第27話 黒紫憧さんと四月の日々⑰

 パーテーションの陰から、黒紫憧こくしどうさんが出てきた。


「…………」

「…………」

「…………」


「…………」

「…………」

「…………」


「………?」

「………?」

「…………」


 制服姿の、黒紫憧こくしどうさんだ。


「「はあああああああああああああああああ!?」」


「あ、そのーー隠れて、まし、た。ハイ……」


 なんだかか細く、黒紫憧こくしどうさんは頬を赤らめてそう告げる。


 なんで! なんでまたそこに居るの!? パーテーションの付喪神つくもがみとかなの、黒紫憧こくしどうさんは!


 そこでぼくは、彼女の背後にある時計を視界に納める。時刻は午後四時三十分。通常なら部活動に移っている時間だ。しかも黒紫憧こくしどうさんは今日の花形。三つの活動の花形。他の衣装にチェンジしてなければおかしい。


 それがいまだ制服姿ということは――活動前に、確かめたいことがあったということ。おそらくは、その後の行動に影響を与える、なにかを。


『もし部活動紹介で気に入ったら、ぜひ私と同じ部活に入ってみない?』


『――やっぱ断ろうか』


 ぼくか?

 ぼくのためなのか……?


 ぼくなんかの決断を聞くために、彼女はずっと待っていてくれたのか?


 罪悪感で背中が滝のようになっていると、黒紫憧こくしどうさんは静かにぼくと先生の傍に来る。


 そしてぼくの手を握ってきた。


白日はくじつくん。私、聞いたわ!」

「なにを……?」


 ぼくが救世ぐぜ先生のお膝で、おねんねしていたこと?


「生徒指導の救世ぐぜ先生のお手伝いのために、新しく部活動を作ろうとしていること、そして欠席しがちなクラスメイトのために、がんばろうとしていること。私、すばらしいと思うの。できれば、その、私にもお手伝いさせて!」


 黒紫憧こくしどうさんは身をかがめ、ぼくを上から真剣に見つめる。


 えーと。どういうことだ……? どこからかは知らないが、黒紫憧こくしどうさんはぼくと先生のたわむれを聞いていたはず。それを、なんでこんな好感触のエキサイト翻訳しているんだ?


 ぼくと同じ思考回路だろう救世ぐぜ先生が、隣からおずおずと尋ねる。


「その、黒紫憧こくしどう。お前は、エエト、ワタシと白日はくじつのやり取りをどう捉えている?」


「え? さっき話した通り、救世ぐぜ先生が生徒指導を厚くするため、白日くんに白羽の矢を立てたと?」


「ナンで、白日はくじつゆうひだと?」


「え。だって白日はくじつくんですよ? 適任じゃないですか」


 疑いのない眼差しが、ぼくと救世先生のうす汚れた部分を蒸発させようとする。


 あー……。なんとなく分かった。ぼくと救世ぐぜ先生は悔しいことにアンテナが近いため、同じノリを共有できる。けれど黒紫憧こくしどうさんは別格のケーブル通信のため、同じ情報を共有しつつ、解釈が違っているんだ。


 簡単に言うと。


 ぼくと救世ぐぜ先生の人目にさらせないやり取りはすべて冗談と捉え。


 その中心にある事実や指令を、真剣事と捉えている。 


 だから、生徒指導という役割に熱を籠め、こうして語りかけているんだ。


「ツヨ――」


黒紫憧こくしどう……。ナンと言うか、スゴいな。お前」


「?」


 黒紫憧こくしどうさんは綺麗に首を斜めにした。


 そこで、コン、と物音がする。動揺した救世ぐぜ先生がスマホを落とし、アプリを再起動させていた。よりにもよってぼくの痴態ちたいが乗った動画の再生アプリを。


『ア、ねんねんーころりーヨー』『スースー』『おころりーヨー』『スースー』『ぼうやはーよいこダー、ねんねーしナー』『スースー』


 ーーピ。


 黒紫憧こくしどうさんがスマホを拾い、そして問答無用で消した。動画を。さらにはクラウドへと繋げ、パスワード認証画面で、救世ぐぜ先生に手渡す。


 彼女はにっこり笑い、一言。


「先生、どうぞ」


「アノ……。ドウゾ、とは?」


「遠慮せず」


「遠慮トハ……」


「222条」


「ヒッ!」


 ……222条?


白日はくじつくんは私がお手伝いしますから、変なものは要りません。だからどうぞ。遠慮せず、余計なものは消し去ってください」


「ハイ――」


 救世ぐぜ先生は死んだ目で、スマホを操作し、クラウド上の動画を消去していった。


 そしてその姿を後ろに、こちらを振り向いた黒紫憧こくしどうさんは、ぼくに向けてこっそり右手を上げる。


「ブイ」


 ちょっと恥ずかしそうに、はにかんで、そうV字マークを作っていた。


 トクン、と。

 ぼくの心臓は、とても強くねる。



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