第27話 排除

「これはいったい、どういうことだ!!」


バジリスタの首都アストランティア。王城の敷地内にある建物の一室に足を踏み入れたネメシアは、円卓に座った長老衆からいきなり怒号を浴びせられた。


「は……」


立ったまま目を伏せるネメシアの顔色はすこぶる悪い。なぜ長老衆がこれほど怒り心頭なのか、その理由を彼はよく理解していた。


「は、ではないぞネメシア長官。これがどういうことなのか、説明したまえ」


一人の老エルフがネメシアへ鋭い目を向ける。長老衆の筆頭であるクロッカスだ。彼の手元にある一枚の紙。風景を写しとる魔道具で撮影した写真である。そこには、治安維持機関サイサリスの副長官であるサフィニアと、アシュリーが握手をかわす様子が写されていた。


「そ、それが……私にも、いったい何が何だか……」


ネメシアの頬を冷たい雫が伝う。正直なところ、ネメシアにも本当に何が何だかわからなかった。


数時間前。数人の子どもたちが手紙と写真、魔道具をもって王城前へと訪れた。手紙に送り主の名前こそ書かれていなかったが、「国を憂うドワーフ」とだけ書かれており、長年開発していた風景を写しとる魔道具で、治安維持機関の副長官がテロリストと取り引きをしている場面を撮影することに成功した、と書かれていた。


実際には、『緋色の旅団』の幹部であるダリアが、街で適当に子どもを見繕い、手紙と写真をもっていくよう手配したのである。当然、手紙と写真を見た長老衆は大いに慌てた。犯罪捜査や治安維持を担う機関の上層部が、テロリストとつながっている証拠を見せられたわけだから当然だ。


「ここに写っているのは、サフィニア副長官で間違いないな?」


「……はい」


「で、副長官と握手をしている娘。これは『緋色の旅団』の団長とのことだが?」


ネメシアが奥歯をギリギリと噛みしめる。


「……はい。間違いありません。我々の捜査対象の一人である、アシュリー・クライスです」


「つまり、サフィニア副長官とテロリストにはつながりがある、ということだな」


「そ、それは……! いや、そんなこと、ありえません……!」


「しかし、現にこうして証拠があるではないか!! この魔道具が、風景を写しとるというのはすでにこちらでも確認済みだ。つまり、この写真とやらも真実を写したもの、ということになる」


ネメシアは反論できなかった。まさか、そのような魔道具が存在するとは思いもよらなかったが、素材に魔鉱石が使われていると聞かされ考えを改めざるをえなかった。


もちろん、いろいろと疑問はある。わざわざ、このような魔道具と写真を長老衆へ提供したのは何者なのか。それと、なぜサフィニアがアシュリーと密会をしていたのか。


「ネメシア長官。悪いが、すでにサフィニア副長官の身柄はすでにこちらで拘束している」


「そ、そんな……! まだ、サフィニアが本当にテロリストとつながっていたと決まったわけでは……。それに、彼は今日、『緋色の旅団』の拠点へ自ら踏み込んでいるんですよ?」


「承知している。しかし、拠点はもぬけの殻だったそうではないか。それが何よりの証拠だ。おそらく、前もって強制捜査が入ることを伝えたのであろう」


「バカな……! そんなこと……!」


アシュリーたちの拠点を突き止められたのはたまたまだ。そのあと、サフィニアはすぐにアシュリーたちを捕まえるべく出て行った。


仮に二人がつながっていたとしても、いったいどうやってアシュリーに知らせたというのだ。


「まあ、これまでの貢献もあるので処刑にはならぬだろう。が、国外追放は免れぬであろうな」


「な……!」


メガネをかけた老エルフがフンと鼻を鳴らす。長老衆のなかには、ドワーフが国の要職に就いていることをおもしろく感じていないものもいる。


しばらくのあいだ長老衆からの罵詈雑言を聞かされたネメシアは、深々と頭を下げるとがっくり肩を落としてその場をあとにした。



長老衆直属の近衛兵によって拘束されたサフィニアは、王城近くの収容所へ監禁されているとのこと。長老院をあとにしたネメシアは、その足で収容所へと向かった。


どうしても、サフィニアの口から真実を聞かなければならなかった。


担当者に案内され、サフィニアが投獄されている独房へと向かう。ジメジメとしたカビ臭い通路の突き当たり。そこにサフィニアは収容されているとのこと。


檻の前に立ったネメシアの目に、ずんぐりむっくりとしたドワーフが頭を抱えて座りこんでいる様子が飛びこんできた。サフィニアだ。


「……サフィニア」


「ネ、ネメシアの兄貴っ!」


ガバっと顔をあげたサフィニアが、転がるようにネメシアのそばへやってきた。泣き腫らしたのだろうか、その瞳と目もとが真っ赤に腫れている。


「サフィニア、すべて正直に話せ。いったい、何があったんだ?」


「そ、それは……!」


「お前は、本当にアシュリーと……つながっていたのか?」


「ち、ち、ちが……ちが……」


サフィニアは口をパクパクとさせるだけで、なかなか言葉が続かない。そう、本当のことを言えるはずがないのだ。治安維持機関の副長官という立場でありながら、テロリストと裏取引をしたなど。


