プロローグ②

 ピーンポーン。


「……ん? 何?」


 インターホンの音で目が覚める。

 無理やり起こされたようで、目覚めは最悪だった。

 眠いので無視したが、二回目、三回目と鳴る。


「あーもう! はいはい! 今行きますって!」


 イライラしながら玄関を開けた。

 待っていたのは黒い猫のマークが特徴的な宅配便のおっちゃんだった。


「おはようございます。宮本様ですね? お届け物です」

「俺に?」


 配達員が持っているのは長ぼそい段ボールだった。

 何か頼んだ記憶がない。

 伝票を見せてもらった。

 宮本総司と名前が書いてあるし、住所も間違っていない。

 品物名は模造刀……。


「あっ」


 買ったわ。

 漫画の影響で勢いに任せて、妖刀っぽい模造刀を買ったことを思い出す。


「サインかハンコをお願いします」

「はい」


 待たせるのも申し訳ないのでサインを済ませて、段ボールを受け取った。

 ずっしりと重い。


「早すぎないか? ん? いや待て」


 段ボールを玄関に立てかけ、急いでスマホの画面を見る。

 日付が変わっていた。

 外は明るい。


「丸一日寝てたってことか」


 最悪だ。

 貴重な休日を丸っと無駄にしてしまった。

 せっかくバイトもなくてのんびり過ごせるはずだったのに……。


「はぁ……」


 時刻は八時半。

 普段なら遅刻だが、今日の講義は午後からだから無問題。

 だから目覚ましのアラームも鳴らなかったのか。

 やれやれ、とんだ休日になってしまった。

 極めつけはこれだ。

 玄関に戻り、段ボールを抱えて部屋に移動させる。


「……どうするんだよ、これ」


 狭い部屋に長ぼそい段ボールが一つ。

 模造刀なんて買っても飾っておくスペースはない。

 しかも一万円もしたわけだ。

 冷静になって考えると、何をやっているんだと過去の自分を殴りたくなる。

 ただでさえ金欠で、食事だって節約しまくっているのに。


「とりあえず片付けるか」


 段ボールのまま放置のほうが場所をとる。

 中身を出して、段ボールはゴミに捨てよう。

 

「なんか妙に重いな。模造刀ってこんなに重いのか?」


 不思議に思いながら段ボールを開けた。

 中から出てきた模造刀に、俺は目を奪われる。


「……え?」


 なにこれ?

 購入ページに移ってたデザインと全然違うんだけど?

 中身が別物だった。

 黒をベースにしたデザインは一緒だけど、血のような赤い色が目立っている。

 鞘も独特な色合いで、稲妻のような模様が描かれていた。


「おいおいふざけるなよ。一万もしたんだぞ?」


 それで違う物が届いたって、普通に詐欺じゃないか。

 怒りがこみ上げる。

 しかしよく見ると、悪くないデザインだった。


「……これはこれで」


 アリかもしれない。

 まじまじと見つめながら、そんなことを思ってしまった。

 吸い込まれるように手を伸ばし、持ち上げてみる。


「重っ」


 本当に模造刀なのか?

 疑問に感じるほどの重さがずっしりと両手にくる。

 徐に柄を握り、ゆっくりと抜いてみた。


「おお……」


 漆黒の刃が朝日に照らされて鈍く輝く。

 この瞬間、俺の中に眠っていた中二心は再燃した。


「やばい。格好いい! そうそう、こういうのが欲しかったんだよ!」


 俺が求めていた妖刀のイメージにもピッタリ合う。

 テンションがあがった俺は、購入ページと別物であることなんてすっかり忘れてしまった。

 刃の先まで見えるところまで抜き、漆黒の刃に魅了される。


「これはいい買い物したんじゃないか? ちょっと試しに……」


 振ってみる?

 ここは狭いワンルームマンションだ。

 刀なんて振るスペースは、もりろんない。

 思いっきり振ろうものなら、壁や天井を傷つけてしまうだろう。

 わかっている。

 やっちゃいけないことなのは……でも、振りたい。

 かつてない葛藤が俺の心を侵食する。


「一回だけなら……」


 気をつければ大丈夫。

 天井にぶつかることを考慮して、振り下ろしじゃなくて居合にしよう。

 ベッドも端に移動させて、邪魔なものは全部避ける。

 部屋の中心にスペースを作り、購入したばかりの模造刀を鞘に納めたまま左の腰に構えた。


 鯉口を切る。


 いざっ!


「ふんっ!」


 模造刀を鞘から引き抜き、斬り裂いた。

 

 ――空間を。


「へ? うおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああ!」


 空間に亀裂が入り、黒い穴が開いた。

 穴は引力を持ち、俺の身体を宙に浮かせて吸い込む。

 何が起こったのか訳がわからないまま、俺は穴の中に吸い込まれてしまった。


「おおおおおおおおおおおおお!」


 何だなんだナンダ!?

 どうなってるんだこれは!


