第26話 先手

『緋色の旅団』拠点内部へ侵入したサフィニアたちは、地下への入り口を探していた。窓からなかを覗いても人影が見当たらなかったため、おそらく地下が真の拠点であろうと踏んだのだ。


「副長官! これを見てください!」


隊員がめくったカーペットの下にあったのは、地下への入り口をふさいでいると見られる四角形のフタ。サフィニアがアゴで隊員に指示し、フタの取っ手に指をかける。


「おお……」


視界に飛び込んできたのは、地下へと続く薄暗く長い階段。間違いない。これが真の拠点へといざなう階段だ。


「よし……俺が先頭で突っ込む。お前たちは俺のすぐ後ろを離れずついてくるんだ。わかったな」


危険を冒して先頭を行くのは、どさくさに紛れてアシュリーを抹殺するためだ。サフィニアは、魔導照明ライトで階段を照らしつつ、静かに地下へと降りてゆく。そして、突き当たりに部屋があるのを発見し、閉まっている扉のすき間から灯りが漏れているのを確認した。どうやら、あそこで間違いないようだ。



一方、地下拠点では──


「ああー! また団長の勝ちだーーーー!」


カードを放り投げてローテーブルの上に突っ伏すストック。ゲーム開始時からずっと熱くなっているストックに、アシュリーやザクロ、ガーベラたちが苦笑いを浮かべる。


「いや、でも団長本当に強いですね」


自身も負けが込んでいるガーベラが、そっとテーブルの上にカードを伏せながら小さく息を吐く。


「アシュリーは天才だからね。昔からこーゆーゲーム強いんだよ」


はあ、と深くため息を吐いたジュリアがソファの背もたれへ勢いよく体をあずけた。


「いやいや、別に全勝しているわけじゃないしね。それに、こーゆーゲームは運の要素も大きいんだよ?」


「まあ、そうだけどー」


ジュリアが唇を尖らせる。と――


「あの……」


若干ソワソワしつつ、静かに口を開いたデージーに、全員が目を向けた。


「どうしたの、デージー?」


「あの……何というか、誰かいるような気がするのです……気のせいかもしれないのですが……」


デージーがちらりと扉へ目を向ける。呼応するように、アシュリーたちも扉に注目した。



――いつでも室内へ突入できる体制を整えたサフィニアが、一つ深呼吸をする。


ふん……アシュリー自身は大した戦闘力もないし、おそらく何とでもなる。問題はダリアとジュリアだ。


武門の家に生まれ、幼少時より戦闘の英才教育を受けたエリート。さすがに、ダリアやジュリアと戦闘になったら勝つのは厳しい。というか、生き残れるかどうかも怪しい。数ではこちらが勝ってはいるが……。


これは一種の賭けだ。ダリアやジュリアをはじめ、戦闘に秀でたテロリストがここにいた場合、相当厳しい戦いになる。上にも大勢の隊員を配置しているので、最終的には勝てるだろうが……。


いや、臆するな。ここで『緋色の旅団』を一網打尽にできれば、俺の長官就任はほぼ間違いない。ここの勝負に勝ちさえすれば……!


ブルブルと頭を左右に振り、ネガティブな考えを打ち消したサフィニアは、もう一度大きく息を吐くと決心したかのように、灯りが漏れている部屋の扉、その取っ手に手をかけた。



──アシュリーやジュリアなど、組織の中枢に位置する幹部たちの鋭い視線が扉に集中する。デージーが口にした通り、たしかに扉の向こうに何かがいる気配を全員が感じていた。


隣に座るデージーを左手で抱き寄せたアシュリーは、空いている右手で背後の壁に立てかけてあった弓を手にとった。見ると、ジュリアもいつでも魔法を放てるよう魔力を練り始めている。


何とも言えない緊張感が漂うなか、扉の回転式取っ手がゆっくりと回る様子が目に入った。間違いない。誰かが外から扉を開けようとしている。そして、次の瞬間――



治安維持機関サイサリスだ! おとなしくし……ろ……?」


勢いよく扉を開き室内へなだれ込んだサフィニアたち一行。すぐさま戦闘態勢をとったのだが……。


思いもよらぬ光景に、思わず呆けるサフィニア。煌々と魔導照明の灯りが照らす室内には、人っ子一人いなかった。完全なるもぬけの殻である。


「な……なな……こ、これはいったい……?」


何が何だか分からず、サフィニアたちはしばらくカビ臭い地下室のなかで佇んでいた。



──全員の視線が集中するなか、扉を開いて室内へ入ってきたのは……。


「疲れた~……やっと帰ってこられたよ~」


疲れた様子を微塵も隠そうとしないダリアだった。


「ちょっとダリア。紛らわしい真似しないでよね!」


帰ってきた途端にジュリアから理不尽な叱責を受け、憤懣やるかたないといった表情を浮かべるダリア。


「はあ!? 何さ、紛らわしいって! こっちは残った仕事のために頑張ってたってのにさ!」


ぷんぷんと聞こえてきそうな勢いで怒り続けるダリアを見て、デージーがおろおろとし始める。


「はいはい、二人ともそこまで。デージーがおろおろしちゃうでしょ」


「う……ごめんよ、デージー……」


しょんぼりとするダリアに、「だ、大丈夫なのです!」とデージーは明るく声をかけた。


「はあ、ほんと疲れた。まあ、首都へは前の拠点より近くなったからいいけどさ」


「ふふ、そうね。で、ダリア。指示はきちんとこなしてくれたかしら?」


「うん、それはもうばっちり」


「そう。ありがとうね」


ドカッとソファへ腰をおろしたダリアに、アシュリーが感謝の言葉を述べる。


「前の拠点はどうなってますかね?」


「さて、ね。もしかすると、治安維持機関に強襲されてたりして」


ストックの質問に、アシュリーはいたずらっぽく舌を出して答える。実は、『彼方からの牙』の首領が帰ったあと、アシュリーはストックに速やかな拠点の移転を指示していた。


あれほど頭の弱い連中だから、治安維持機関の密偵に尾行されていてもおかしくないと考えたからだ。結果的にその予想は的中したことになる。


アシュリーたちは見事に難を逃れ、意気揚々と拠点を強襲したサフィニアは、しばらくのあいだ呆然とその場へ佇むことになった。


そして、サフィニアの運命を大きく左右するあるモノが、ダリアの手によって治安維持機関や長老衆のもとへ届けられていたことなど、このときのサフィニアはまだ知る由もない。

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