試し切りしたら異世界きちゃった④

「逃げられるとか思わないほうがいいわよ?」

「ギクッ!」


 午後からは王女様による異世界講座。

 この世界についての知識を、王女様自らが教えてくれる。

 開始早々、疲れ果てていた俺に王女様が核心をつく一言を浴びせた。


「旅に出た後でも逃げようとすれば死刑よ? 私も一緒に行くのよ?」

「くっ……」


 そうだった。

 エリカ・エトワール第二王女様。

 彼女は王女というだけでなく、王国最高の魔法使いの一人である。

 あらゆる魔法を使いこなし、複数の敵すら一瞬で蹴散らす。

 人々は彼女を、勝利の女神と呼ぶ。

 そんな彼女も魔王討伐に向かう勇者一向に選ばれていた。


「逃げたらその場で私が殺してあげるから」

「こ、怖すぎるだろ」

「嫌なら必死になりなさい。そのために私だって協力してあげているのよ」

「……」

「何かしら?」

「いや、なんで協力してくれるのかと思って」


 ここ数日、彼女と関わってわかったことがある。

 王女様は性格が悪い。

 国王や王城の人たちの前ではお淑やかな王女のふりをしているが、俺の前ではまったく違う。

 何かにつけて秘密をたてに脅してくるし。

 訓練でしごかれて悲鳴をあげる俺を見て、楽しそうに笑っていた。

 二人きりの時は畏まらなくていいと言って貰えたのは、正直かなり助かっているが。

 たぶんだけど、俺に見せているほうが素なのだろう。

 そして今やっている勉強もだ。


 なんでこのくらい理解できないの?

 頭の出来が悪いのね。

 可哀想に。


 と、何度も馬鹿にされた。

 頭が悪いのは自覚しているからいいとして、そんなに言わなくてもいいじゃないかと思う。

 俺は別に心が強いわけじゃないんだから。

 そんな意地悪な彼女だが、未だに俺の秘密は誰にもしゃべっていない。

 彼女の性格なら、とっくにバラして絶望する俺の姿を楽しんでいそうなものだが……。


「何が目的なんだ?」

「私はね? 運命の相手を探しているのよ」

「う、運命?」

「あるでしょう? この人と一緒になりたい。結婚したいと思える相手のことよ」

「……はぁ……」


 急に乙女チックなことを言い出したぞ。

 少し呆れる俺にムスッとして、王女様は続ける。


「何よその反応? 馬鹿にしているの?」

「い、いや別に! 意外だなぁと思いまして……」

「そう? 女の子なら誰だって憧れるでしょう? 私は運命の相手と巡り合いたい。でも王女って立場は大変なの。自分の意思だけじゃ結婚もできない。今だってそうよ」


 俺は首を傾げる。

 だから何だというのだ?

 その答えを、彼女は続けて説明してくれた。


「この国の王女はね? 現れた勇者が見事魔王を倒したら、その勇者と結婚することが決まっているのよ」

「え……?」

 

 それってつまり、俺と結婚するってこと?


「先に言っておくわ。絶対に嫌よ」

「っ……」

「なんであなたみたいなパッとしない男と結婚しないといけないの? 一目見て思ったわ。この人じゃないってね」

「くっ……」


 なんだろう?

 別にいいんだけど、すごくムカつく。


「でも、俺が魔王を倒したら結婚しなきゃいけないんでしょ?」

「そうね。あなたが本物だったなら」


 彼女はニヤリと笑みを浮かべて続ける。


「本物なら結婚の義務がある。でも、偽者だとわかったら結婚の必要はないわ」

「おいちょっと待て! その感じだと偽者だってバラす気だろ!」

「魔王を倒した後よ。それなら偽者でも非難されることはないわ。世界を救った英雄よ? 偽者だからって、誰が死刑にできるかしら? 民衆がなっとくしないわ」

「た、確かに?」


 そうなるのか?

 そうなってくれるなら安心なんだが……。

 少し引っかかる。


「私はね? 結婚する相手は自分で決めたいの。だからちょうどいい機会なのよ。この旅でいろんな場所に行けば出会いもあるわ。きっと運命の相手とも出会えるはずよ」

「……」


 彼女は胸の前で手を組み、夢見がちなセリフを口にしていた。

 乙女すぎる目的に、なんと反応すべきかわからない。


「何その顔? 私のこと馬鹿だと思ってるのかしら?」

「いや、全然!」

「そう? わかったら集中しなさい。あなたが生き残る道はこれしかない。私が運命の相手を見つける手段も同じ。利害は一致しているわ」

「なるほど。利害の一致か」


 逆にいいかもしれない。

 変な同情とかより、利害関係がしっかりしているほうがわかりやすい。

 俺は俺が生き残るために戦う。

 彼女も、自分の目的を果たすために俺を利用する。

 互いに利益を得るため利用し合う関係か。


「なら一応、味方ってことでいいんだよな?」

「そうね。今のところは」


 含みのある言い方だが、今は飲みこもう。

 どちらにしろ、彼女の協力なくして俺の無事はないのだから。

 

「確認は済んだでしょう? 時間もないし、早く終わらせるわよ」

「わかってるって。なんで異世界に来てまで勉強しなきゃいけないんだ」

「嫌ならいいのよ? 他の教育係に変わっても」

「いや、続投でお願いします」


 事情を知らない人と二人きりでお勉強。

 考えただけで窮屈だ。

 彼女は性悪だけど、秘密を知っている分、少しだけ気持ちが楽になる。

 その点は助かっている。


「……ん? そういえば、俺が偽者でよかったって言ってたよな?」

「ええ、理由も話したでしょう?」

「そうだけど、じゃあ勇者の儀式で本物が召喚されてたら……どうしてたんだ?」


 彼女の目的は、その時点で果たせなくなる。

 

「勇者が運命の相手だと思うのか?」

「それは会ってみてからじゃないとわからないわね」

「違うって思ったら……」


 どうする気だ?

 という質問に、彼女は目を逸らし、笑みを浮かべて答える。


「その時はその時よ」


 あ、この顔は絶対にロクでもないことを考えている。

 魔王討伐のどさくさに紛れて、勇者を殺しちゃおうとか考えているんじゃ……。

 

「それ以上の詮索はしないことね」

「……そうだな」

「ふふっ、賢明よ」


 怖すぎる。

 味方なんて言ったけど、実際この王女様が一番の敵なんじゃないか?


「一つだけ言っておくわ。私は何があっても妥協なんてする気はないわ」

「……」

「わかったら勉強の続きよ」

「はい……」


 これは是が非でも魔王を討伐しなければ。

 もしも失敗したり、無理だと思われた時は……俺の人生はこの世界で終わる。


 こうして、一か月の訓練期間を駆け抜けた。

 基礎体力トレーニング。

 剣術の指導。

 この世界に関する知識を学ぶこと。

 

 そして――


 妖刀の力の使い方。

 実際この刀が何なのかはさっぱりわからない。

 わかっているのは、ただの刀ではないこと。

 空間を斬り裂くことができること。

 俺にとっての聖剣の代わりだ。

 妖刀の力を使いこなし、魔王を討伐する。

 それで俺も、晴れて自由の身になる。


「頑張れ俺!」


 無事に生き残るために!!


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


第一章はこれにて完結となります!

次章をお楽しみに!


できれば評価も頂けると嬉しいです!!

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