『彼方からの牙』の拠点を強襲できたのも、アシュリーから得た情報だったなどと、とてもではないが言えない。この期に及んで、サフィニアはまだ自分の手柄にしがみついていた。


「はっきり言え!!」


ネメシアに怒鳴られ、サフィニアが肩をビクッと震わせる。


「し、し、知りません……! お、俺は……俺は、何も悪くないんだ……何も……!」


「サフィニアっ!!」


「し、知らねえっ! あ、兄貴っ! 本当だ、本当なんだ! 長老たちは勘違いしてんだ! だから頼むよ! ここから出してくれよっ!」


両手で檻の鉄格子を掴んだサフィニアが唾を飛ばしながら熱弁する。そんなサフィニアに、ネメシアは冷たい視線を向けた。


「……本当のことを何も語らないのに、そんなことできるわけないだろう……!」


「そんなっ! 兄貴、信じてくれよ!」


「なら本当のことを言え! お前は、お前は……アシュリーと……アシュリーと何を――」


そこまで言いかけてネメシアは口をつぐんだ。


俺は、何を聞こうとしていた? 俺がこれほどイライラしているのは、サフィニアとアシュリーがこそこそと会って話をしていたからなのか? 


あの、写真とやらのなかのアシュリーは少し微笑んでいた。俺と再会したときでさえ、そんな顔は見せてくれなかった。だから、俺はこんなにイライラしているのか?


「兄貴……! 助けてくれよ……! 同郷のよしみじゃねぇか……!」


泣き落としにかかるサフィニア。すがるようなその声が、今は死ぬほど腹立たしい。ネメシアは唇を噛むと、正面からサフィニアを睨みつけた。


「……お前は、国外追放になる。処刑されないだけでも、ありがたいと思え」


「そそ、そんなっ……!」


それだけ言い残し、ネメシアは踵を返した。


「兄貴っ! ネメシアの兄貴っ! 頼むよ! 待ってくれよっ! 兄貴いいいいい!!」


後ろから追いかけてくるサフィニアの悲鳴にも似た叫び声を無視して、ネメシアは真っすぐに歩を進めた。



――『緋色の旅団』の新たな拠点では、主だった幹部がリビングに集まり談笑していた。


「うまくいくかなぁ」


「治安維持機関からサフィニアを排除すること?」


ソファの上であぐらをかくダリアにアシュリーが目を向ける。


「うん。サフィニアってめっちゃ往生際が悪いうえに悪知恵も働くからさ」


「心配ないと思うよ。長老衆はエルフばかりだし、ドワーフを忌み嫌う者も多いしね。それに、ネメシアも今回は助けないと思う」


「どうして?」


「……ネメシアは少なからず私に好意を抱いているから。サフィニアと笑顔で握手している写真なんか見せられたら、きっと腹が立つと思う」


「ああー、嫉妬かぁ」


「うん……。好意を利用するなんて、イヤな女でしょ?」


自嘲気味に「ふふ」とアシュリーが笑う。


「利用できるものは何でも利用すりゃいいんだよ。大きな目的があるんだからさ」


「うん……。そうだね」


そっと目を伏せたアシュリーに、今度はジュリアが話しかける。


「それはそうと、どうしてサフィニアを排除するの?」


「ああ、それはサフィニアが一番厄介だからよ。どうしようもないヤツだけど、あれで頭だけはいいから」


「あー、なるほど」


「サフィニアは治安維持機関における頭脳だからね。あいつさえ排除すれば、私たちは今よりずっと動きやすくなるわ」


ダリアとジュリアの向かいに座る、ザクロとガーベラが小さく頷く。


「たしかにそうかー。ネメシアはただの脳筋だし」


「ちょっと!」


一瞬ギョッとしたジュリアが、隣に座るダリアに肘打ちを喰らわす。


「いたっ……あ、ごめん、アシュリー……」


「ど、どうして私に謝るの?」


「だって……アシュリーもまだ、ネメシアのこと、好きなんじゃないの?」


その言葉に、ザクロとガーベラ、ストックが思わず目を見開く。どうやら初耳だったようだ。


「ち、ちょっと、ダリア! やめてよ、そんな話……わ、私は別にネメシアのことなんて……!」


アシュリーの頬がうっすらと赤く染まる。賢く頼りがいがある団長の意外な表情を見て、幹部たちは内心驚いた。


「愛する二人が敵同士になって争いあう……ああ、何かとてもロマンチック……!」


うっとりとした声を出したのはガーベラ。恋に焦がれるような表情を浮かべ、瞳をキラキラとさせている。


「だ、だから、そんなんじゃないって」


「はぁ……団長もやっぱり乙女なんですねぇ」


ザクロの言葉に、ストックがうんうんと頷く。


「もう……! 本当にそんなんじゃないからっ。仮に……仮にそうだとしても、私には絶対にやるべきことがあるんだから」


その言葉を聞き、全員がにわかに姿勢を正す。アシュリーの覚悟は、ここにいる誰もがよく理解していた。


何を犠牲にしても天帝を倒そうと考えていること。そのためなら、恋人や思いを寄せる相手であっても手にかけるであろうことも。

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