第25話 黒紫憧さんと四月の日々⑮

 なんだ?

 なんで急に、こんな横柄おうへいな態度を取る。このダメおとな?


 救世ぐぜ先生は、クツクツ、クツクツと、十三階段を上るみたいな音で引きり笑いをする。


「教えてヤロウ。ワタシは今日、とある生徒をここに呼んでいた。その生徒は、お前に負けず劣らずの問題児で、去年から不登校気味デナ。御仏みほとけのように光背こうはいをまとったワタシは、その悩みを解消してヤロウと意気込んでいたんダ。ボーナス査定のために。

 シカシ、シカシだな。一時間ほど前、ここで不貞寝ふてねしていたワタシのもとに現れたノハ、血まみれのお前をお姫様だっこした、その女生徒ダ。名前を、月地空あまちそら天下てんか

 天下てんかは言った。『野良レスラーの卵を拾ったわ』ワタシは返した。『野良レスラー……?』天下てんかは返した。『うん。廊下でヘッドバットの練習をしていたの。けれどまだ技術が追いついてないみたいで怪我したの。先生、ここで休ませてあげて。あと興味あればうちに来るように言っといてね。じゃ、アデュー!』天下てんかは帰った。そして呆然としたワタシは、お前をみなしごのように受け取ったという訳サ。ここまではイイかな? キシシ!」


 ……頭が、もっと痛いよー。


 え、なに? その女生徒、というか、月地空あまちそら天下てんかさん? すげぇ名前。


 あのギャル風の赤ジャージ同級生だよね? ぼくが怪我したの、半分は彼女の頭突きの所為せいなんだけど。それに関してなにも言わなかったんだ。あ、そう。へー。ふーん。……まあいいんだけど。


 それで、出席不良ぎみだったから、救世ぐぜ先生に呼び出されていたと。しかしぼくを預けて、これ幸いとばかりに勢いで帰っていったと。それはなんて言うか……。


「問題児、ですね」


「お前に言われたくはナイだろうけどな?」


 なにおう、と反論を言おうとして、今日の部活動紹介をこっそり抜けたことを思い返す。それに黒紫憧こくしどうさんのアピールの後、大声ではしゃぎ立てたし。


 悪事に上下はない、なんて綺麗ごとを言うつもりはないが、カテゴリーとしては同じ穴のムジナだ。ムジナ同士をおとしめる論争はやめよう。生産性がない。


 救世ぐぜ先生は余裕、というか悪事を企むプロフェッサーみたいな雰囲気を保持したまま、指をパチンパチンと鳴らし出した。


「それでダナ。白日はくじつゆうひ。いや、ゆうひボーイ。お前はワタシに借りがあるナ? 怪我したところを介抱されたという、子孫にまで残すべき大恩が?」


「教師が生徒を保護するのは当然の役割ではないですかね?」


「ウン。ならば脅しと行こう!」


 救世ぐぜ先生はスマホを取り出して画面を見せつけてくる。


 そこには動画が流れていた。

 画質のいい、短い動画が。



『ヨーシ、ヨシ。白日はくじつゆうひ。そんな急に甘えて。ドウシタ? 先生にお母さんでも重ねたか。ワタシ、まだ二十代だけどな。シカシ寛大かんだいな心で受け止めてヤロウ』――膝枕ひざまくらされている白日はくじつゆうひがいる。『ア、ねんねんーころりーヨー。おころりーヨー。ぼうやはーよいこダー、ねんねーしナー。あんまりよいこじゃなくーてもー、ねんねーしナー。やっぱおきナー』『スースー、スースー』『ア、ねんねんー』



 ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ!


 ゙ゔあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ!!


めやがったな!?」


「うおっと。へっへー。無駄ダ無駄ダ。そんな頭に包帯まいた貧血気味で、この小鹿のように敏捷びんしょうなワタシを捉えられるとデモ? それに動画はクラウドに保存されている。このスマホを奪っても無駄なんだよ、キミー?」


 救世ぐぜ先生は怒りに震えるぼくの傍まで来て、スマホをぺちぺちとほほに当ててくる。


「ン? ン? どうした。ナニか言うことがあるんじゃないかな。なあ、ゆうひボーイ?」


救世ぐぜ先生はぼくになにを求めているのでしょうか? くそがっ。喜んで、お手伝いさせていただければと思います。――くそがっ!」


「ウーン。まだ生意気な本心が聞こえるが、マア、良しとしよう。ワタシは寛大かんだいだからナ。ウアッハッハ!!」


 いつか両鼻にピーナッツを詰め込んでやる……!

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