第22話 黒紫憧さんと四月の日々⑫

「失敗しても問題ない、失敗しても問題ない。失敗しても問題ない。だって借金背負ったりしないから、借金背負ったりしないから、しゃっき――う、うぅぅ」


 部活動紹介が終わり、空への憧れをとり戻した新入生ヒナたちが次々と巣立っていくのを見送って後、ぼくは体育館付近をうろうろとしていた。


 どうしようかな。どうしようかな。

 どうしよっかな……。どうしよっかな……。


 あ、ああああああああああああああ。

 ばあああああああああああああああああああああああああ。


「むーりぃー」


 通路の端っこで、自分の頭をがんがん打ちつける。まるで餅の入っていない餅つきみたいだ。だれの頭が空っぽじゃい!


『もし部活動紹介で気に入ったら、ぜひ私と同じ部活に入ってみない?』


 こすれた額から、涙みたいに血が垂れていく。


 ねえ黒紫憧こくしどうさん。黒紫憧こくしどうさんや。そりゃ頷いた。頷いたよ。いや頷いたというより反論なく受け止めたんだけど。けれど否定しなかったってことは、そこに多少の合意は認められるだろうさ。


 でも、それで決定づけるってのはちぃーと強引なんじゃないかな?


 ぼくは誰に弁明しているのだろう。黒紫憧こくしどうさんか。頭のなかの黒紫憧こくしどうさんなのか? 逆転的弁護士のようなノリで訴えかける。異議あり!! 心動けば入ると言いましたが、それはつまり、心動かなければ入らないということなのです!! 勝訴QEDっ!! ……勝訴きゅーいーでぃー


 では本当に。

 心は動かなかったのだろうか?


 黒紫憧こくしどうさん。 

 めっちゃ綺麗だったな……。


 いや着物きている時から明確だったんだけどね? さらにその後、弓道着フォーム、生徒会の腕章フォームと重ねて、あまりに隙がなさ過ぎた。なにあの容姿。というか声質。性格。上級生にまでため息つかれるって実はエルフなんじゃないかな。一人だけ時間を超越した美の完成度。


 そして改めて思うのは、ぼくなんかには――おそれおおい、ということだ。


 この言葉は自分の心の真芯ましんをとらえている気がするぞ?


 今は偶然、朝にご一緒してもらえて、なんなら個別に部活動勧誘なんかしてもらっちゃったりしているけれど、でも勘違いしちゃあいけない。


 ぼくと黒紫憧こくしどうさんの間には、その実、マリアナ海溝くらい深い深い差があるんだから。


 人魚を見ようと、興味から深海魚が浮上しようとすれば、光に目を焼かれてしまうくらい、大きな差が。


 だから距離は自発的に測らないといけない。


 見誤れば苦しくなり、膨らんで弾けてしまうから。


「――やっぱ断ろうか」


 優柔不断をなんどもなんども咀嚼そしゃくし、そう結論づけた。


 決めてしまえば頭はクリアだ。まるでミントガムを一ダース噛み砕いたよう。スースーし過ぎて、逆にクラクラしてくるな。


「ねえアンタ。ちょっと、ちょっと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る