第20話 黒紫憧さんと4月の日々⑩

 ところ戻って体育館だ。


 黒紫憧こくしどうさん――着物装着バージョン。つまりは夏の映画の先行お披露目、最強フォームバージョン。勝ったな、ガハハ――が、壇上に立つと、体育館は静まり返った。


 ぼくは一度死んで生き返ったのでなんとか耐性ついているが、ここに居る人たちはみんな初見だ。鷹の雄大なつばさを初めて目にした雛鳥ひなどりたちだ。餌を貰える時間でもないというのに、ポカーンと目を丸めている。


 それまでの部活動紹介代表たちは緊張と実力をない交ぜにした姿勢で壇上に立っていたが、黒紫憧こくしどうさんは違う。まるでそこが自らの羽ばたく場所と知っているかのように、緊張も過度な気配りも見せず、ゆっくりとマイクを持った。


 そして言葉を発する。


「えー新入生のみなさん。こんばんは。私は茶道部所属の黒紫憧燐花こくしどうりっかと申します。

 今日は折角せっかくの舞台なので着物を着ていますが、普段はもうちょっとゆるりとした格好で茶道を学んでいます。決めるときは決め、リラックスするときは落ち着く。硬軟こうなんそろった部活動、と考えていただけると近いかな? 

 さて、今日は基本的な茶道の動きをお見せしようと思いますが、その前にひとつ。二年生としてお伝えしたいことがあります」


黒紫憧こくしどうさんが出れば、たぶんみんなの意識はいったん白紙化リセットされると思うんだ。だから最初に、あとに出るパフォーマーたちのためにも、こんなことを言ってくれないかな?』


 黒紫憧こくしどうさんが成功するのは、それはぼくがなにをしなくても決定づけられている、神の指し手みたいなものだ。


 だからこれは、それ以外のため。


 ぼくみたいな――といっては失礼だけど、ぼくより優れていて、けれど今日がんばって緊張を乗り越えようとしている、ほかの部活動紹介の人たちへのお節介に過ぎない。


 黒紫憧こくしどうさんを利用し、ぼく自身なにもしてないあたり、やっぱり自分は飛ぶ翼をもたないチキンなんだなと思う。


 コケコッコー。


「世の中には嘘もあります。真実もあります。誇張こちょうされた嘘も、脚色きゃくしょくされた真実もあります。

 人を信じさせるのに、華美な装飾を用いるのは古くからの技法です。たとえば私が今日、茶道部のとっておきの衣装を身にまとい、分不相応にいろどりを多くしているのも。みなさんに信じてほしい、茶道部に来てほしいという、一種の誘惑のためです。


 では、この場における嘘と真実の違いはなんでしょう。

 それは悪意の有無だと、私は答えます。


 救世ぐぜ先生のお話を耳にしました。とても悲しい、辛い経験だったと思います。けれど救世ぐぜ先生が本当に傷ついたのは、失敗して背負ったものが大きかったから、だけではなく。

 最初から成功しないと思われている方向へ、すこしでもえんのあった方が、そうと理解しながら己のために導いたからではないでしょうか?

 相手の不利益を予想し、けれど己の利益のために心にも無いことを言う。これは悪意だと、私は考えます。

 しかし、今日の部活動紹介はどうでしょうか?

 みなさんの前に立った、一年先輩あるいは二年先輩がたは、みなさんをだまし、その結果として利益を得るために、この緊張を飲み込んだのでしょうか?

 絶対に違う――とは言えません。人間とは相手の心までを読める生き物ではないから。

 けれど考えてください。想ってみてください。二千人近い人たちの前で、失敗を覚悟しながら、それでもパフォーマンスを行い、部活の魅力を披露しようとした姿勢を。

 そこに宿る努力、熱意。そういったものは悪意に分類されるものでしょうか?

 良いものをより良く見せようという姿勢は、果たして、誇張こちょうされた嘘や脚色きゃくしょくされた真実になるのでしょうか?

 私から一つ、訂正があります。

 自分から言っておいてなんですが、不器用なため。ほんとにごめんなさい。

 世の中には誇張こちょうされた噓も、脚色きゃくしょくされた真実もあります。

 でも、期待を込めた誠実さ、もあるのです。

 今日の私の発言と行動が、どうか。明るい未来を思った、すこしはハッタリを持つけど、でもステキや楽しいをみんなに伝えるための誠実さと思われることを願って。

 これから、パフォーマンスを行いたいと思います!」


 

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