試し切りしたら異世界きちゃった①

 状況を整理しようと思う。

 まずはこの状況に至る経緯を思い返そう。

 漫画を買ったんだ。

 試し読みで大好きになった漫画を全館衝動買いして、早朝までかけて一気に読破した。

 未完結作品だから続きが気になりすぎて、興奮して眠れなかったりもしたな。

 それでネットサーフィンしていたら偶然広告で模造刀が売っていた。

 徹夜でテンションがおかしくなっていた俺は、衝動的にそれを購入した。


 まではいい。

 問題はここからだ。


 届いた商品は画像と全く違うものだった。

 異様に重たいし、禍々しいし。

 けどデザインは嫌いじゃなかったから気に入って、試しに部屋の中で振ったんだ。

 居合のまねごとをして。

 そしたら……空間が斬り裂かれた。

 穴が開いた空間に吸い込まれて、気がつけば知らない場所に落下して。


 ここはどこだ?


「エトワール王国の王城……」


 いやどこだよ!

 エトワール王国なんて聞いたことないって!

 まさにファンタジーゲームの設定にありそうな名前だな!


「くそっ、どうなってんだよ……」


 訳のわからないまま、王女様に部屋へと案内された。

 高級そうなベッドやソファー。

 広さも俺の部屋の五倍はある。

 ここを自由に使っていいそうだ。

 食事も三食出るし、風呂も大浴場がある。

 着替えは用意してもらえて、お願いすれば手伝ってくれる。


「何なんだこの好待遇は!」


 理解できないまま流されて現在に至る。

 俺は未だに混乱していた。

 この状況と待遇に。

 だから気持ちと状況の整理が必要だった。

 状況の整理が終わり、導き出される答えは一つ……。


「そうだ。これは夢だ」


 こんなの夢に違いない。

 俺は徹夜明けで疲れていたし、まだ夢の中にいる。

 それ以外ありえない。

 だっておかしいだろ?

 通販で買った模造刀振ったら異世界に飛ばされるって何?

 どう考えてもありえない展開だ。

 異世界物の漫画はよく読むけど、あれはあくまでフィクションの世界。

 現実に起こるはずがない。


「夢なら痛くないはず――痛いな……」


 試しに頬をつねってみた。

 ちゃんと痛みを感じられてホッとする……いや逆だ。

 痛いのはダメだろ。

 夢じゃないってことの証明になる。


「ならドッキリだ! 誰かが俺にドッキリをしかけているに違いない」


 まったく困った奴だ。

 どこの誰だ?

 俺にドッキリなんて仕掛けた奴は!

 しかもこんな手の込んだセットと人まで用意してさ。

 

「ふっ、仕方ない。ネタ晴らしまで付き合ってやるか」


 たまにはこういうのも悪くない。

 友人たちの悪ノリに付き合ってやろうじゃないか。


  ◇◇◇


 三日後。


「ソウジ様、朝食の用意ができました」

「あ、ありがとうございます。そこに置いてください」

「かしこまりました」


 メイドさんが朝食を部屋に運んで去っていく。

 相変わらず豪華な朝食だ。

 味付けは独特だけど、慣れると普通に美味しい。

 なんという快適な生活。

 まるで高級ホテルに宿泊しているような気分だ。

 温かい紅茶を飲んで、ホッと胸をなでおろす。


「快適だなぁ……って違う!」


 バンとテーブルを叩いてノリツッコミをする。

 何を快適に暮らしているんだ?

 ネタ晴らしはまだか?

 もう三日も経っているのに、一向にドッキリ大成功のプラカードが出てこないぞ!


「さすがに長すぎる……でもドッキリだよな? 俺の友達が仕掛けた……はっ!」


 俺はここで、重要なことに気がついた。

 そういえば俺……。


「友達とか、いないじゃん」


 馬鹿な!

 なんてことだ!

 大学生活も二年目に入ったというに、恋人どころか友人すらいない。

 俺は灰色の青春を送っていた。

 ボッチ上級者の俺に、ドッキリをしかけてくるような友人がいるはずもない。

 不覚だった。

 もっと早くに気がつくべきだった。


「……ちょっと待て? ドッキリじゃないとしたら……」


 マジなのか?

 ガチなのか?

 ここは本当に異世界で、俺は勇者……?


 疑問を浮かべた瞬間、通なんで買った模造刀に視線が吸い込まれる。

 思い返す。

 そうだ。

 この模造刀を振ったら空間が裂けて、この世界に飛ばされた。

 ただの模造刀にそんなことが可能なのか?


「模造刀……だよな?」


 改めて模造刀を握り、抜いてみる。

 漆黒の刀身。

 模造刀ならステンレス製で、実際に切ることはできない。

 しかしこの重さだ。

 もしやと思い、近くにあった木製の椅子に向けて刀を構える。


「さすがに斬れるわけないよな!」


 模造刀なんだから斬れない。

 それを証明するために、木製の椅子に刃を振るった。


 スパッ!


「は?」


 普通に斬れたんだが?

 なんなら軽い力ですんなり斬れたぞ?

 斬り口も綺麗だし、模造刀って木が斬れるのか?

 それはない。

 つまり、この刃は本物だということ。


「え……じゃあ、これ……」


 ガチの妖刀なのでは?

 空間が斬れたのも、異世界に飛ばされたのも、この変な刀のせいじゃないだろうな?

 よく見るとデザインが妙に禍々しいし。

 変な黒いオーラ?

 みたいなのが見えるような気が……。


「ちょっと待て。待ってくれ! 通販で買ったんだぞ。一万円だぞ?」


 そりゃ貧乏学生には辛い値段だけど、真剣が一万円で買えるわけあるか!

 そもそも真剣が通販で売られていること自体がおかしい。

 ましてや妖刀だぞ。

 どこの誰だ!

 こんな危ない代物を販売した奴は!


「クーリングオフしたい」


 しかしできない。

 ここは俺が知っている世界じゃない。

 いい加減に認めるべきだ。

 三日も過ごしたのだから、ここが異世界である証拠は散々見せられている。

 夢でもなければドッキリでもない。

 ならば正真正銘、ここは異世界なのだろう。


「……まじかぁ……」

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