 頭は混乱し、身体はぐわんぐわんと回転する。

 視界は真っ黒で何も見えない。

 わかるのは自分の身体の感覚と、左手の鞘、右手の模造刀だけだった。


「いてっ!」


 どさっとしりもちをつく。

 着地した感覚がお尻から全身へと伝わった。

 どうやら落下していたらしい。


「いっつ……なんなんだ……よ!?」


 突然視界に飛び込んできたのは、西洋の宮殿のような部屋。

 部屋と呼んでいいものか。

 天井は体育館よりも高く、横幅もどこかのドームなのかと思えるほど広い。

 何より注目すべきは、俺のことを見つめている複数の視線だ。


 だ、誰だこいつら……。


 とても現代のファッションとは思えない風貌の男たちが、綺麗に整列して俺のことを見ている。

 見た目はヨーロッパの騎士?

 もしかしてここはコスプレ会場なのか?

 混乱する俺の周りから声が聞こえる。


「おお! ついに現れたぞ!」

「勇者様だ!」

「……は?」


 何を言ってるんだこいつら……。

 勇者? 

 おいおい勘弁してくれ。

 俺までコスプレの世界観に巻き込まないでほしい。


「陛下! 召喚の儀は成功したようです」

「ふむ。しかし召喚の聖句を唱える前に成功するとは、いささか驚かされた」

「はい。ですが間違いありません。腰に見たこのない剣を持っております。この者は紛れもなく勇者様です!」

「確かに、あれが噂の聖剣か」


 聖剣?

 本当に何を言っているんだ。

 俺が持っているのはただの模造刀だぞ。

 聖剣以前に刀だ。

 やれやれと呆れながら、混乱も落ち着いて冷静になる。

 俺は右手を挙げて、一番偉そうな王様のコスプレをしている人に尋ねる。


「あのー、ここどこですか?」

「ここは我が国、エトワール王国だ」

「いや、設定の話じゃなくて、どこの会場かって聞いてるんですけど」

「会場? ここは我が城だ」


 ダメだこの人、話が通じない。

 いつまでコスプレの話を続けているんだ。

 誰か話が通じる人はいないか?

 コスプレしていない人……係員とかいたら楽なんだけど。

 と、思っていたところで透き通るような女性の声が耳に入る。 


「お父様」

「エリカか」


 現れたのはドレス姿の綺麗な女性だった。

 金色の髪が特徴的で、瞳の色の青く澄んでいる。

 コスプレなのだろうけど、思わず見惚れてしまうほど美しい。

 そんな彼女が王様のコスプレをした男性の隣に立つ。


「きっと勇者様は混乱されているのです。いきなりこの世界に召喚されたのですから」

「うむ、それもそうか。ならば説明せねばなるまい」

「よければ私にお任せいただけませんか?」

「エリカがしてくれるのか? そうだな。今後のことを考えれば適任だろう。では頼むぞ」

「はい」


 優雅に、丁寧にあいさつをして彼女は俺の前に歩み寄る。

 一歩一歩踏みしめる姿勢が美しく、まるで本物のお姫様のようだった。

 コスプレもここまで真に迫ると本物だと誤解する。


「初めまして、勇者様。私はエリカ・エトワールといいます。あなたのお名前を教えていただけませんか?」

「えっと、総司です」

「総司様、突然このような場所にお呼びしてしまい、申し訳ありません」


 彼女は深く頭を下げた。

 なんだか申し訳ない気持ちになって首を振る。


「あ、いや、気にしないでください」


 近くで見るとより綺麗な人だとわかる。

 恥ずかしくなって目を逸らす。

 話し方も丁寧だし、この人はまともそうだ。


「あの、どこなんですか? 俺、家にいたはずなんですけど……」

「落ち着いて聞いてください。ここは、あなたがいた世界ではありません」

「いや、そういう設定じゃなくてですね」

「そうですね。見て頂いたほうが早いでしょう」


 お姫様は俺の手をとった。

 柔らかく温かい手に、思わずドキッとする。


「さぁ、こちらへ」

「あ、はい」


 訳もわからず彼女につれられて会場の外へ。

 大きな扉の先にあったのは、長く広々とした廊下だった。


 凄いなこの会場……。

 部屋だけじゃなくて廊下まで装飾されているのか。

 と、感心していた。


「ん?」


 窓があった。

 一瞬だけ見えた景色は、あまりにも現実味がなく思えた。

 気のせいだろう。

 窓の外も演出するように、異世界っぽい写真でも張っているんじゃないか?

 そう思っていた。


「これを見ていただければ、信じて頂けるはずです」

「なっ……」

 

 王女様に案内されたのは、ベランダだった。

 外が見える。

 そう、見えている。

 雲がゆったり流れる青空と、見たことがない街の景色が。

 コスプレ会場のために街一つ作るか?

 さすがにあり得ないだろ。

 よく見たら見たことない鳥も飛んでるし。


「ま、まさか……本当に……」


 ここは異世界なのか!?


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


プロローグはこれにて完結となります!

次章をお楽しみに!


できれば評価も頂けると嬉しいです!!

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