第23話黒紫憧さんと四月の日々⑬

 そこで、気軽な呼び声がぼくの背を叩いた。


 声の方を振り向けば――うおお。ちょっとぼくとは関わり薄そうな人種がいるな。一言で言えばギャル。いや、ギャルなのか? ストレートロングな茶髪に、赤色の体操着姿。丸くて大きな目は活力に満ち、腕を組んで仁王立つ姿は、さながら獅子を彷彿とさせる。


 羽麗はれい高校は学年によって体操着の色が異なる。そのため赤は二年生、つまりぼくの同級生と分かるが――いたかな、こんな女子?


 まあ生徒数が数の子・すじ子レベルなので、知らない人がいてもおかしくない。むしろそっちの方が多いだろう。


 そんな、威風堂々、としたジャージ姿の女子は、ぼくに向かって人さし指をビシッと伸ばした。ちなみに身長は百七十手前で、ぼくより少し高い。くそう、栄養豊富な現代っ子め!


「あんた、プロレス好きでしょ!」


「は?」


 突然の決めつけに、ぼくは語尾に、はてなを浮かべる。


 一方でライオン系女子は、もう一度腕を組んで、ふふんと鼻息を吐いた。


「わーってる。わかってるわよ。みなまで言うな。みなまで言うない。

 いいわよね、プロレス。きらめく汗、躍動やくどうする肉体、パフォーマンスによって観客の熱気を集め、高めて一気に解放させる。くぅー。こんなエンタメ、他にないわよ!」


「あ、あの……?」


「あんたはどの団体が好き? もちろん総日や真日もいいけど、地方だって負けてないわよ? ね、ね、布武ふぶプロって知っている? シン世界・布武ふぶプロレスっていう新興団体の略称なんだけど、もし興味あれば――」


 ぼくの二倍は大きく芯のある声を張り上げる、同級生の何某ナニガシさんは、そうまくし立てて迫ってくる。ぼくは後ずさりし、壁に背をつけた。すかさずドンっと、彼女の右腕がぼくの頬を横切る。こ、これは――!


「ねえ、あんた?」


 強気な彼女の左手が。

 ぼくのあごをくいっと上向け。


「あたしと一緒に、天下を取らない?」


 顔を目前まで近づけ、妖しくそう提案してきた。


「あ、あひぃ……」


 ――意味、不明、ダ!!


 なんだ。なんだこの状況!? 同級生に壁ドンされているのか、ぼくは? え、ぼくが? 男なのに!? いや男女平等推進の世の中、それ自体は別におかしくないけど――おかしくないけども、ええ!?


「ハアハア、ハアハア。プロ・レス、プロ・レス! 一緒にやろうよ、プロ・レス!」


 この子もなんだ? ついには語尾みたいに「プロ・レス!」とか言い出したぞ。絶対に今思いついたキャラづけでしょ? だまされないからな、ぼく!!


 段々と痛みが増してくる頭を無視して、テンションのままに問い掛ける。


「いや、そもそもなんでぼくをプロレス好きと思ったの?」


「だってあんた、さっきヘッドバットしていたじゃん?」


「ヘッドバット? なにそれ?」


「これ」


 ――ゴン、と。


 彼女が上体を後ろに反らしたかと思うと、振り子の要領でぼくのひたいにごっつんこしてくる。


 唇にやわらかなものが当たった。同時に視界がスローモーションになる。触れ、離れていく茶髪で勝気な女の子の顔。言動であまり注目できていなかったが、目鼻立ちは可愛らしく整っている。


 そしてぴぴっと景気良く跳ねる、ぼくの血。あー、そうか。そういえば黒紫憧こくしどうさんとの仮想問答で、壁に打ちつけていたっけ。自分の頭。ヘッドをバットのように振り回すのがヘッドバットというなら、たしかにしていたね。わはは!


「え、あ、ちょっ!? もしかして素人さんだった? ごめん、ごめんって。プロレスラーは特別な訓練をしているからあんな危ない目にも耐えられるだけなの。勘違いしないでね!?」


 だれに向けての弁明なんだ……?


 元からあった怪我に、彼女のダメ押しでダメージを重ね、意識を朦朧とさせる。その場に崩れ落ちた。背中からドカーンと。


 トクトクと流れる血で、視界が濡れる。あー……これはバツかな? 黒紫憧こくしどうさんの誠意に向き合おうとしなかったことへの。「あの、ごめんね? でも安心して。手当には慣れているから。ほら大人しく顔をあげなさい?」と言われる。頭を起こされ、額に湿った指の触れる感覚がつづく。……さてはツバつけた指でぬぐっているだけだな、これ?


「ごくし、どう……ざん。……ごめ」


「獄死道、斬? 格好いいリングネームね。だれのこと?」


 ブレないなあ、この謎の同級生。


 ぼくは寝落ちするように、そのまま本日二度目の暗転ブラックアウトに移る。「あ、ちょっと!」とか聞こえたが、個人の意思であらがえるものではない。冬に炬燵コタツに足を突っ込んで横になっているようなものだ。


 あと、とどめは確かに彼女の一撃だったが、原因のほとんどは自分のヘッドバットだったと補足しておこう。だれへの弁明かは、よくわからないけども。


 よーするに、がくり。

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