第25話 強襲

アシュリーから情報を得たサフィニアの動きは早かった。すぐさま拠点へと引き返すと人数を集め、電光石火の勢いで『彼方からの牙』の拠点を強襲した。


拠点には首領であるカタバミをはじめ、主だった幹部も顔をそろえていたため、組織の中枢がすべて摘発されたようだ。実質的な『彼方からの牙』の壊滅である。



「凄いじゃないか、サフィニア!」


意気揚々と治安維持機関サイサリスの拠点へと戻ったサフィニアを、ネメシアが満面の笑みで出迎えた。


「いや、まあこれくらい当たり前というか……わはは」


「本当に大したもんだ。それにしても、いつのまに奴らの拠点をつかんでたんだ?」


思わずゴクリと喉が鳴る。まさか、アシュリーと違法な取り引きをして情報を得たなどと言えるはずもない。


「じ、実は以前からあのあたりが怪しいと密偵を放っていたんです。まさか、首領はおろか幹部も全員そろっていようとは思いませんでしたが……」


組織の中枢たる主要なメンバーをまとめて検挙できたのは、サフィニアにとって思いがけぬ幸運であった。


「そうなのか。いや、大手柄だな。これからも──」


「失礼します!」


ネメシアの言葉を遮るように長官室の扉が乱暴に開かれ、一人の職員が飛び込んできた。


「どうした。ずいぶん騒がしいな」


「す、すみません……先ほど、首都以外の地域へ放っていた密偵の一人から、『緋色の旅団』の拠点らしき建物を発見したと報告がありました!」


いきなり飛び込んできた職員に怪訝な目を向けていたネメシアだが、たちまちその顔に驚愕の色が浮かんだ。ネメシアの頬を冷たいものが伝い落ちる。


一方、サフィニアも驚愕していた。アシュリーから『彼方からの牙』の情報を得たその日に、『緋色の旅団』の拠点まで明らかになるとは。


「……どういう状況で発見にいたったんだ?」


「それが、もともとは『彼方からの牙』の首領らしき人物を尾行していたそうです。その者が周りを警戒しながらある建物に出入りしていたと。出てきたあとも、なるべく近い距離で尾行を継続したようですが、そのときの会話内容から、先ほどの建物が『緋色の旅団』の拠点と判明したとのことです」


「……そうか」


周りに悟られないよう、ネメシアが拳を強く握る。


どうする。このままでは、治安維持機関の実働部隊を向かわさざるをえなくなる。それはつまり、あのアシュリーをテロリストとして捕えるということだ。


治安維持機関の長官として、テロリストは必ず捕まえなくてはならない。しかし、心のどこかにアシュリーを捕まえたくない気持ちがあるのも事実だ。あのとき、彼女から聞いたあの話。あれが真実だとすれば、彼女の行動も理解できる。だが……。


「長官!」


密かな葛藤を邪魔するかのように、サフィニアが声をあげる。


「ど、どうした、サフィニア?」


「これはチャンスですよ! 『彼方からの牙』だけでなく『緋色の旅団』まで検挙できる絶好の機会です!」


「ああ……そうだな」


「お願いします! 俺に向かわせてください!」


ネメシアは思わず歯噛みした。このままサフィニアを向かわせたら、ほぼ間違いなくアシュリーたちはテロリストとして確保されてしまう。いや、治安維持機関に属する者としてその行動は何より正しい。


誰も見ていなければ、全身を思いきり搔きむしりたかった。そして、腹の底から大声で叫びたかった。いったいどうすればよいのか。


俺自身で確保に向かう……? いや、それで何がどうなるというのだ。まさか、職員や隊員の前でアシュリーたちを逃がすわけにもいかない。彼女自身も、俺のそのような行動は望んでいないだろう。


ネメシアは決心した。


「……よし。行け、サフィニア。『緋色の旅団』拠点を強襲せよ」


「はい!」


大声で返事をしたサフィニアは、慌ただしくバタバタと長官室を出てゆく。その後ろ姿を、ネメシアは歯を食いしばったまま見送っていた。



――二時間もしないうちに、『緋色の旅団』の拠点は治安維持機関の実働部隊によって包囲されていた。一人も逃さぬよう厳重な包囲網を敷いている様子に、ご満悦な表情を浮かべるサフィニア。


くく……笑いが止まらん。まさか、一日に二度も手柄をあげるチャンスに恵まれるとは。まさか、アシュリーもあのあとすぐ拠点の情報が俺たちに知らされるとは思いもよらなかっただろうよ。


だが、悪く思うなよ。実際、あのときの俺は本当に拠点の場所を知らなかったんだ。


サフィニアが不敵な笑みを浮かべた。彼が率先してここへ来たかったのには理由もある。それは、アシュリー抹殺のため。


アシュリーが生きたまま捕まってしまうと、違法な取り引きをしたことをバラされてしまうおそれがある。それはとてもマズイ。ゆえに、サフィニアは拠点強襲のどさくさに紛れて、アシュリーを亡き者にしようと考えていた。


右手を軽く挙げ、包囲を狭める。建物内部に侵入する選抜組の数名が、玄関扉の左右に展開した。隊員が玄関扉の取っ手をつかみ開こうとするが、どうやら鍵がかかっているようだ。サフィニアは目で「破壊しろ」と合図する。それを受けて、隊員は大型ハンマーを振りかぶり、玄関扉を勢いよく破壊した。



『緋色の旅団』地下拠点――


「……? ちょっと上、騒がしくない?」


「コ」の字型に配置されたソファの一角に腰かけているジュリアが、怪訝な表情を浮かべて天井を見上げる。


「そっすか? 特に何も聞こえなかったような……」


ストックが一瞬耳を澄ますものの、これといった異変を感じられず首を捻った。


「私の気のせいかな……まあいいや。ストック、早く配って」


「自分から言い出しておいて……」


ジュリアにジト目を向けながら、手にもったカードをシャッフルするストック。


「まあまあ、二人とも仲良くね。デージーもいるんだし。ね、デージー」


「そうなのです。デージーはみんな仲良くしてほしいのです」


上機嫌なアシュリーが、隣にはべらせたデージーの頭を優しく撫でる。上機嫌な理由はもちろん、美少女オーガのデージーを隣にはべらせているからである。


「デージーに言われたら誰も逆らえないな」


「そりゃ、うちのアイドルだもの」


『旧・緋色の旅団』で副団長を務めていた青年オーガのザクロが口を開き、同意するように女エルフのガーベラが何度も頷く。どちらも、現体制における幹部である。


先ほどまで幹部だけで重要な会議をしていたが、終わったのでリビングに集まり息抜きのカードゲームに興じているところだ。なお、デージーは会議そのものには参加していない。それはアシュリーの意向だ。


「じゃあ配りますね。今度こそ団長に勝ちますよー……!」


静かに闘志を燃やしながら、ストックがカードを配り始めた。

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