよ。


「痛っ!」


 またしりもちをついた。

 落下からの衝撃は変わらず痛い。


「でもこれで元の世界に――いや何でだよ!」


 戻っていなかった。

 視界が開けて飛び込んできたのは、相変わらず豪華な部屋の内装だ。

 ちょっと雰囲気は違うけど、間違いなくエトワール王国の場内だとわかる。

 王国の紋章が壁に描かれているから。


「くっそ! 戻れたと思ったのに……」


 失敗なのか?

 もう一度試そう!

 同じように刀を振るった。

 そして空間が裂けて、穴に飛び込む。


「またかよ!」


 失敗した。

 また違う部屋に移動しただけだ。

 そうじゃない。

 俺は引っ越したいんじゃなくて、元の世界に戻りたいんだ。

 その後も何度も試して、失敗を繰り返す。


「はぁ……はぁ……」


 十回目くらいだろうか。

 一気に疲れて刀を振るうことすらできなくなった。

 汗を流してしゃがみ込む。


「なんで戻れないんだよ」


 空間を斬って移動はできる。

 しかし何度やっても、エトワール王国の王城から抜け出せない。

 加えてこの力、かなり体力を消耗するらしい。

 たかが十回振っただけなのに、もう腕が上がらない。


「やっぱり妖刀……」

「それは聖剣ではないのですね?」

「そりゃそうだろ? 俺は勇者じゃないんだから」

「――そうですか。あなたは勇者ではなかったのですね」

「だからそうだっ……え?」


 俺は一体、誰と会話をしているのか。

 気がついた時には、彼女と視線があっていた。


「お、王女様!?」

「おはおうございます」

「お、おはようございます……じゃなくて! なんでここに?」

「なぜって、ここは私の部屋ですよ?」

「え!?」


 俺は慌てて周囲を見渡す。

 よく見ると俺が借りていた部屋と全然違う。

 何が違うかというと、女の子の部屋っぽいのだ。

 ベッドも天井付のおしゃれなやつだし、カーテンも可愛らしいガラがついている。

 何より王女様の存在が、彼女の部屋であることを証明していた。


「す、すみません! わざとじゃないんです!」

「いえ、私も驚きましたが、それだけです。謝らないでください」


 王女様はニコリと微笑む。

 元の世界なら女性の部屋に無断で入った時点で犯罪成立なのだが。

 王女様の優しさに感謝しなければ。


「ところで、先ほど興味深いことをおっしゃっていましたね?」

「え、あ……」

「勇者ではないと。どういうことでしょう?」

「そ、それは……」


 しまった。

 聞かれているとは思わず、つい秘密を口にしてしまった。

 勇者でないことばバレたら怒られるんじゃ……。

 いやでも、王女様は優しそうだし、素直に相談したら協力してくれたり……?


 チラッと王女様を見る。

 ニコッと微笑んでくれた。

 よし、話そう!


「じ、実はですね」


 俺は素直に、事の経緯を伝えた。

 王女様は真剣に、静かに聞いてくれた。

 そして最後まで語り終えて、王女様は頷く。


「なるほど。つまりは不思議な剣の力で世界を渡ったと」

「はい。たぶん……」

「そうですか。それは……いいことを聞いたわ」

「へ?」


 なんだ?

 急に口調と雰囲気が……。


「要するにあなたは勇者じゃなくて、偽者ってことね」

「あ、まぁそうなりますね。でも、そもそも勇者じゃないから偽者でもないような?」

「そうね。けど、お父様も皆も、あなたが勇者だと思っているわ」

「それは誤解なので、ちゃんと説明しないといけないなと」

「説明? そんなことしたら、あなた間違いなく死刑よ?」

「し、死刑!?」


 驚きすぎて叫んでしまった。

 王女様は耳を塞ぎ、嫌そうな顔をする。


「うるさいわね。外に聞こえたらどうするの?」

「うっ、すみません……」


 さっきから何なんだ?

 優しくてお淑やかな雰囲気だった王女様が、急に態度が変わった。

 トゲトゲしいというか……テキトーな感じに。

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