第26話 黒紫憧さんと四月の日々⑯

 救世ぐぜ先生は改めてソファーに座り直し、立ったままのぼくを見上げる。計画通り、とでも言いたげな悪のプロフェッサー顔だ。


 そして彼女は両手を八の字に広げ、眉を困った風に動かした。


「ジツは、今日のワタシの善行により、教頭から無理難題を押しつけられてナ。キミにはその解決を手伝ってもらいたい。一つ、生徒の心を学ぶため、部活動の顧問を務めろというモノ。一つ、生徒の問題をなにかしら解決しろというモノ。やれやれ、困ったもんだヨ?」


 あなたが一番こまった人間だろうに。


「それで。ぼくになにが出来ると思っているんですか?」


「チッチッ。さすがのワタシも、生徒に性別と年齢と外見と身分を偽って、教頭の無理難題ヲ突破シロと言うほど、鬼じゃない。お前にそんな力量がないことくらい把握済みサ」


 ルパンか007以外にそんなこと出来るやつ、居てたまるか。


「で、具体的に?」


白日はくじつゆうひ。新しく部活を作れ。ワタシが顧問を務められるほど楽で、また人数の少ないものを。ソウだな。最低人数の三人とかいいな。あと部費で茶菓子を買ってクレ。

 それにワタシが今日やろうとしていた、月地空あまちそら天下てんか、を学校に戻すという役目も任せる。ワタシがやってもいいんだが――ほら、その。あれだ。関わりたくな――お前の人間性を高めるいい機会ダロウ。エー? アルティメット・ピュアピュア・ボーイ?」


 今すぐあの眼鏡に油性ペンで落書きしてもいいかな?


「フー、フー!」と鼻息あらげながら、なんとか自分の鼓動を落ち着ける。だいじょうぶ、大丈夫だぞ、白日はくじつボーイ。救世ぐぜティーチャーからの要求はまったくもって面倒な代物だが、達成不可能な程ではない。


 新しく部活をつくる。


 これはそれらしい理屈をもって、協力者をつのればイケる筈だ。審議に生徒会が絡んでくるが、まあどうにか……あれ、どうにかならなくない? それに協力者って、ぼく友達いないのに。うん? あれ、無理じゃない?


 月地空あまちそら天下てんかを学校に呼び戻す。


 これは――そもそもイケる・イケない以前に、情報がすくな過ぎて、判断できなくナーイ。あと情報があったとて、取り立ててのないぼくが達成するって、ムリくナーイ?


 二つとも、やっぱり無理じゃナーイ?


 ぼくが、目を丸めて、口をあんぐり開け、放心していると。救世ぐぜティーチャーも気づいたのだろう。余裕シャックシャックな態度を崩し、冷や汗なんかを浮かべ始める。


「あの。ゆうひボーイ? まさか始める前から諦め出してナイ?」


「ムリカモ……」


「諦めんなっテ! ダイジョウブ、できる。きっとデキル。というか出来てくれないと、ワタシが一番ババを引く!」


「ボク、友達イナインデス……」


「だろうね! あ、ダロウネとか言ってゴメンネ。いや、そうじゃなくて。割と変な機転を利かせられるダロ、お前。今回もそういう奴で、面倒なサムシングヲ、華麗にサールブしてくれヨ!」 


 無理ヲ、オッシャイマスナ。


 そもそもぼくが機転を利かせたのってナニ? 救世ぐぜ先生と知り合ったのはここ数日だから、ここ数日の範囲か? クラス替えで名前が載ってなかった件は――黒紫憧こくしどうさんとの兼ね合いもあって、感情が爆発したから生徒指導室に乗り込んだ。ぼくひとりの手柄じゃない。今日の部活動紹介は――黒紫憧こくしどうさんが完璧なパフォーマンスをしてくれたから、穏便おんびんに収められた。ぼくひとりの手柄じゃない。


 黒紫憧こくしどうさん……。


 あれ。


 黒紫憧こくしどうさんが居れば、割となんとかなって来たのか?


 ダメもとで彼女の名前を呼んでみる。


「こ、黒紫憧サーン?」


「あ、はーい?」

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